第11話

『アダムとイヴの林檎の木』

 王宮の図書室でそんなタイトルの本を見付けたのは、王子サマとの決闘から一日経った日、つまり昨日だった。今日はあの日から二日経ったこの世界で言う青の月の第三火日かじつらしい。

 この世界と日本の暦はほぼ一緒なので覚えやすい。だからと言って全部覚えたわけじゃないけど。まあ覚える気もないし。ここにずっと住むわけじゃないんだから。っていうか、そんなことはどうだっていい。

 問題は何故あんなタイトルの本がこの世界の図書室にあるのかということと、俺が順調にハーレムを形成しつつあるように見えて実はそうでもないということだ。


『二つ目はいらないのではないかの……?』

『いや、むしろ俺からしたら二つ目の方が重要だ』

『わらわからしたら二つ目は真にどうでもよいのじゃが』

『俺のこれからの生活に関わってくる問題だぞ』

『ええい、話が進まん! 今はハーレム云々は何処かに捨てて、本のことを考えんかい!』

『なんだと! その言い草はなんだ! お前、俺の精神の安定がだな――』

『うるさいわい!』


 そんな感じの不毛な言い争いを続けている俺が今いる部屋は、王宮の図書室……ではなく俺の部屋。今はそこに俺のパーティが勢ぞろいしていた。

 実際は本のことを考える暇なんて今の状況にはこれっぽっちも無い。何故かと言うと、それはイリアが無駄に真面目な顔をしていることに関係しちゃったりしてる。いや、イリアが真面目な顔するときは無駄な時じゃないんだろうけどさ。ほら、空気軽くしとかないと俺が持たないから。

 俺がこの世界に召喚されて早十日と少し。イリアさんはやっと此処にいる目的を話してくれるらしい。やっとか。長かったな。いや、意外と早く話してくれたのかな。よくわかんないけど、話してくれないとか言うのよりは遥かにましっていうのはわかる。

 ちなみに、パーティ勢ぞろいって言ったけど、エレナさんもいます。これ、もうエレナ俺のパーティに正式に加入したって流れでいいの? そうなの? 大丈夫?

 まあ、今更俺が気にしても遅いんだけどね。だってもうこの場にいますし。

 今は俺がベッドに腰掛けていて、センリとエレナとイリアはカイリさんが用意した椅子に腰掛けてこれもカイリさんが用意した紅茶を飲んでいる。ちゃんとテーブルもあるぞ。なんで俺がベッドに腰掛けてるかって、椅子がないっていうのもあるけど、単純に俺がベッドで本とハーレムについて考えてる時に皆が来たからだ。俺が単にものぐさなだけです。

 俺は紅茶あんま好きじゃないから断った。俺は緑茶の方が好きだ。日本人だし。

 そんな感じの配置になって数分。イリアが紅茶のカップを受け皿に置いたことで、後の二人も紅茶を置いた。そして何とも言えない重い空気が部屋に漂い始めた。

 ……俺、メッチャ居心地悪いんですけど。


『我慢せい』

『我慢します』

「私が此処にいる理由はいろいろとあるのだが、単刀直入に言う」


 重い空気の中、イリアがその口を開いて神妙な口調で言った。


「ユウリ。私達一族を助けてほしい」

「よし、俺に任せろ」


 神妙な調子で切り出したイリアに対して、俺は軽妙な口調でそう返した。


「軽いです」

「軽いね」

「軽いな」

『軽すぎじゃ』


 などと言う言葉もあったが気にしない。

 いや、だってさ、俺にその頼みごとをするためにここまで来てたわけでしょ? 知らない仲じゃなくなったわけだし、お願いくらい聞いたってよくない? 今の俺なら大抵のことはどうにかなるだろうし。

 イリアは俺がディアナと一緒に行くことを即答で了承した時のディアナみたいな顔をしていると思ったら、普通に無表情だった。ポーカーフェイスかよ。


「私達一族は、世界の最果て……通称『デッド・エンド』と呼ばれる所に住み、あるモノを守ってきた」

「人間には未だ辿り着けない境地だね。魔族領にあるし」

「あるモノってなんですか?」

「そうだな……それには定められた呼称は無い。我等一族はそれを『次元の狭間』と呼んでいる。まあ、どんなモノかは読んで字の如くだが」


 へー、ほー、次元のハザマ、ねぇ……。ハザマって狭間ってこと? なにそれ、なんか変な裂け目でもできてんの? 怖くねそれ。


『わらわがこの世界を作った時にそのような裂け目などなかったはずじゃ』

『あ、イリアたちってお前の失敗の尻拭いをしてたわけじゃないのね』

『お主はわらわのことをなんだと思うておるんじゃ?』

「次元の狭間はこの世界と別の世界を繋ぐ唯一の穴だ。召喚魔法などと言う人間が使う魔法は不確実で原始的、そして一方通行だ。たが、次元の狭間はそんなモノとは違う完全な世界の『裂け目』だ。閉じることは無いし一方通行でもない」


 俺と光ってそんな危険な魔法で此処に来たんだ。無事に来れてよかった……。

 俺が一人で安堵してる間にも、イリアの話は続く。


「我等一族は代々その次元の狭間を守ってきた。次元の狭間は閉じることは無いが、開くことはある。無理矢理次元の狭間を通ろうとすれば、その通ろうとする者の力の分だけ次元の狭間は開くのだ。次元の狭間が開くと他の世界からろくでもないモノが流れ込んでくるし、世界のバランスも崩れる。それを防ぐ為に私の先祖は神殿で次元の狭間を覆い、誰の目にも触れぬようにし、私の代まで守ってきたのだ」

「……で、それがお前の一族救うのとどう関係するわけ?」


 今の話だけだと、イリアたちの一族を救うって話と、いまいち繋がらないというか。


「……次元の狭間は他の世界からいろいろなモノが流れ込んでくる。それを私達は全て次元の狭間に投げ返していたのだが、問題が発生した」

「問題、ですか?」


 センリの問いに「そうだ」と返し、イリアは重たい口を更に重たくしたように喋った。


「……次元の狭間の向こう側を無理矢理破いて巨大な魔獣が神殿内に現れた。ただの魔獣ならば今までにも何度かあったのだが、今回は勝手が違った」

「どんな風に?」

「ただの魔獣ならば撃退した後に次元の狭間の修復に当たっていたのだが……」


 そこまで言うと、イリアは苦虫を噛み潰したような表情になった。

 ……っていうか、次元の狭間ってやつ修復できるんだな。


「――その魔獣は、こともあろうに次元の狭間を『飲み込んで』しまったのだ。飲み込まれてしまってはこちらとしてはどうしていいのかわからない。下手に攻撃などして次元の狭間を広げてしまえば、取り返しのつかないことになるやもしれん。しかし、放っておいてもどうなるかわからん。そもそも次元の狭間など飲み込めるモノではないのだ……」


 まあ、次元なんてもんは飲み込めないわな、普通。そのへんの空気を飲み込むのとはわけが違うわけですし。


「しかも厄介なことに、その魔獣は我々が手をこまねいている間に神殿に封印をかけたのだ。何故魔獣如きがそのような知恵を持っていたかはわからんが、我々は神殿に入れなくなった」

「……だからその封印を解くのを手伝ってほしい……ってか?」

「そうだ。それよりも先ずは封印の術式を解明してもらいたい。我々の技術ではわからないのだ、封印の術式が」


 すげー大変そうな話だな。当事者じゃないからいまいち実感はわかないけど。

 でも、魔王が助けを求めてくるくらいなんだから、やっぱり相当まずい状況なんだろう。

 まあ俺としては全然助けに行ってもオッケーって感じなんだけど、あとの二人は何て言うかな。

 俺はセンリとエレナが何を言うのかをじっと動かずに見ていた。


「……私はユウリ様に着いて行くだけですから。ユウリ様が行くのであらば私は何も言いませんけど」


 健気な言葉っぽく聞こえるけど、何気に責任全部俺に押し付けたよねコノヤロー。


「僕は学者であり研究者だ。魔王を輩出する一族ですら解明出来ない封印の術式なんて面白いじゃないか。僕は行くよ」


 よしエレナ、ナイスだ。責任は自分で持つのが大人ってもんだよな。エレナまだ大人っぽくないけど。見た目はまだ高校生くらいだけど。

 エレナの言葉に満足していると、何故かもれなく全員が俺の方を見ていた。俺の顔なんて見ても何もありませんけど。


「……ユウリはどうするんだ」

「へ? 俺? やるよ、やるに決まってんじゃん。てか最初に任せろって言ったじゃん」

「あまりにも軽かったから、意志の再確認だ。後で何か言われても困るからな」


 そんなに信用無いのか俺。いくら琵琶湖の如き広い心を持ってる俺でも軽くへこむぞ。


『微妙な心じゃな。せめて海くらいは言ってほしいものじゃが』

『あまり大言壮語すると後で困るかもしれないからな。よっぽど自信が無い限り微妙なくらいがちょうどいい』

『そういうところだけいやに現実的じゃな、主よ』

『何を。俺はいつだって現実的だぞぅ』


 イリアの話が終わった室内は食器がぶつかる音だけが響いていた。何故誰も喋らない。空気が重いジャマイカ。

 部屋には、紅茶をすする音と、食器同士がぶつかり合う音が響いている。話が終わったからって、そんないきなり黙らんでも。

 足をプラプラさせながら女三人衆を見ていると、ある質問を思いついた。あの本のやつ。


「ところでさ、お前らってアダムとイヴって知ってるか?」


 王宮の図書室の蔵書は基本的に持ち出し禁止だから今は手元に無いその本。アダムとイヴなんて、その詳細は置いといて、地球じゃ知らない人なんてあんましいねーんじゃねーかってくらい知り渡った名前だ。俺も詳しくは知らない。だってキリスト教徒でも神学者でも宗教学校の学生でもなんでもないわけだし。果たしてこの世界はどうなのだろうか。気になるところです。


『ちなみにディアナは知ってんの?』

『知らぬ』

「アダムとイヴ……ですか?」


 俺の質問に首を傾げるセンリ。それはアダムとイヴという名前を知らないという感じではなく、質問の意図がわからないといった感じだった。

 そんなセンリを差し置いてエレナが口を開いた。


「勿論、知っているよ。世界で一番最初の人間と言われている存在だからね」

「マジで?」


 それじゃ地球と同じだな。本は何故か開かなかったから中身なんて知らないし。そこ、ご都合設定とか言うな! 実際にそうだったんだからしょうがねーじゃん!


「と言っても、お伽話のようなものだが。信じている者など魔族にはいない」


 追加説明みたいな感じでイリアが補足する。


「人間でも信じている人は殆どいないよ。子どもに読み聞かせる物語程度の認識さ」

「どうしてそんなこと聞くんですか?」


 センリが相変わらず首を傾げたまま聞いてきた。


「俺がいた所にもアダムとイヴって人間が世界最初の人間だって言う話があったの。正確にはアダムが最初だけど」


 アダムとイヴの認識の仕方が一緒なら、少なくともこの世界と地球は文化的にっていうか宗教的に微妙に繋がってるってことだよな。昔来た勇者が地球のキリスト教信者だったとか? いや、昔勇者がいたとかわからんし、いたとしても地球からくるとも限らんしなぁ。

 むしろキリストがこの世界から地球に来たんじゃね? 聖書の数々の奇跡とか、まさに魔法っぽいじゃん。

 まあその辺のことはいっか。別に俺には関係ないだろうし、ってかキリスト教とかよくわからんし。俺には漫画で得た知識しかねーよ。


『お前はなんか知らねーのか?』

『さっきも言ったがわらわは知らん。もし知っていたとしても人間の起源なぞ思い出したくもない』

『そうか……まあいいや』


 俺はとりあえずイリアに「話終わったんだよな?」と確認を取ると部屋から皆を追い出して、王宮にある図書室へと向かった。

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