裏側の話

 勇者とその従者は特等席――王族のために用意された席の近くに招待され、座っていた。国王は政務があるため今この場にはいない。

 赤い絨毯のようなものが椅子やら床やらに貼付けられているその一帯にいるのは、数人の王族と勇者御一行。

 そんな中で一人場違いなんじゃないかと肩身を狭くして座っているセンリは、自分達以外の勇者御一行には目もくれずに決闘場を見ていた。

 センリとイリアが座る席と、ヒカル達が座る席は少し離れていて、ヒカル達の方が王族に近い。そこに王族のユウリとヒカルに対する扱いの差が出ているのだがセンリ達は一切気にしない。王族とユウリとの関係なんて今更だ。今だって王子と決闘騒ぎなんかやってしまっているわけだし。まあ、これは隣に座るイリアが原因なのだけれど。

 肩身が狭いのは単純に知らない人が沢山いるからだ。

 さっきユウリとは違うもう一人の勇者のヒカルに、


「悠里と仲良くしてくれてるんだって? ありがとう。悠里ってあれでなんでも一人で抱え込む性格だからさ、支えてあげてね」


 と笑顔で言われた。

 ユウリと仲が良いと言われるのは嬉しかったので、とりあえずは頷く。

 優しいし、確かにカッコイイ。女の子が喜びそうな男の人だ。いや、まあ、自分も女なのだけれど。

 だが、センリにはそこ止まりだった。カッコイイけど、それだけ。センリにとってはユウリの方が何倍も良い人だったしかっこよかった。

 顔がどうとか、そういう話ではないのだ。付き合いの濃さと言うのもあるかもしれないけれど、雰囲気とか、話し方とか、心の在りようとか。そういうのも含めて、』そう思うのだ。

 ……今舞台にいるユウリは少し残念に思うけれど。

 モテるとかモテないとか、別にどうでもいいのではないか。ただ単純に、一人の人から愛されればそれでいいのではないか。

 男の人の思考はよくわからないし、ユウリの思考もよくわからないからどうとも言えないのだけれど。

 ちら、と王族の席を見ると動きやすいドレスに身を包んでニコニコ笑っている王妃と、その隣に座っている黄金の髪に海色の瞳を持つ少女が座っていた。眠たげな眼と、セミロングの綺麗な髪が特徴的だ。

 王族とは思えない質素なドレスに身を包み、興味深げに舞台を見下ろすその美少女は『エレナ・ミスリル・フォン・フィディール』。もう一人の王女とは違って、普段は全くと言っていいほど表舞台には出て来ない、フィディール王国の第一王女だった。


(なんでこんな所にいるんだろう)


 滅多に見ることがないその顔をまじまじと見つめていると、スッと視線を舞台から逸らしたエレナと目が合った。

 センリは見つめていたのがばれてビックリしたのと、後ろめたい気持ちがあったのとで直ぐに目線を外した。


『直ぐに視線を外すなんて悲しいじゃないか。僕の顔はそんなに酷かったかい?』


 いきなりそんなからかうような声が頭から聞こえて身体がビクリと震える。イリアがそんなセンリを気にしてちらと見てきたが、直ぐに視線を舞台に戻した。

 どこから声が聞こえてきたかわからず、わたわたと視線を右往左往させて、結局またエレナと視線がかちあった。

 するとエレナは無表情だったのを少し歪めてセンリに微笑みかけた。


『驚かせてしまったみたいだね。いや、驚かすつもりは無かったんだ。本当だよ? 勇者の従者なら、伝達魔法くらい使い慣れていると思い込んでいた僕の失敗だった』


 伝達魔法。相手に自分の思念を伝える魔法。距離とか、使える相手とか、いろいろ制限はあるけど。

 エレナ自身は簡単にやってのけて勇者の従者なら使い慣れていると言ったが、実際は随分高度な魔法のはずだ。明確なランク付けがされているわけではないからわからないが、間違いなく上位の方に入る魔法のはず。

 センリは最近覚えた魔族用の魔法を駆使してエレナに思念を飛ばす。未だに人間が使う魔法はあまり上手くは使えないのだ。


『エレナ王女殿下……でよろしいんですよね?』

『うん、そうだよ。僕、なんて一人称を使ってるけど、僕はれっきとした女だよ』


 そこでエレナはセンリから視線を舞台に戻した。


『わ、私に……何か用、ですか?』

『そんなに怖がらないでよ。呼び方だってエレナ王女殿下なんかじゃなくてエレナでいい。僕はそんなに敬われる程の人間じゃないからね』


 エレナにならってセンリも舞台に視線を戻した。舞台ではまだユウリと王子が言い合いをしていた。


『僕はね、勇者にとっても興味があるんだ。得にユウリにね。勿論ヒカルにも興味がないわけじゃないけど、ヒカルは調べることが少ないんだよね。あまりにも過ぎて。それじゃつまらないんだ。それにお母様から話は聞いてる。ユウリは勇者じゃないって』

『……』

『まあ、正確に言うと勇者というよりもユウリに興味があるんだ。だからユウリの従者であるセンリ、君に伝達魔法を使ったんだ』


 エレナの話ぶりからするに、エレナはユウリが邪神だということを知っているのだろう。それは自分も知っている。あの日にユウリから直接教えてもらったからだ。「パーティなんだし、隠してても意味ねーだろ」と随分軽い感じだったが、自分が信用されているとわかって嬉しい出来事だった。

 ユウリの秘密なんてそれくらいしか知らない。それ以上何を聞きたいのだろうか、この王女は。ユウリとの会話なんて、それこそ本当に日常会話くらいしかしていない。


『イリアさんには……聞かないんですか……?』

『うーん……聞こうと思ってたんだけどね。イリアって魔法のプロテクトが掛かってて僕程度の伝達魔法じゃ介入出来ないんだよね。流石魔王って感じなんだけど、でも今はその能力の高さを恨めしく思うよ。直接話すような機会もないし』

『イリアさんが魔王だって……知ってるんですか……!?』

『うん、知ってるよ。ついでに魔物と魔王の関係もね』


 エレナの声音は変わりなくセンリに返事を返す。


『でもそれがどうしたっていうんだい? 君達だって知っていることだろう、なにせ魔王と邪神がいるんだし。知っているからってこの国は勇者の遠征は止めないし、魔物との戦争も止める気はないけどね』

『……どうしてですか?』

『僕は人間が魔王を倒せるなんて元から思ってない。そもそものスペックが違い過ぎるんだ。猫が虎に勝てるかい? 勝てるわけがないだろう。人間と魔族の関係なんてそういうものだよ』

『それじゃ勇者が無駄死にするだけじゃないですか!? 勇者について行った従者だって――』

『おっと、人の話は最後まで聞くものだよ。センリ、君は考えたことがあるかい? この国の財政がどこでどう回っているのか』


 エレナの声が諭すような声音にかわる。


『ない、ですけど……』

『そうだね、そうだよね。普通の人は考えない。自分達が生産したものだけで今の国が成立っていると思い込んでいる。普通の国はそうだし、そうであるべきだ。まあ、そんなことが出来る国なんて滅多にないんだけれど』

『この国も、違うんですか?』

『君は南北援助同盟条約アライアンスって知っているかい?』


 舞台ではユウリが何故か悶えている。


『名前だけなら……あまり公に出て来ない条約ですし』

『そうだね。興味の無い人にはよくわからない条約だ。ただ、少し経済をかじると必ず付き纏ってくる条約でもある』

『どういう……こと、ですか……?』

『簡単に言うとね、今この国の財政は半分くらいがこの条約で成り立ってるんだ。南部で戦線を支えている国に対する、北方の国からの援助金でね。これがなくなるとこの国は財政難どころか財政崩壊して国が潰れるんだよ』

『それで、それがどうして勇者のことに繋がるんですか?』


 エレナに慣れてきたセンリは少し語調を強めて聞いた。


『君は案外と鈍いのかもしれないね』


 溜息混じりにそう言われ、センリはほっといて下さいと返す。


『いいかい? 条約には条件が付き物だ。この条約には、魔物との戦線の維持、並びに人々の希望の象徴である勇者の輩出が条件として含まれている。そのかわりとして経済援助を受けているんだ。戦争なんて何十年もやればどんな大国だって経済破綻するからね。僕達は援助してもらうかわりにあちらさんに安全を提供している、ということになっているのさ』

『でも魔物ってこっちが襲わない限り襲われませんよね? 戦線の維持とか何もしなくても出来るじゃないですか』

『こちらには活動を報告する義務があって、監察官として向こうの人間が送られてくるんだ。そもそも大多数の人間が魔物の生態を知らない。それに、あちらさんとしては僕たちや南部の国が戦争をすれば戦争をするほど儲かるからね。軍需産業は他国の争いに敏感だ』


 相変わらず舞台を見続けるエレナとセンリ。


『これでわかったかな? これも言っておくけど、勇者って輩出するだけでいいんだよ。だから、国から出れば勇者の自由。僕達王族からするのはお願いであって命令じゃないからね。別に魔王討伐なんか向かわず逃げ出したって僕としては一向に構わないんだ』

『……それは私達に言ってるんですか?』

『うん、そうだね。そうとってもらって構わないよ。だってほら、君達は魔王討伐なんてやってられないだろう?』

『それは……確かにそうですけど。王女がそんなこと言っていいんですか?』

『何も問題ないよ。そもそも僕は口に出してないしね。今は頭の中で考えてるだけだし。それに、僕はもうすぐ王族じゃなくなる』

『……え? それって、どういう意味ですか?』

『言葉の通りさ。あ、別に僕が何かやらかしたとか、そんなことではないよ。王族じゃなくなると言っても一時的にだし、国民に発表もされない』

『それって意味あるんですか?』

『あるよ。僕って学者気質でね、いろいろと研究したいと思ってるんだ。でも王族は学者にはなれない。趣味の範囲でやるにはなにもかもが足らないんだよ。だから僕は王族を抜けて研究するんだ』

『王族を抜けてまでする研究ってなんですか?』


 結構重大なことを戸惑いもなくずばずば言ってくるエレナに対して、センリの人見知りからくる恐怖は無くなっていた。口調も雰囲気も王族という感じがしない、というのもあるかもしれないが。


『魔物の生態と魔族の魔法についてだよ。魔物のことは言わずもがな、魔族と人間が使う魔法は似て非なるものだからね。魔族の魔法が使えるようになれば人間の技術が大幅に向上する』

『でも、それは王宮にいたら研究しにくいんじゃないですか? その辺はどうするんですか』

『そこで、だ』


 エレナはそこで一旦言葉を切ると、含みを持たせて楽しそうにセンリに言った。


『僕も君達の旅に着いて行くことになった。ヒカルじゃない、ユウリの方にね』


 エレナが言ったことを理解するのに一秒、二秒、三秒……


『えええぇぇぇ――!?』


 かろうじて口で叫ばなかったのは幸いか。口は手で覆ってしまったが。いかんせん挙動不審になっていて怪しいことこの上ないが、それは仕方ないとして我慢する。

 エレナが、自分達の旅に、着いて来る……?


『い、いいんですか、そんなことで……?』

『うん? 何か問題があるのかい?』


 センリの疑問に、全く気にした風もないエレナの声音。


『いや、だって……エレナ様は王族だし……』

『エレナでいいのに。というか、それを言うなら妹だって王族だ。それに、言ってはなんだが魔法の腕なら妹より僕の方が数段上だ』

『でも……死ぬかもしれないんですよ? 王族が旅の途中で死んだら大問題じゃないですか』

『だから王族を抜けるんだ。旅の間、もっと言えば研究の間の僕の死は平民と同じように処理される。君達に責任は降り懸からないよ。その辺はちゃんと考えてるからね』

『……そうですか』


 溜息を吐きたいのをぐっと堪え、心の中だけで溜息を吐く。会話の主導権を全部エレナに握られているせいか、物凄く疲れる。


『まあ、魔王と邪神がいるんだ。滅多なことでは死にはしないだろうさ』


 そう言って笑うエレナは本当に死なないと思っているのだろう、死の恐怖というものが一切感じられなかった。


『だから最初の話に戻るんだけど、ユウリのことを教えてほしい。これから生死を共にするパーティとなるのだからね。リーダーのことくらい知っておきたいのさ』

『まあ、構いませんけど。後でイリアさんとかヒカル様にも話を聞いた方がいいですよ。あとカイリさんにも』

『勿論、そうさせてもらうよ』


 それからセンリはエレナにここ数日で感じたユウリの印象を教えた。良い人だったり頼りがいがあったり強かったり気が回ったり、でも時々抜けてたり女性にコンプレックスを持っていたりめんどくさがりだったりするユウリのことを。

 驚くほどすらすらとユウリのことが口から出てくる。迷うことなくいろんなことが口をついた。ユウリのことを話していると何故か楽しい気分になった。


『……ふーん、そうなのかい? それは良い人間だな。だけど、残念だがその話はまた後で聞かせてもらうよ。どうやら決闘が始まるようだからね』

『あ、はい。そうですね。まあユウリ様なら直ぐに終わりますからまた直ぐに聞かせてあげますよ』

『信頼しているんだね。あれでもカールはこの国で最も実力のある剣士なのだけれど』

『ユウリ様は強いですから。強いだけの人間には負けませんよ』


 その言葉の直後、


「ほざけぇぇぇぇ――!!」


 という王子の叫び声が会場に響いた。王子は腰の剣を引き抜いてユウリに飛びかかる。


「お前には! 最高に最低で屈辱的な敗北ってもんを教えてやるよ!」

(それじゃ悪役ですよ、ユウリ様……)


 ユウリの言葉に内心で突っ込んでおく。

 ユウリが叫んだ瞬間、いきなり空気が重くなったような感覚。少し息苦しくさえ感じられるその圧力の中心にはユウリの姿。

 迫り来る王子に対して構えるでもなく腕を組んで佇むユウリ。その身体からは圧倒的な、もはや暴力とさえ映る力の奔流が滲み出ている。

 そしてユウリはその口を開いて、たった一言を風に乗せた。






「――『跪け。』」

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