第9話

 確かこんな出来事があって、今俺は王子サマと対面してるんだっけ。

 思い返してみてわかるけどさ、俺がここに立ってる意味、無くね? とばっちりじゃん。王子サマに絡まれた哀れな一般人って感じだよな。

 訓練場の中央で、王子サマと向き合う。訓練場でいつ使うんだろうと思っていた観客席には、今は大勢の見物客が座っている。といっても、城外の人はいないんだけど。さすがにこんな短時間で来れるわけないし、城外にこんなの見せるわけにもいかないでしょ。


「今一度聞く。貴様は一体イリアのなんなのだ?」


 王子サマがそのお綺麗な顔を真っ赤な怒りに染めた表所で聞いてくる。女性の美人が怒ったら怖いけど、イケメンが怒っても怖くないです。何故って、光が怒ってる光景を日常的に見てたからな!

 あいつは怒りっぽいんだよ。喧嘩っ早いと言い換えてもいい。じゃないと見ず知らずの人なんか助けに行かんわ。

 俺は王子サマにおざなりに返事をした。


「……ただのパーティです。勇者とその従者。それ以上でもそれ以下でもないですよ」

『なんかおざなりじゃな』

『疲れたんだよ。今日は』


 無駄に強い分身と戦った後のこの仕打ちだし。疲れてないわけがない。今すぐ部屋に戻ってベッドでゴロゴロしたい。


「嘘だ!」

「ええ!?」


 イミワカンナイ!

 っていうかなんだよ! なんでそんな、ひぐらしの鳴き声が聞こえてきそうな村に住んでる女の子みたいに否定されなきゃいけないわけ!? 思わず叫んじまったじゃねーか!

 嘘だ! って言いたいのは今の俺の状況に対してだわ!

 何このめんどくさい生き物。ホントに人間かよ。


「そんな、それだけの関係の奴にイリアが従うはずないじゃないか!! 王子である僕にすら全く靡かなかったイリアが、どこの馬の骨とも知れない貴様なんかに!」


 俺も大概だけどさ、あの王子も大概馬鹿の子だよね。メイドインシナプスのエンジェロイドのアホの子ほどじゃないけど。

 イリアが俺に従ってるとか、節穴もいいところだわ。どう見たって俺に従ってるようには見えないでしょ。あいつセンリと違って俺にため口だぞ? 普通に対等な関係だってわかるでしょ。……そう言えばあいつ王子サマに対してもため口でしたね。

 パーティーのお誘い断られたときのことを言ってんなら、王子様の頭が足りてないだけなので、おうちに帰って家庭教師にでも聞いてみてください、どうぞ。あんなのはイリアがパーティー断るためのただの口実だってわかるでしょ普通。「むう……そうだな……」とか言っちゃってるんだよ?


『って言ってやりたいんだけどなぁ……』

『言っても聞かんことが目に見えておるしのう……というか、お主口悪いの』

『疲れてる上にイライラしてきたからね、しかたないね』


 心中で溜息を吐き、王子サマにとりあえずなんか言ってやろうと口を開きかけた時、奴は言ってはならないことを言った。モテない俺に対して、明らかに、上から目線で!


「だいたい、貴様のような女性から全く好かれなさそうな童貞なんかに、イリアが靡くはずなんて――」

「うがあぁぁぁぁ――!!」


 思わず王子サマの声を遮って叫ぶ。今、王女サマの口からすごい言葉が聞こえてきた気がした。俺を、モテない男たちを蔑む言葉が……!

 女性に全く好かれない……? 童貞……?


「おま、ど、どの口がそんなことを! 俺だって……俺だってなあ……!」

『お、落ち着け主よ! その苦労はわかるが、今は落ち着け!』

『うるせー! これが落ち着いてられるかッ!』


 俺が今までどんだけの苦労をしてきたと思ってるんだ! どれだけの苦しみを味わってきたと!


「だいたい、お前みたいなイケメンがいるから! お前みたいなイケメンが何人も女の人を侍らせるから俺みたいな可哀相な奴が生まれるんじゃねーか!」


 それはまさしく俺の全力の心の叫びだった。

 日本にいた時からそうだ。光の周りには女の人がたくさんいたのに、その隣の俺には誰もこないんだぜ!? 俺ってそんなにダメな人間か? そんなに誰も近付かない程のブ男ですか!?

 好きだった女の子が光に告白してる瞬間を目撃してしまった俺の気持ちわかる!? めちゃくちゃ辛いんだぞ!!

 でも何が一番辛いかって、告白されてるのが光で、告白してるのが女の子ってことは、光なにも悪くねーから光に対して強く出れないってところなんだよ!

 涙を呑んで俺の気持ちは水どころか川に投げ捨てて海に流してもらうんだよ!


『主は見た目だけ見れば人間の中でもそれなりに整った顔立ちだと思うんじゃがなぁ……』


 なんかディアナの声が聞えた気がしたが、今の俺に気に留めるほどの余裕はなかった。

 俺の魂の叫びを聞きとった会場の毒男達は、俺の叫びに同調するように


「そうだ、そうだ!」

「お前達のせいだ!」

「俺の彼女を返せ!」

「イケメンだ、潰せェ!」


 などと叫んでいる。

 あまりにも許せない暴言。お前らは非リア充の気持ちを考えたことがあるのか? モテない男の気持ちを考えたことがあるのか!?


「俺は怒ったぞ、カール――!!」


 マジでこれは伝説の超戦士になれるのではないだろうか。それくらいの怒りが俺の体中を駆け巡っている。

 目の前でうろたえているイケメンを倒すのではなく、叩き伏せてやろうじゃないか!


「おい、王子サマ。テメーは誰かに跪ずいたことはあるか……?」

「あるわけないだろう! 僕は王子だぞ!」


 イケメンがキッと睨んで叫んでくる。その強気で、自信にあふれた態度を見て俺はニヤリと笑った。


「だったら喜べ。俺がテメーが初めて跪ずいた相手になるんだからな!」

「ほざけえぇぇ――!!」


 腰にさしてあった剣を抜き、それを両手で握ってこっちに駆けて来る。


「テメーには! 最高で最低で屈辱的な敗北ってもんを教えてやるよ!」

『勇者がまるで悪役じゃのう……』


 俺はディアナの言葉をBGMに、邪神の力を解放した。

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