第8話
訓練場の入り口に、光にも引けを取らないようなイケメンが佇んでいる。金髪に碧眼。しかもなんか高そうな服を着ている。その服も白を基調とした爽やかな色合いで、そのイケメンっぷりを加速させている。
俺はあいつを見た瞬間理解したね。
あいつはリア充だ、と……。
そしてこうも思ったね。
イケメン爆発しろ、と……。
『お主……』
『何も言うなディアナ。何も言うんじゃない……!』
テライケメンのリア充(予想)が入って来た瞬間、訓練していた兵士達が一斉に訓練を止めた。テライケメンのリア充(予想)に振り向くと右手をぴっと伸ばして額に当てて、敬礼の姿勢になった。え、なに? あいつ結構偉い人なの?
そして女の兵士からは黄色い歓声が上がっている。
テライケメンのリア充(予想)はキョロキョロと何かを捜すように辺りを見渡した後、何かを見付けたのか突然こっちに向かって歩いて来た。ちなみに俺達三人は他の奴らみたいに敬礼なんてしていない。座ったままだ。
俺はテライケメンのリア充(予想)のことを隣で休憩しているセンリに聞いた。
「このフィディール王国の第一王子で第一位王位継承者の『カール・ミスリル・フォン・フィディール』様です」
「なん……だと……!」
あんなテライケメンがあの王サマの息子だというのか……!? つーかならもう(予想)じゃなくて(確定)だな。テライケメンのリア充(確定)だ。だって王子様さんてリア充って決まってんじゃん。リア充じゃない王子様とかいないでしょ。
「てかなんでその王子サマがこっちに向かって歩いて来てるわけ? 言っちゃなんだけど俺って王族と良い関係とは言えないよ? あの王妃以外は」
「いえ、その、ユウリ様と王族の関係なんて知りませんけど、恐らく王子の狙いはユウリ様ではなくて――」
「やっと見付けた! ああ、会いたかったよイリア!」
センリが何かを言おうとした瞬間、いつの間にか目の前まで来ていた王子サマが声を上げた。正確にはイリアの目の前に来ていた王子サマが。
テライケメンのその顔を喜色に染め、少し大袈裟な動作で喜びを表す王子サマ。なんか後光でもさしそうな感じだ。あー嫌だ嫌だ。イケメンは何をやっても絵になるからな。俺が大げさな動作で喜びなんか表してみ? センリあたりに「ユウリ様どうされたんですか?」なんて心配されるに決まってるわ。
そして、そんな王子サマに対して、イリアは相手が王族なのにも関わらずいつもの雰囲気で、というよりもいつもより嫌悪感を込めて王子サマを睨み付けた。
「私は会いたくなかったがな。こんな所で油を売っている暇はないのではないか、カール?」
「そんなことはないさ。君のために既に今日の準備はほぼ終わっている。後は優秀な使用人の彼等がやってくれるさ」
イリアの不遜な態度にも眉一つ動かすことなく王子サマはイリアに話しかける。プライド高そうなのに以外だな。っていうかイリアは態度酷すぎだろ。仮にも今はこの国の兵士でしょ? 少しはこう、敬意ってものを見せかけでもいいから見せた方がいいんじゃないの?
『お主がそれを言うのか』
『や、だって俺ってこの国の人間じゃないし?』
俺はノーカンだよ! 自分のことは棚に上げてそのまま降ろさないようにしてきたの!
「なあ、あいつなんなわけ? っていうか何してんの?」
小声でセンリに聞いてみた。
「王子はですね、その、言い方が悪いかもしれませんが……イリアさんに、ぞっこんなんですよ。ああ見えて性格も良いですし、王子ですし格好良いですから女性も数多く王子に擦り寄っていくんですけど、本人はイリアさんにしか興味が無いらしくて。全部袖にしてるって噂です。……まあ、こんなところまでイリアさんを追いかけてきてるんですから、その噂も本当のことなんでしょうけど」
へー、そうなんだ。イリアのことが好きなのかー。へー。
『聞いておきながら興味ないような反応じゃな』
『他人の惚れた腫れたとか実際興味ないですし』
光? 光は他人じゃないんで。やっぱ近くにいる奴ほどこう、なんというかむかつくよな。モテてると。
そんな俺たちを放って王子サマとイリアの会話は続く。
イリアは嫌そうな表情を崩さない。よく王子相手にそんな態度でいられるね。そりゃイリアにとっては取るに足りない人かもしれないけどね? でも一応でもなく、その人この国の王子サマだよ? いいの? そんなんで。
「私は今日のパーティには出ないぞ。私を誘いに来たのであらば無駄足だったな」
「そんな! イリアは今日のパーティに出ないのか? この僕が誘っても出てくれないと言うのかい?」
「出ないと言ったら出ない」
イリアがパーティ出ないと言ったことが余程ショックだったのか、王子サマは急に弱々しくなると控えめに理由を尋ねた。ショック受けすぎじゃね? 大丈夫かよこんなんが王子で。豆腐メンタルなの? それとも普段はもっとメンタル強いの? あんまり興味ないけど。
「もしよかったら、僕に理由を聞かせてくれないかな……?」
なんかイメージ違う。俺の中の王族ってのはもっと尊大で我が儘で自己中で強引な奴だ。あの王サマとか王女サマとか王妃サマとかみたいに。こんな弱々しい王子なんて俺の王子じゃない!
『お主の王子だったらそれはそれで気持ち悪いがのう……』
『それどういう意味……?』
『それはやはりアレじゃろう、主よ。あの、びーえ――』
『言わせねーよ!?』
お前はどこでそんな知識を覚えたんだよ! 神様にはいらん知識だろ!? 神様どころか普通の人間にはいらん知識だわ!
『勿論、主の頭の中でじゃ!』
死ねよ俺……! 幼女になんてもん覚えさせてんだよ……! 日本だったら捕まってもおかしくねーんじゃねーのか……?
いやでも、これはディアナが勝手に覗き見たことだし、俺は悪くないのでは……? うん、そうだ。俺は悪くない。そう思っとこう。実際にはディアナ幼女じゃないし。合法ロ――この話は止めておこう。
そんな俺を余所に、イリアは答えに窮していた。元から「誘われても出るか!」と言っていたイリアだったから、出ない理由なんて考えていなかったのだろう。
俺の見立てでは「魔王の私が人間共と戯れるなど出来るか!」みたいな感じなんだが、どっちにしろ俺には関係なさそうな話なので傍観を決め込む。いや、本当にそんな理由だったら、俺はこれからイリアとの付き合い方を少し見直さなきゃいけない気がするけどな? 冗談だから。
王子は急かすことなく、健気に悩みイリアの言葉を待っていた。ていうか悩んでる時点で理由とかないんだなって気づかない? あぁ、言いにくいことを言おうとしてるんだなって捉えることもできるのか。
「むう……そうだな……」
そうだな、とか言っちゃダメでしょイリアさん。明らかにとって付けたような理由になっちゃ――
「ユウリが出ないと言ったから出ない。理由なんてこれで十分だろう」
うよ……って、えええぇぇぇ!?
イリアは王子サマから視線を外すと俺の顔を見ながらそう言った。予想外な出来事に俺沈黙。チラリと王子サマを見ると、あまりの光景に背筋が凍り付きそうになりました。
彼、凄く怒ってたんですよ、ええ。どれくらいかってもう、僕の拙い語彙では表現できないほど怒ってるわけですよ。今にもその綺麗な金髪が逆立って、伝説の超戦士になりそうな感じでやばいわけですよ。俺、何もしてないのにこんな怒りを向けられるいわれはないと思うんですよね。
「ユウリとは……その黒髪黒目の冴えない男か……?」
冴えなくて悪かったな。俺は
怒り心頭の王子サマは、俺を指差すとイリアに静かな声でそう聞いた。人を指さしちゃいけないって小さい頃教えてもらわなかったのか?
「ユウリとは……イリアの、なんなのだ……?」
「御主人様」
「違います」
おま、それはねーわ! 流石にない! 俺がイリアのご主人様とか普通に考えてありえないでしょ!?
震える声でイリアに聞いた王子サマに、イリアはそう返した。ニヤリと笑うその顔に俺は瞬間的に否定の言葉を口にした。イリアさん、もう一回言うけど流石にそれはないわ。
しかし、やっぱり王族ってのは人の言うことを聞かない生き物なのか。王子サマは俺の否定の言葉を無視して、またもや俺に指をさして高らかに言い放った。
「ユウリ、貴様に決闘を申し込む!」
「お断りします」
突然の言葉に、反射的に言葉が出た。いや、だって普通決闘とかしないでしょ。俺現代日本で育った高校生だよ? 決闘とか意味わからないから。遊戯の王の名を冠したカードゲームでしかしたことないから。
「今日の夕方に決闘場に来い!」
「お断りします、断固」
頭に血が昇っているのか、俺の話を聞く気がないのか。たぶん両方だろう王子は俺を無視し続ける。
「貴様を叩きのめしてイリアを僕が貰う!」
「お断りします」
さっきからお断りしますしか言ってないな、俺。
「夕方までにせいぜいイリアとの時間を過ごすんだな!」
「ご遠慮します」
だってイリアこえーし。ツンツンしているというか、冷たいというか。
っていうか、俺の話聞けよ! 俺全てにおいて断ってんじゃん! 一言も了解の意思示してねーじゃん! ホントになんなの、ねえ!?
光も時々難聴になって俺の話聞かなかったりするけどさ。こいつさっきから一文字も俺の言葉頭に入ってないんじゃねえのか? イケメンは話を聞かない。この国の王族は話を聞かない。二つが合わさって俺の話がかけらも聞こえない人間にでもなっちゃったの? 怖いんだけど。
言いたいことを言ってすっきりしたのか、王子サマはずんずんと訓練所から出て言った。話を全く聞いてくれない王子に対して俺涙目。
溜息しか出ない俺を、イリアは笑って、センリは慰めてくれる。こいつら対称的過ぎるだろ。っていうかイリアが原因なんだからもっと労われよ。
なんだか疲れた。王子様がいなくなった訓練場でよろよろと立ち上がりながらそう思うのだった。
「ユウリ様、貴方私の息子と決闘するんですって?」
「俺は了承した覚えはないです」
訓練場から出て、センリ達と別れて自分の部屋に行こうと無駄に広い廊下を歩いていると、何故か向かい側から王妃が歩いて来た。相変わらずの機嫌の良さそうな笑顔で俺に近付く。ていうかお供の人がいないんだけど。一人で歩き回っていいの? 王族ってそんな身軽なの?
「あの子が強引に、でしょう? イリアが貴方の従者に選ばれた時から遅かれ早かれこうなると思ってましたわ」
「王妃サマはそれでいいんすか。仮にも王子サマは王サマの跡継ぎなんでしょう? それが、イリアみたいな一介の少佐に構ってて。それってまずくないんですか?」
「私は別に構いませんわ。それに、あの子の人を見る目も凄いですし。私はあの子がイリアに目を付けた時、感心しましたからね」
その王妃サマの言葉に俺はピクリと反応する。王妃サマの言っていることは明らかにおかしい。だって、イリアは世間的には集団戦闘が出来ない軍のお荷物少尉のはずだ。悪い意味で注目することはあっても、王子がぞっこんになって感心するような相手ではないはずだ。
まあ考えてもわからないことは本人に聞くに限る。そう思って俺は王妃に直接聞くことにした。
『主はもう少し自分の頭を使おうとは思わんのか……?』
『メンドクサイコト、キライ』
俺は頭を使うキャラではないのだ。わからないことは素直に聞く。これって大事なことだと思うんだ。
「……なんで王妃サマはそう思うんです?」
俺の問いに、王妃はあっけらかんとした表情で答える。
「だってイリア、魔王じゃないですか」
「……は?」
いやいや、なんで王妃サマが知ってんの? センリでも魔の気配がある、程度にしかわからなかったのに。王妃サマにも何かセンリみたいな能力があって、しかもそれがイリアが魔王だってわかるくらいに強力なものなのか?
『それはない。前にも言ったじゃろう? 人間には魔の気配など探れんと。そやつは正真正銘人間じゃ』
『じゃあなんでさ?』
『それこそそやつに聞いた方がいいのではないか?』
『……そうだな』
俺はニコニコと何を考えているかわからない表情の王妃サマに尋ねてみた。
「なんで王妃サマがイリアが魔王だってことを知ってるんです? 普通の人間にはわからないはずなんですけど」
「そんなの簡単よ。私がイリアをこの国に士官させたんですから。正確には士官する許可を出したんですけど」
「答えになってない」
「イリアが士官する時にね、私あの子に直接会ったんですけど……あの子自分の正体と目的を私にばらした上で士官させてほしいって言ってきたんですよ」
……なんなんだこの人。なんで普通の人間がイリアが魔王って知っててこんな普通でいられんの? いや、俺も大概だけどさ、それでも王妃サマはおかしいんじゃね?
肝が据わってるってレベルじゃねーぞ。
俺はずっとニコニコと微笑む王妃に、少しだけえもいわれぬ寒気を覚えた。
「王妃サマは自分の国に魔王がいて問題ないんですか?」
「何も問題ありませんわ。イリアは何もしませんし、夫が勇者勇者と騒いでいるだけですから」
「……ん? 王妃サマって魔物と魔王についてどこまで知ってんですか?」
王妃サマの物言いに引っ掛かりを覚え、そう尋ねる。さっきから異様にこの人を怖く感じる。
知らないはずのことを知っている。そして俺は相手のことを何も知らない。知らないってことが怖いっていう風に感じるのは、初めてかもしれない。
「貴方が知っている程度の知識は知っていますよ。ついでに言うと貴方の正体も。尤も、両方共イリアに教えていただいたんですけどね」
「……それを信じたのか、王妃サマは?」
「ええ。人間の学者が言うことより何倍も、何十倍も信憑性がありましたから。貴方の件は、貴方が魔剣を持っていることから判断しました」
「さいですか……」
もう疲れたように呟く。ようにっていうか疲れたけど。
なんだよ、全部知ってただけだったのかよ。っていうか、全部知ってたとはいえ、やっぱりイリアを信じることが出来るっていう、なんていうの? その精神性? あり方? っていうのにはゾッとするけど。
だってあくまで王妃サマは人間なんだぜ? 俺みたいに直接理解したわけでもないだろうし。なんなんだこの人は。
「それと、会話にはもう少し気を付けた方がいいですわ」
「……? どういうことですか」
「普通の人間にはわからないはず、とか、魔物と人間の関係をどこまで知ってる、とか。まるであなたが普通の人間ではないとアピールするような言葉選びですわ。私は知っていましたが、知らない人からすれば貴方は自分は人間ではないと主張する危ない人か、もしくは相手に自分の正体をばらすきっかけを与える馬鹿な人、と思われてしまいます」
王妃サマに言われて気づく。
うへぇ……確かに思い返してみればそんな感じだったかもしれない。俺危ない人一歩手前みたいじゃん。気を付けよう。
「……わかりました。これから気を付けますね」
「それで私の息子のことに話が戻るんですけど」
王妃は何事も無かったかのように話を戻す。というか、たぶん王妃の中ではホントにさっきのは何事も無く処理されているのだろう。ポーカーフェイスだからわからんけど。
「あの子、思う存分叩きのめしちゃって下さい」
「母親としてその発言はいいのか……?」
「なんかあの子、自分より強い人間はこの国にいない、とか思っちゃってるんですよ。ですからその中途半端に高いプライドを叩き折ってあげて下さいな。自分より上の存在がいることを知らない人間に国を回すことなんて出来ませんから」
「……ふーん。まあいいですけど。こんなん言うのもあれですけど、会った時から王子サマはあんまり気に入らなかったんです。っていうか、人の話を聞かない奴は基本的に嫌いです」
言外に俺の話聞いてねっていうアピールをしておく。話聞いてくれないのってホントに辛いんだからね? そこんところをわかってほしい。俺の精神の安寧のためにも。いやマジで。
うーん……でもまあ、勝負に関してはあんな王子サマに負けるとは思ってないから問題ないけど。プライドが折れるかどうかはこの際置いといて。
「っていうか王妃サマ、イリアの目的知ってんだったら俺に教えてくださいよ」
「焦らずともそのうちイリアから教えてもらえますよ。明日か、もしくは明後日……最低でも一週間以内くらいには。まあ、イリアの気が向いたらですけど」
そう言って笑う王妃サマの後ろから、メイドっぽい人が早歩きで近付いて来た。たぶん王妃サマ付きのメイドさんなんだろう。リアルメイドは目の保養になる。だってこのお城のメイドさん美人ばっかだし。
「……そうっすか。んじゃあなるべく早く教えてくれることを期待しつつ、今日は王子サマをボッコボコにするように頑張りますよ」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「王妃様ー!」という声に王妃サマは振り向いてメイドに手を振る。それからまた俺の方に振り向いた。
「では私はこれで。楽しいパフォーマンスを期待しておきますわ」
「はいはい。ご期待に沿えるよう頑張りますよ」
……っていうか、俺と王子サマの決闘って衆人環視の中やるものなの? マジで? ウソやろ?
『まあ、王族の決闘と言ったら派手にやるものじゃろう』
大勢の人前に出るとかやだー! イケメン相手にするとか完全に俺が
あー! 決闘したくねぇ――!
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