第4話

 勇者の従者紹介が終わってから数時間。今日はひとまずこれ以上は何もやらない。お部屋で休んでいてください、これからのことは明日説明しますみたいなことを言われたので、俺は用意された部屋でゴロゴロしながら思考に耽っていた。

 用意された部屋はそこそこ上等なのだろうが、光の部屋に比べると広さは半分くらいだし家具の高級感も幾分か落ちている。勇者が二人召喚されるとか予想外だったみたいだし、急遽用意したんだろう。まあ俺は部屋のグレードなんか気にしないんだけどね。俺の部屋よりよっぽど広いし。でも、俺の脳内に巣くう寄生虫紛いの女神様は相当ご立腹のようだった。


『何故同じ勇者なのにこれ程の扱いの差を受けねばならんのじゃ……!? 所詮人間の王が欲しがっていたのは強大な力ではなく、民の希望となる善良な弱者か!』


 と、頭の中で怒りをばらまいている。いやまあこの扱いの原因は俺にもあるので俺は単に自業自得だと思ってる部分もあるんだけどね? でもこれはディアナさんには黙っとこ。怒ってる人に話しかけたくないし。人じゃなくて神様か。どっちでもいいわ。ていうか頭の中で他人の声が聞こえてくるってなんかすげー違和感なんだけど、これ慣れる日が来るんだろうか?

 ディアナはもともとそんなに人間に好意的な感情は持っていなかったらしいけど、なんかこの国の俺に対するあからさまな扱いにたいそう憤りを感じているらしい。人間に崇められていたから人間の味方なのかと思えば別にそうでもないとのことだし。人間に加担していた訳ではなく決められた場所で力を求める者に力を与えていただけだとか。

 だから、時には魔族とかいう、人間と変わらない知性を持った存在にも力を与えていたらしいし、歴代の魔王にだって力を与えたとか。

 ただ、今回の魔王のイリアには今日初めて会ったらしい。

 そもそもディアナいわく魔王という存在は実際には魔物の王という存在ではなく、最も強い力を持つ魔族の称号のようなモノらしい。故に魔王が魔物を放つとか増やすとか操るとかする訳ではなく、魔物は勝手に増えて勝手に暴れているらしい。自然の動物と一緒だ。

 なので魔物の暴走を止め、魔物を減らす為に魔王討伐をするという人間の大義名分は事実を知っている者からすれば相当荒唐無稽らしく、魔族はおろか魔物ですら人間に興味は無いんだとか。

 魔物が暴れるのは人間が自分たちの縄張りに入ってきた時か、繁殖しすぎて自分たちの縄張りで群れを維持できなくなった時ぐらいらしい。基本的には手を出さなければ手を出されない存在なんだとか。まあ人間は領土広げるために手を出しまくってるらしいんだけど。そのせいで魔物を刺激しまくってるわけで。

 まあでも地球だって森切り倒して人の範囲を広げてそこから出てくる人を傷つける動物を容赦なく殺しまくってたわけだし、この世界の人間も地球の人間も大差ないわな。熊だって生きるために必死なんだよ?

 そう俺に説明してくれたディアナはふて寝を決め込んだらしく、今は不機嫌そうな寝息しか聞こえない。怒ってふて寝とか、随分人間らしい女神じゃねーか。ていうかどうやって寝てんだよ。ちょっと気になるんだけど。

 ディアナがふて寝したことで俺も暇になる。光の部屋は遠いし、あいつはメイドさんやら今日紹介があった従者やらが捕まえていて、到底話せる雰囲気じゃない。まあリア充は放っておこう。触らぬリア中に祟りなし、だ。いやまて、この言い分だとリア充と一緒にいると祟られるみたいじゃん。つまり俺は光と一緒にいたから祟られていて、今までモテなかったとか、そういう感じか? おのれ光、許さん!

 ……なんてそんな冗談は置いておいて、まずイリアの目的だ。イリアさんって呼んだ方がいいのか? あの人怖いし。やっぱいいわ。

 イリアは魔王。それはわかった。さっきのが意図的にせよ偶然にせよ、俺の正体を知っていることを俺にばらしたのだから、遅かれ早かれ正体を明かしていたのだろう。それが一番最初の挨拶の時だったってだけの話だ。

 ただ、なんでイリアがこんな所にいるのかがわからない。ディアナの話から魔王城とかが無いことはわかってるけど、だからってこっち側にいる意味がわからない。

 なんなの? 俺より強い奴に会いに行く。とか言って出てきたのか。女性だけど。

 まあ、それを置いといたとしても俺の正体を知っていた。そしてあんなに近くにいながら自分の命を狙う者達をスルーだ。自分が魔王だなんて欠片も気付かれずにあそこに入れたんだから、いつでも殺すことが出来ただろうに。相手にしていないだけなのか、それとも相手に出来ないのか。

 どっちにせよイリアが相当力を持っていることは明らかだ。邪神の力を手に入れた俺に冷や汗をかかせる程の力だ。今の光なんざ一瞬であの世逝きだろう。だってまだレベル一みたいなもんだし。レベル五十弱ぐらいまで育てないとラスボスは厳しいぞ。

 ディアナいわく歴代魔王の中でも最も強い魔王と同じか、それよりも強いくらいの力を感じたらしい。そんなイリアが力を相当に抑えて人間の下に着いている。そして俺が召喚された場所にいて、邪神だと知っていた。今は俺の従者になっている。

 うーん……謎だ。もしかしたらイリアは邪神(俺)が召喚されるのを知っていて、一足先にこの王国に来たのかもしれない。そして士官して、そこそこの戦果で勇者の、正確には邪神の従者入りを狙う。

 そう考えるといいのかもしれないが、いかんせん俺は光に巻き込まれてこの世界に来た人間だ。その俺がたまたま邪神だっただけであり、ホントに偶然この世界に来たのだ。言わばイレギュラー、ゲームで言ったらバグだ。

 そんな確率的には圧倒的に低過ぎる出来事をわざわざ魔王自らが狙うだろうか? いや、普通は狙わないはずだ。

 もし仮にそうだとしても、魔王は一体邪神に何を求めたのか。あるいは何を求めるのか。

 ……謎だ。

  さっぱりわからん。なんなんだろうな。

 俺はベッドに座っていた体勢からそのままベッドに倒れる。圧倒的に情報が足りない。そもそも俺はこんなに頭を使うキャラじゃない。めんどくさいことは全部光がやればいいのだ。まあこんなこと言えないけどさ。

 疲れた。なんか後からお呼ばれしての夕食とかあるらしいけど、いらねーや。今日は何も食わんでも生きていける気がする。たまにあるよねーなにも食わなくても生きていけそうって思う日。まあ結局腹は減るんですけどね。

 っていうかお呼ばれって何よ。どこにお呼ばれすんの? 王サマとかと一緒にご飯食べるってこと? それって光だけのイベントじゃないの? まあもしホントにお呼ばれするんなら人が呼びに来るでしょ。それまで待っとけばいいや。

 このまま寝よーとか思って(魔剣はなんでもありの邪神の能力でどっかやった)ベッドの中心へと転がると、枕に頭を乗っけてダウン。そのまま落ちようかというところで、部屋のドアが控えめにノックされた。


「んあ……? どうぞどうぞ……」


 自分でも寝ぼけた声だとわかるような声で入室許可を出す。すると、ガチャリとドアが開いて最初に茶色の髪が頭を覗かせた。ついで黒いローブの裾が見えて、センリが入って来たのが確認できた。


「あれ……もしかして御就寝の直前でしたか……? し、失礼しました……」


 ベッドに横たわる俺を見てそう謝るセンリ。別に間違っちゃいないのだが、そうも自信なさ気に申し訳なさそうに謝られるとこっちが申し訳なくなってくる。もっと気楽に来てほしい。

 俺はそんな御大層な人間じゃないのだ。御大層かどうかで行くと光も別にそんな御大層な人間じゃないけど。一般家庭の出身だし。あいつの親父は俺の親父と一緒で普通のサラリーマンだぞ。よく二人で飲みに行ってるの知ってるんだからな。いやでもあいつリア充だし。御大層か。けっ。


「あー……いいよいいよ。そんな寝る直前とかじゃ無かったし、何か用事があって来たんだろ? ちゃんと部屋ん中入れよ」

「は、はい。ありがとうございます……」


 センリがベッドに近付いて来る。肩辺りに切り揃えられた茶色の髪が揺れる。よく見たら結構可愛らしい顔立ちしているが、その自信なさ気な表情で可愛さ成分が下がってしまっている。もったいない。こう、笑っていたら男がほおっておかないだろうに。いやセンリの見た目だとロリコンが騒ぎ出すからあんまりよろしくないかもしれない。

 上体を起こしてセンリに顔を向ける。ついでに胡坐もかく。


「んで、なんだ? 飯か?」

「あ、いえ……確かにそれもあるんですが……そ、その……えと……あの……」


 もじもじして続きを話そうとしないセンリ。けどそれは話すことが無いんじゃなくて、自分に自信がなくて口が開けないような、そんな感じだった。


「ん? いいよいいよ別に。怒らないからなんでも言ってみ?」

「え……あ、はい……!」


 出来るだけ優しくそう言うと、センリは幾分迷った後意を決したように口を開いた。


「ユ、ユウリ様……あの……差し出がましいかもしれませんが……イリアさんには……その……気をつけた方が……いいと、思って……」

「……なんでそう思うんだ?」


 突然のセンリの言葉につい剣呑な声で返してしまった。声を出してからしまったと思い、センリを見るとビクッと肩を震わせて大きな目は涙目になってた。

 やっべ、どうしよう! 女の子泣かせちゃった!

 やらかしてしまった。いや、言い訳させてもらうとさ、そんな簡単に泣くとは思わねーじゃん!?


「ひぐっ……だ、だって……その……ぐす……い、イリアさんから……その……ま、魔物と、似た気配が……したからぁ……!」


 大粒の涙を目から流し始めたセンリを見て焦る。

 ちょ! パネェパネェパネェ! 女の子泣かせるとかマジパネェんですけど! 助けてディアナさん!


『知らん。それよりも注目すべきことがあるのではないか?』


 マジパネェっすディアナさん、起きてたんですね! 助けてください……って、え? 注目すべきこと……? あったっけ、そんなもん。


『イリアから魔物の気配がする、と言うことを知っているのはおかしなことだと思わんか?』

『言われてみれば、確かにそうかも……?』


 取りあえず本人に確認してみないことにはよくわからんけど。


「なあ、なんでイリアに魔物の気配があるって思うんだ?」

「ひぐっ……うぇ……? だって……私……こ、これでも……魔導師の……端くれですから……ぐす……魔物の気配を探るくらいは……出来るんですよ……?」


 異世界生活一日目の俺にはちょっと何言ってるかよくわかんないっすね。


『どういうことですかディアナさん。異世界初心者の俺にもわかりやすく説明してください』

『ふむ……普通は人間に魔の気配など感じ取ることは出来ないはずじゃ。しかしあの魔王のように何かを隠している様子も無し。残念ながら主の中におる状態じゃその程度の考察しかできん』


 わかりやすくって言ったのに! あんまりよくわからないんですけど!

 ……うん? でもその理論じゃセンリが人間かどうか怪しくなってくるじゃねーか。どうなんそれ。まだ冒険も始まってねーのに俺のパーティ人外ばっかなのかよ。勘弁してくれよ。勇者パーティじゃねーじゃん。魔王パーティじゃん。あ、魔王いるから魔王パーティであってるわ。


『なあ、だったらディアナが外に出てセンリを観察すれば何かわかるのか? そもそもこの世界にお前が出てこれるかどうかが問題だけど』

『主の力を使えば顕現出来るぞ。流石にわらわ一人ではできんというか、問題があるが……主の力を使えば問題ないじゃろ』


 俺が急に黙り込んだことを不思議に思ったのか、センリが泣きながら俺の顔を覗き込んでくる。大きい瞳を瞬かせている。涙のせいで少し潤んでいた。うーん、かわいい。あ、俺ロリコンじゃないよ? ……この世界にきて俺は何回ロリコンじゃないって言ってんだよ。そろそろいいだろ。


「なあ……これからちょっとある人に会ってもらいたいんだけど、いい? ああ、怖い人じゃないよ。見た目はセンリよりちっちゃいしね」

「ふぇ……? ええ、いいですよ……? でも、誰に?」

「神様」


 不思議そうに聞いてくるセンリに端的にそう告げる。ビックリするセンリを尻目に俺はディアナのイメージを固くする。俺の中のディアナの力も相成ってそれは急速に形を持っていく。

 ベッドの近くの床に円形の黒い魔法陣みたいなものが浮かび上がる。その魔法陣は徐々に回転していって、模様が認識できなくなるくらいの速度になった頃、徐々に中心から黒い影が盛り上がってくる。その黒い影は人型を形作りながらせりあがっていき、小さな女の子の形を作っていた。


「ヒィ……! な、何……!?」


 ぶっちゃけセンリが怖がるのも無理はない光景が広がっていた。神様の登場シーンって感じじゃないし。

 完璧にディアナの形をとった影は一瞬光り輝くと、裏の世界で会ったままのディアナになった。魔法陣はまだ足元でグルグル回ったままだ。


「まだまだ力に慣れていないのう、主よ。これほど顕現に時間がかかっては戦闘時に主の力が発揮できんぞ」

「いや仕方ねーだろ。俺まだこっち来て数時間だよ? しかもこの力使ったの一回だけだよ? そんないきなりスムーズに使えるわけないじゃん」


 センリの横にいきなり現れたゴスロリ幼女を見て、センリが目を丸くしている。まあホラーというかダークというかそんな光景からいきなり自分よりも小さな少女が出てきたのだから、そんな反応になるのも仕方ない。

 そんなセンリをディアナは興味深気にまじまじと見つめる。見つめられたセンリはビクビクしながら少し俺の方に寄ってきた。


「センリ、こいつはディアナ。この王国で所謂神として崇められてるっぽい存在だ」

「所謂ではない。正真正銘神じゃ。というか、崇められてるっぽいってなんじゃ」

「え、あ……? 神、様……? この子が……?」


 俺の言葉にセンリは微妙な表情でディアナを見た。こんな子が神様? みたいな、疑っている目だ。ただ、いきなり現れたからメッチャ怯えてるけど。


「……か、神様の肖像画とかは、もっと大人の女性の姿でした」

「こんな姿じゃからな、疑うのも無理はない。そんな肖像画はわらわの姿を見たこともない人間が勝手に描いたものじゃ。まあわらわとしては信じてもらわんでも結構じゃ。目的を果たせられればそれでよいのじゃからな」

「も、目的……?」


 センリは人見知りと言うか、内気と言うか。まあディアナの登場シーンは普通じゃなかったけどね。え? 俺に対しても怯えてた? 何言ってるかちょっとわかんないです。


「あー……大丈夫大丈夫。別にセンリの身体になんかしようって訳じゃねーから。そんなに怯えんなって」

「ほ、本当……ですか?」

「場合によっては何かするかもしれんがの」

「ひぅ……!?」


 ニヤリと笑って言うディアナ。


「怖がらせるようなこと言うなよ……」


 いやホントに。話し進まなくなるからさ。

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