光の話
俺と幼なじみの宮城悠里は、幼なじみであり親友だ。家が隣同士で、年も同じで、親同士が仲がいい。必然的に俺と悠里も仲が良くなって、そして親友になった。
俺はトラブルメーカーというか、面倒ごとを自分から背負い込む性質であると自覚している。そのたびに悠里に迷惑をかけているのだってわかっている。でも、悠里はなんだかんだ俺に付き合ってくれるし、いつだって俺のことを見捨てたりはしなかった。
そんな悠里に俺は感謝しているんだ。普段はこっぱずかしくて絶対に口に出したりしないけど。
俺に悪態を吐いたり、文句を言ったりするけど、それは悠里が俺のことを信用してくれてるからだ。仲の良くない人間に無意味に罵倒しているところなんか見たことないし。基本的に怒ったりはしないのだ。怒ったふりとかはするけど。
でも、そんな悠里でも怒るときもある。すごいくだらない理由で怒るときもあるけど(冷蔵庫のプリンとられたとか。ちなみにとったのは俺)真剣な理由で怒るときだってもちろんある。
俺たちが中学生くらいの時の話だ。その時たまたま悠里が近くにいなかったんだ。そのせいで俺が大変な目にあって、悠里が怒ったんだけど……。
その時の話を、少しだけしようと思う。俺がまだまだガキだった頃の話を――
その日は学校で個人面談をやっていて、帰る時間が俺と悠里でバラバラになった日だった。面談は出席番号順でやるから、苗字が朝原の俺は一番最初にやって、宮城の悠里はだいぶ遅かった。
悠里のことを待っててもよかったんだけど、悠里が「先に帰ってていいよ。ただし俺のデザートには手を出すなよ」と言っていたので、お言葉に甘えて帰らせてもらうことにしたのだ。朝冷蔵庫に入っているのを確認したプリンはいただきますね。コーヒーゼリーは残しておきますから。
そんな経緯で一人で家に帰っている途中。近道になるけど人通りが無くて薄暗い路地裏を歩いていると、前の方に人影が見えた。この路地裏、学校では危ない道だから通るなって注意されてたりするんだけど、今まで悠里と一緒によく通ってたけど、危ない目にあったことなんて一度もなかった。だから、人影が見えてもたいしたことはないだろうと気にせずそのまま路地を通って行った。
これが……まあ間違いだったんだけど。
路地を進むと、人影の正体が分かった。俺より年上の、高校生くらいかな? 厳つい風貌の改造制服を着た男の人と、だぼだぼの私服に身を包んだ鼻ピアスとかしちゃったりしてるやばめな感じの見た目の男の人が、セーラー服に身を包んだ女子高生に迫っているところだった。
「だからさぁ、一緒に遊ぼうぜ? いい思いさせてやるからさぁ。な?」
「そろそろ頷いておいた方がいいんじゃないのぉ?」
風貌に見合わず、ねっとりとしたおっさんみたいな声だった。背筋に怖気が走って鳥肌が立つような、そんな類の声。直接向けられているわけでもない俺ですらこうなのだから、あの女子高背の人は相当な思いだろう。
「い、いや……! やめてください……」
消え入りそうな声だったけど、そうやって拒否しているのが見て取れた。見て取れる距離まで近づいていた。
悠里がいたら止められるだろう。「あんなのに関わったらろくでもないことになるから止めとけって」みたいな感じで。
でも、俺は止まらなかった。ああいう、脅すような感じで迫っているのが許せないというか、むかっ腹が立つのだ。
「そう言わずにさぁ……!」
男たちの声に力がこもり始める。女子高生が素直に頷かないもんだから、頭に来始めているのだろう。っていうか、あんなので素直に頷く奴がいたらそれはそれで見てみたいもんだわ。
「お兄さんたち、そのへんにしといたら?」
男たちの後ろから声をかける。いきなり殴りかかったりしないよ? 俺は喧嘩がしたいわけじゃないんだから。あくまでこの男たちを止めたいだけでさ。
急に後ろから声をかけられた男たちは「あぁ?」と威圧するような声を出しながらこっちに振り向いた。
「なんだお前? チューボーが何か用ですかぁ?」
「邪魔してんじゃねえよっと」
男たちはそう言って俺を睨みつけてきた。ぶっちゃけ睨みつけられるなんて言うのは慣れてるし、この人たちの睨みつけよりもプリン食われてキレた悠里の方が俺にとっては怖いから、何もビビることなんてないんだけど。
「いや、明らかにそのおねーさん嫌がってるし。離してあげたら? って」
俺が突然登場したことでびっくりしているお姉さんを指さしながらそう言う。
「はぁ? 何言ってんだお前。どこが嫌がってんだよ」
「もう少しでうなずいてくれるところだっただろうが」
いや、それはないでしょ。嫌がりまくりだったじゃん。この人たちの目大丈夫?
「あ、あの、君……? わ、私は大丈夫だから。あ、ありがとね……」
震えながらもそう俺に言ってくるお姉さん。いやいや、どう見ても大丈夫じゃないでしょ。怖くて震えてんじゃん。
「ありがと。でも俺は大丈夫だから。お姉さんこそ大丈夫? もう行っていいから。この人たちの相手はあとは俺がやっておくからさ」
俺がそう言うと、男二人の表情がにわかに変わった。下卑たにやにや笑いをしていたのが、中学生のガキに馬鹿にされたことに怒り狂う表情に。
「あぁ!? 何言ってんだてめぇ! 舐めた口きいてんじゃねーぞッ!」
「イキがんのも大概にしとけよッ!」
そう叫んで、男たちは俺に殴りかかってきた。喧嘩っぱや過ぎるでしょ!
改造制服の方の拳を鞄で受け止める。鼻ピアスの方は体を少し後ろに反らして避けると、無防備な下半身に向かって足を振り上げて金的を食らわせた。
「ひぐぅっ!?」
変な悲鳴を上げて鼻ピアスが倒れる。白目を剥いてぴくぴくと全身を痙攣させている。「か、かあちゃん……」とか声が漏れてるし。
うわー超痛そう。やったの俺だけど。喧嘩にルールなんてないから、狙うなら最初っから弱点を狙って行けって悠里に教わったからこその行動だけど、これからは金的は自重しようかな……。
「て、てめぇ!? なんてことしてくれる! こいつが再起不能になったらどうしてくれんだ!?」
「や、それは、あの、自業自得ってことで」
「ふざけんなやっ!」
金的くらわしたのは確かに俺だけど、そこに至る過程は向こうが悪いわけだし? 俺は悪くないっていうか。
再び顔面向かって殴りかかってきた改造制服の拳を避けると、今度はカウンター気味に顎を打ち抜いた。脳が揺れると人は立ってられないらしい。
案の定改造制服は目を回して倒れた。
「ふぅ……」
男たちを倒して一息つく。大して時間はかからなかったからあんまり疲れてはいないけど。悠里がいなくてもこれくらいなら何とかなるかな。
「あ、あの! ありがとう!」
「え? あはは……気にしないでいいよ。それよりも早くこの場から逃げた方がいいかも」
こんなのがいるくらいだし、今日のこの路地裏はやばいのかも。俺もすぐに帰ろっと。プリンが俺を待ってるし。
女子高生のお姉さんはもう一度俺にお礼を言うと、ダッシュで路地裏を抜けていった。
地面に倒れ伏している男たちを見る。これどうしようか。なんか路地の端に寄せといたりした方がいいのかな。……いや、俺がそこまでする義理もないか。むしろ路地の真ん中に寝かして通行人に踏んでもらったりとかした方が反省できていいんじゃないだろうか。しないけどさ。誰も踏まないだろうし。
俺は男たちから視線を外して、家に帰ろうと一歩を踏み出した。
その瞬間後ろから首筋に強烈な衝撃を受けて――
「こいつも連れていくんすか?」
「そりゃそうだろうがよ」
あー、これ、やばい、かも……
そこで俺の意識は一旦途絶えた。
俺が次に目覚めたときは、薄暗い部屋で、冷たいコンクリートの床に寝転がされていた。さっき衝撃を受けた首筋がずきずき痛む。
どこだ? ここ。ぐるりと周囲を見渡す。
寂れた廃ビルみたいなところで、そこに持ち込まれたテーブルやらソファやらが置かれている。どこから拝借してきたのかわからない工事現場で使うようなでかいライトと、それからたくさんの厳ついヤンキーみたいな人たち。
「やっとお目覚めか?」
俺の正面のソファの座っていた男がそう声をかけてきた。俺が周りを見回しているのを見て、起きたと判断したのだろう。
スキンヘッドに、唇ピアス。これまただぼだぼの私服に、人一人くらいは殺してそうな目つきの悪さ。
「いや、俺もさぁ、お前みたいな中学生にホントは用はないんだけどね? でもさぁ、うちのグループのもん二人もノさせられて、ただ黙って見逃すっていうのもうちのメンツに傷がついちゃうからさぁ」
そう言って男は立ち上がって俺の近くまで歩いてきた。
「わかる? メンツ。うちみたいなグループはメンツってのが大事なわけ。中学生一人にいいようにやられましたーじゃ他のグループに舐められるわけよ」
要するに、この集団は暴走族か何かのグループで、この男はそこのリーダーと言ったところだろう。
……ちょっとまずいかも。さすがにこの人数じゃ相手にならないし。隙を見て逃げ出さないと。
そう思って、いつでも逃げ出せるように体勢を変えた。
「人様が話してる時に勝手に動いてんじゃねえよ!」
俺が勝手に動いたのが逆鱗に触れたのだろう。思いっきり足を振り上げて、腹を蹴り上げられた。
「ふぐぅっ! ……つ……ぅ……」
腹に激痛が走る。少しみぞおちにも入ったのか、息が苦しい。脂汗が流れ出してきて、気持ち悪い。
「テメェにはよぉ、ちょーっと痛い目にあってもらうからなぁ? 覚悟しとけよ」
十分痛い目にあってるんですけど。息が苦しくてその言葉は口には出せなかったけど。
いや、でもマジでどうにかしないと。ちょっとどころか相当まずい。
悠里がいてくれたら何とかなったかもしれないけど、今は一人だ。
こんなこと思うのは勝手だけどさ、頼むからマジで来てくれ悠里。プリンでもケーキでもなんでも奢ってやるからさぁ!
そんな俺の勝手な願いが天に通じたのか、はたまた偶然か。この薄暗い廃ビルに一人の少年の声が響き渡った。
「あのさぁ……俺の幼なじみになにしてくれちゃってんの?」
痛みもその時は一瞬だけ忘れて、思わず声のした方を振り返る。
そこには中学の学ランに身を包んだ、ワックスでツンツンにさせた髪にいつもはやる気なさそうな目を、今は怒りに染めた俺の幼なじみで親友がいた。
「ゆう……り……」
「あぁ!? テメェなんなんだよ!?」
悠里の近くにいた男がわめく。悠里は耳をふさぐようなジェスチャーをして「うるさい」と口に出した。いや、それジェスチャーの意味ないんじゃ……。
「だからそいつの幼なじみだって言ってんだろ。なんなの? 耳聞こえてないの? それとも単に頭悪いだけなの? いや、こんなとこでこんなことやってんだから頭悪いのか。頭いいやつはこんな社会のゴミくずみたいな真似しないだろうし。あ、中学生に馬鹿にされるって気分はどう? アンタ高校生くらいでしょ? 義務教育終わってんのにこんなことしてるって将来大丈夫? いや、将来気にするような頭があったらそもそもこんなことしてないか。ごめんね、アンタが馬鹿だってこと理解するのに時間がかかって」
うわぁ……あれは怒ってるのもあるけど、何より機嫌が悪い時の悠里だ。親友の俺でもあんまりお近づきになりたくない時の状態。
「て……め! このクソガキがッ!」
そう言ってヤンキーの人が悠里に殴りかかってからは、もうめちゃくちゃだった。十数人入り乱れての喧嘩劇。俺を蹴り上げたリーダーもいつの間にか喧嘩に参加していたし、腹のダメージから回復した俺ももちろん参加した。
「光! お前これ終わったら俺に生クリームの入ったプリン奢れよ!」
「任せろ!」
「ちょっとカッコつけてんじゃねーよ!」
「カッコつけてねーよ!」
「だあぁぁ! クソガキがくたばりやがれ!」
『くたばるのはてめーの方だよッ!』
二人して同時に相手を蹴り飛ばす。蹴り飛ばした相手は白目を剥いて気絶してしまった。
まだ相手は何人も残っている。
「っしゃあ、次行くぞ次!」
でも、悠里と一緒なら負ける気はしなかった。
結局あの後。グループのリーダーも含めて全員倒し終わった後には俺も悠里もボロボロで。
そのまま二人して家に帰ったら二つの家の両親から心配されてしまった。
風呂に入って、包帯とか絆創膏を貼って悠里の部屋に行く。悠里も似たような格好で、テレビゲームをやっていた。
「今日はありがとな、悠里」
「いつものことだろ」
そっけなく返されるが、悠里の顔は笑っていた。
「そう言えばさ、なんで俺の居場所わかったわけ?」
「俺より先に帰ったやつがまだ家に帰ってないからって、探しに行って来いって家から追い出されたんだよ。そしたらなんか女子高生の姉ちゃんに会ってさ、私を助けた男の子が連れて行かれちゃったって言うもんだから、探し回ってたんだよ」
「あぁ、あの時の姉ちゃんかも」
「お前またそんなことしてたわけ? いい加減にしないといつか痛い目見るぞ」
「でも、そん時は悠里がまた助けてくれるんだろ? 今日みたいにさ」
「バカ。たまたまだよ、たまたま」
「お前さっき自分で探し回ってたって言ったじゃねーか!」
「うるせー! お前が叫ぶからミスったじゃねーか!」
「お兄ちゃんたちうるさい! 静かにして!」
『うぃっす』
最後には悠里の妹に怒鳴られて終わる。
俺がやらかしたけど、終わりはいつも通り。そんな一日だった。
俺と悠里は幼なじみで親友だ。
そんな悠里を巻き込んでしまって、正直申し訳ない気持ちもある。でも、悠里のことだから最後には笑って付いてきてくれるって信じてるよ。
ごめん、でもありがとな、悠里。
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