第5話

 このままでは埒が明かないので、とりあえずセンリを落ち着かせる。この手の女の子を宥めるという手法は、光といれば自然と身に着くスキルだ。光があっち行ったりこっち行ったりとふらふらするもんだから、光のことが好きな女の子がよく泣いたりするからだ。光に自覚がないのが性質が悪い。あいつは一回刺された方がいいんじゃなかろうか。

 その女の子の処理が俺に回って来るのはいかんせん納得出来なかったが、そのおかげで今こうやってセンリをあやすことが出来たので、今だけは水に流そう。今だけな。後になって逆流してくるから。そういうもんなんだよ。だって処理したところで女の子が俺に惚れるかって言ったらそんなことはないし。


「ほら、センリ。大丈夫だからディアナんとこ行けって」

「は、はい……」


 センリの背中を押してディアナの所にやる。ディアナは腕を組んでその様子を見ていたが、センリが自分の前に来ると改めてセンリをまじまじと見ていた。

 それから(身長的な問題で)少し屈むように言うと、ディアナはセンリの瞳をじっと見つめる。ディアナは組んでいた腕を解くと、右手の人差し指を突き出した。そしてディアナの人差し指が光り始め、その光っている人差し指をセンリの額に当てた。

 すると人差し指の光がセンリの額からじわじわと広がっていき、全身を覆ったところでパッと消えた。


「ふむ……お主、生みの親は?」

「え……? あの……知らない、ですけど……」

「そうか……」


 そこで考え込むディアナ。真剣な顔をしていて、そこだけ見ればなんか神様っぽく見えなくもない。まあ幼女なんですけどね。


「なんかわかったのか?」


 オロオロしているセンリは置いておいてディアナにそう聞いた。

 こんな離れた状態でも頭の中のパイプはディアナと繋がってるらしい。頭の中にディアナの声が響いてきた。


『主よ。このセンリという小娘、半人半魔じゃ』

『なん……だと……!』


 声だけで驚きを表現する。どっかの死神達がよく使ってそうな表現だったけど気にしない。そんなことよりも、


『半人半魔って……なんですか?』


 仕方ねーじゃん!? 俺この世界に来てまだ一日目だって言ってるでしょ! いきなりそんな単語出されてはいそーですかなんて納得できるわけないじゃん! わかったふりしてよくわかんなくなるとかよりはよっぽどマシでしょ!?


『はぁ……。半人半魔とは、人間と魔族が混ざった存在のことじゃ。相手の魔族は限りなく人間に近い形をしておる。力はそれこそ桁違いじゃがな』

『へえ、そうなんだ。で、それとお前が難しい顔してんのがなんか関係あんの?』


 そう言うとディアナは俺の頭の中で俺の言葉を肯定した。


『実を言うとじゃな……本来ならば半人半魔などという存在はいないはずなのじゃ。いくら魔族が人型に近けれど魔族と人間の間に子供はできん。猫と犬との間に子供ができんようにな。種族自体が違うのだから当然じゃな。だから、このセンリという小娘、本来なら存在しない存在ということじゃ。ちと表現がおかしいが』

「マジかよ」


 ディアナの言葉に、思わず呟いてしまう。ちょっとだけ衝撃的だったのだ。本当ならありえないような人が目の前にいるとか。どういうことだよそれ。

 俺の呟きに何事かと俺の方を見てきたセンリに、とりあえず疑問に思ったことを質問した。


「センリってさ、どこで育ったんだ?」

「えと……王都にある『トゥルゲン孤児院』っていう……孤児院で、育ちました……」

「あー……そうなんだ。へー、王都の孤児院ね」


 聞いたはいいけどそう言えば俺この世界のこととか、この国のこととか何にも知らなかったわ。聞いても意味ないじゃん。王都の孤児院とか言われてもなんもわからんし。なんか孤児院の名前はダンジョンっぽい名前してるし。さすがに口には出さないけどね? 空気読めてない人になっちゃうから。今は真面目な話をしてるんです。


「んで、それってどういう所? 孤児を育ててるとかそういうことじゃなくて、例えば……そうだなー……職員の様子とか他の孤児の様子とか、あとは何処が支援してその孤児院が成り立ってるとか」

「えーと……って、どうして、そんなこと聞くんですか……? 私、何かおかしかったですか……?」


 俺の質問を不審に思ったのかただ単純に意味のわからない質問が不安になったのかわからないが、センリがそう聞いてきた。目が不安そうに揺れながらも、一生懸命俺を睨むような視線を向けてくる。

 まあ確かに孤児院の様子を聞くっていうのはおかしな話かもしれない。特に俺みたいな部外者がそんなことを聞くのは、普通はしないだろう。でもそのことで警戒心を持たれるっていうのも、ちょっと遠慮したい。俺は基本的には仲良くしていきたいのだ。

 俺がセンリの質問に答えあぐねていると、またセンリが口を開いた。


「さっきの光……何かを調べる魔術ですよね? 一体私の何を調べたんですか……? 何がわかったんですか……?」

「おいディアナ、なんか調べたってばれてるぞ。なんも言ってないのにばれるってどういうことだ」

「そんなことわらわに言うな。こやつも魔導師の端くれなら魔力の使い方と状況判断でそれくらい見破るじゃろうが。そんなこともできんようでは魔導士になどなれぬ」

「マジか」

「マジじゃ」

「話を逸らさないで下さい!」


 叫ぶようなセンリの声に一瞬ビックリする。今まで自信なさ気に小さな声で喋っていたセンリの突然の声に、俺とディアナはまじまじとセンリの顔を見つめた。


「話を、逸らさないで下さい! 一体私の何を調べたんですか!? 私って何かおかしいところがあったんですか!?」


 今までのは何だったのかと言うくらい大きな声で叫ぶセンリ。その剣幕に、俺は何も言えずにいた。いや、だってそうでしょ? さっきまで小さな声で自信なさげに喋ってた女の子が急に大きな声で叫び出したら、なんも言えなくなるって。

 それに、センリの焦ったような不安そうな顔を見ると、こいつ過去になんかあったんじゃね? と思えてくる。何があったかとかはわからないけど、でもこういう自分に関する話題で激昂するようになるような何かがあったんじゃないかって。

 まあ、俺は光じゃないからその辺の詳しいことはわかんないけど。


「あー……まあ、なんだ。落ち着けよ。別に話を逸らそうとしたわけじゃないんだ。ちょっと驚いただけでさ。いや、ほんとに。ごめんなさい。な?」


 そう言ってディアナに目配せをする。しかしディアナは俺と目が合うと速攻で逸らしやがった。あいつ、自分は無関係だとか言うつもりかよ! お前の魔術がばれたからこうなってるってこと自覚してます!?

 ぴ~、とか下手な口笛を吹いて一生懸命逃げようとしている。ふざけんなよ!? お前も同罪だろうがッ!


「すいません……でも、私……こんなこと言ったら変かもしれませんが、自分のこと、全然知らないんです」


 俯いた顔でそう言うセンリ。さっきまでの大声ではないから、どうやら少しは落ち着いたらしい。


「親が誰なのかも知らないし……私が何処で生まれたかも……なんで孤児院に居たのかも……全然、知らなくて……。だから、少しでもいいから自分のこと知りたいんです」


 顔を上げるセンリ。そこには、俺に懇願するような眼差しを向けた少女の顔があった。


「孤児院の職員の人達には聞かなかったのか?」

「先生達は知らないって言って……何も……。だから私王宮に士官したんです。王国の中枢に行けば何かわかるんじゃないかって、そう思って。本とか、人とかたくさんいますから」

「そう、か……」


 うーん……困ったな。センリの両親のことは一先ず端に寄せといて、問題はセンリの正体をセンリ自身に伝えてもいいかどうかということだ。勿論正体がわかっている以上いつかは伝えるし、伝える前にばれるということも有り得るがそれは問題じゃない。伝える前にばれるってことは俺と過ごした時間が長くなってるだろうし。

 それなりの時間一緒にいれば俺のことも信用してくれるだろうから俺の話を信じてもらい易くなると思うのだが、いかんせんセンリとは今日初めて会ったのだ。初めて会った人に「お前は人間じゃない、存在しない存在だ」とか言われても普通は信じない。

 誰だって信じないし、俺だって信じない。逆に真っ向から否定する。別に信じてもらえないのは構わないんだけど、俺自身がするように真っ向から否定されたらたまったもんじゃない。

 いや、否定されるの自体がたまったもんじゃないんじゃなくて、否定されてそのうえパニクられたらってことを考えると駄目なのだ。メイドさんやら従者さんやらに捕まってるイケメンを連れて来なければいけなくなる。……お前は邪神って言われて信じただろって? それはそれ、これはこれだから。あんなクレイジーな場面だったわけだし、多少はね? 力ももらったし。もらったっていうより覚醒したのか? まあどっちでもいいや。

 光に協力を仰ぐというのはできれば避けたい。俺の心がそう言ってるのだ。だから、俺は俺の心に従ってこの場を何とかしようと思う。どっかの女神さんはさっきから全力で目を逸らしてるから役に立ちそうにないし。アイツホントに女神かよ。似非じゃねーのか?


「えーと、さ……? とりあえずセンリは自分のことどのくらい知ってんの?」

「魔力が人より多いとか……成長が人より少し遅いとか……それくらいしか……」


 成長が人より少し遅い、だと……? どう見てもセンリは十三、四くらいの中学生くらいの年齢にしか見えないけど、もしかして違うのか?


「成長が遅いって……センリって今何歳?」

「えと……十八……ですけど……?」

「なん……だと……!」


 あ、とうとう声に出して言ってしまった。ていうかそんなことよりも……え? センリって……え? そうなの……? そんな感じだったの? 完全に俺より年下の、中学生くらいの女の子だと思ってたんだけど――


「センリって俺より年上だったのか……!?」

「どういう意味ですか……?」


 やっべ、センリさんが静かに怒ってらっしゃる! なんか妙に怖いんですけど!

 全国の皆さん、此処に予想GAY……間違えた、予想外のロリ少女がいますよ!

 じゃない、そんなこと言ってる場合じゃない。今俺は地雷一歩手前で止まってる状態なんだ。これ以上なんかやらかしてみろ。光と言う名のリア充イケメンのリアルをもっと充実させる結果になるぞ。それは嫌だろう、俺。何とかするんだ俺!

 年齢のことを言われたからか少しだけ影をまとって、静かに威圧感を出しているセンリに声をかける。


「いや……なんか、ね? こう、見た目とのギャップって言うかね? 幼く見えるっていうかね、そのね? わかるよね?」

「自分でもわかってるのに、他人に言われると傷付くんです! この幼い容姿のせいでどれだけ私が苦労したと思ってるんですか!?」


 はい詰んだ! はい死にました! 俺の限界をお知らせいたします! 駄目でした、俺!

 涙目で怒ったように俺に言うセンリに、俺は自分の限界が訪れたことを悟りました。相変わらずディアナは役に立たないというか、いつの間にか姿を消して俺の頭の中に戻っています。いつの間に……! っていうか出るのは俺の力使ったくせに戻るのは自力で勝手に帰れるのかよ!

 くそ……リア充に頼るしかないのか……!? 

 取りあえず涙目になってしまったセンリに対して全力で謝る。泣いている女性にはうれし泣き以外はとりあえず謝っとけって父さんが言ってた。


「いや、ホントすいません! そうですよね!? 年齢と見た目が合わなかったら苦労しますよね! マジすんません! 俺の配慮が足りませんでしたぁ!」

「成人してるって言っても信じてもらえないし、身長低くて嘗められるし、一番大変だったのは王宮に志願する時に宮士の方に全く信用されなかったことです! とにかく、見た目のことは言わないで下さい!」

「イエスユアハイネス!」


 喚くセンリを見て光を呼びに行こうか行かまいか迷って、結局行かずにその場が過ぎるのを待った。行ったら行ったでなんか逃げたと思われそうだし。

 俺がそうやって光のところにヘルプを求めに行くか行かないかで迷っている間中、センリの年齢とか見た目のギャップとかの愚痴をずっと聞いていた俺は、内心で冷や冷やしながら「時よ、速く経て!」とか思いながら過ごしていた。

 いや、マジで大変だったんだからな。

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