第3話

 王サマの所に戻った俺達はとりあえず光のことを中心に報告する王女サマの報告が王サマと王妃サマに伝わるのを待って、従者の発表となった。なんの従者かって? そんなの決まってんだろ、冒険のパーティだよ。独りで放り出されるわけじゃないの。どんな冒険ものだって基本は旅の仲間がいるでしょ? 旅の途中で会ったり自分でお願いしに行ったりする場合もあるけど、俺たちの場合においてはお国が用意してくれるらしい。

 でも、正直俺にはいらないような気がしなくもない。だって俺邪神になったし。なんか一人で何とかできそうじゃない? ああいや、ディアナがいるから一人じゃないのか。でもディアナは世界に干渉できないって言ってたし、実質一人みたいなもんでしょ。

 勇者の従者は予め決めていた人と、勇者が予想外に二人出て来たので新たに選抜した人がいるらしい。戻ってくるまでにちょろっと話を聞いた。光が大本命の勇者だと思われているから、元々の従者は光のパーティになるだろう。まあ、俺はケフィア発言で王サマからは認識されなくなったし。確かに初対面の人間にケフィアはなかった。伝わらないだろうし。反省はしてる。でも後悔はしていない。

 部屋をぐるりと見渡すと、従者が集まってるっぽい所にあの赤い女剣士がいた。もしかしてもしかしなくてもあいつって勇者パーティの従者か? ウソでしょ? 勇者蹴り飛ばすような人だよ? 大丈夫?

 いや、まあめっちゃ速かったし、強そうだからたぶん光の方に選ばれてるだろ、うん。俺とはもう関わり合いにならないんじゃね?

 そんなことを考えている俺と、真剣な表情をしている光はとりあえず王様の前で膝をついて頭を下げている状態。ホントはこんな格好疲れるからやりたくないし、首とかもうめっちゃ痛くなってくるんだけど、場の空気っていうのがあるからさ。それにやらないと話が進まないし。王サマに払う敬意なんてこれっぽっちも持ってないけど。

 だって俺のこと無視するような人だよ? そんな人に敬意なんて払えるわけないじゃん。ギリギリで王妃サマとか? 俺のこと認識してくれてるし。確変起こしてきたけど。


「これより、栄えある勇者のパーティを紹介する!」


 玉座から立ち上がった王様がよく響く声でそんなことを言う。周りの貴族っぽい人とか兵士っぽい人達は「おぉ!」とか言って騒いでいる。この国の人たちにとっては重要なことかもしれないけど、俺にとってはそんな思い入れのあることではないのでこの空気には乗り切れない。これから知り合いになる人を大勢の前で紹介される催しとか、むしろご免こうむりたいというか。これからこの人たちと仲良くしてねって大勢の前で言われるってことだよ? 羞恥プレイみたいなもんじゃね?


「まずは勇者ヒカルのパーティからだ。一人目の従者は聖騎士『グレイス・ミール・フラシアス』!」


 王様の言葉というか王様が言った名前に謁見の間が俄かにいきり立つ。

 従者が集まっていた所から一人の女性が歩いて来る。一つに纏めた深緑の髪に切れ長の鋭い目。どっからどう見ても美人にしか見えないその女性は、光を反射する綺麗な鎧を纏って光と王サマの間まで歩いてきた。

 その女性は王様に一礼すると光に向き直った。ちなみに光は従者が紹介された時点で王様から立ち上がる許可を貰っている、羨ましい。俺も立ち上がりたい。さっきも言ったけど、この体勢首が辛いんだよね。


「初めましてグレイス・ミール・フラシアスです。このフィディール王国で聖騎士をやらせて頂いております。これからよろしくお願いしますね、ヒカル様」


 騎士をやっている、という割には柔らかい声でそう挨拶するグレイスさん。いやフラシアスさんって呼んだ方がいいのか? まあどっちでもいいか。俺が直接名前呼ぶわけでもないんだし。


『ディアナ、なんで主人公のところには美人や美少女が集まるのかな?』

『主人公補正というやつじゃないかの?』


 グレイスさんが差し出した手を笑顔で握り返す光。その笑顔に充てられてグレイスさんの顔が赤くなった。こんなとこでもニコポ発動すんのかよ! いい加減にしろよ!

 ……もう気にしない方向で行こう。その方が俺の精神への負担は少ないはずだ。うん、そうしよう。


『哀れじゃのう主よ……』

『うるせー!』


 俺とディアナがそんな脳内プチ論争的なものを繰り広げている間中、周りはずっと騒がしかった。


「あのフラシアスの聖騎士を従者にするとは……」

「この国の最高戦力じゃないか」

「王もそれほど本気ということだろう」


 どうやらグレイスさんはこの国ではとても有名な人らしい。ざわめきが収まらない。

 そんな空気を切り裂くように王様はまたよく響く声を張り上げた。


「二人目の従者は大魔導師『フィール・ラキアス・ユースアル』!」


 そう王様が宣言すると、従者が集まる所から赤い派手なドレスで着飾った妙齢の美女が光の所まで歩み出た。妙齢の美女は長い藍色の髪をかき上げて流すと、藍色の瞳を瞬かせて光に挨拶をした。


「初めまして、ヒカルさん。私はフィール・ラキアス・ユースアルよ。気軽にフィールって呼んでね、勇者サマ?」

「は、初めまして……」


 フィールの妖艶さに流石の光もたじたじだった。あんな大人の女性なんかにかかわる機会なんて今までほとんどなかったし、光がそうなるのも仕方ないだろう。どうかそのままやらかして、どうぞ。


『主よ、わらわが悲しくなるから止めてくれ……』

『嫌だ!』


「大魔導師だと?」

「国王はどれだけの戦力を魔王討伐に投入するつもりだ?」

「大魔導師なんて世界中の魔導師のトップクラスの人材じゃないか」


 勇者のパーティの平均レベルは九九なんですね、わかります。いや、今のところ光がレベル一とかだから平均はそこまで高くならないのか。

 冒険のパーティはゲームとかだとだいたい四人が相場ってところだからあと一人はあの赤い女剣士ってところか。……ハーレムじゃねーか。死ねよリア充イケメン


『主よ……あやつは幼なじみじゃろう?』

『幼なじみだからこそ許せないこともあるんです』


 なんであいつだけ? みたいな。顔か? 性格か? 生まれてきた星の下が違うのか?


『まあそんなことを考えておる限りあやつのようにはなれぬじゃろう』

『そ、そそそんなことねーから……!』


 そんな俺とディアナを置いて王様は生き生きと次の従者の発表に乗り掛かった。


「勇者ヒカルの最後の従者は――」


 そこで王様は一息溜めると、今までで一番大きな声で従者の名前を発表した。心が籠っているともいえる。


「『ミリア・ミスリル・フォン・フィディール』!」


 一瞬会場が静まり返るが、その後一気にざわめきに包まれた。一国の王女が危険な旅に同行するのだから仕方ない。しかしそんな空気をものともせずに、王女サマは光の所まで嬉しそうに小走りで駆けて行った。


「ヒカル様! これからよろしくお願いしますね!」

「でも、大丈夫なの……?」

「私はこれでも聖職者の訓練を受けています。治癒の魔術を中心にいくつか魔術が使えるので問題ありませんよ!」

「そう……? ならいいんだけどね。これからよろしく、ミリア」

「はい、よろしくお願いします!」


 あり……? あの赤い女剣士じゃない……?


『あの人間の王女には何も言わぬのじゃな、主よ』

『俺あいつ嫌い』


 俺のこと無視するし。光のことしか見ないし。あの王女サマ加入に関してだけは光に同情するわ。なむさん。頑張ってください。心の中で応援してます。

 それより、あんな王女サマなんかよりも赤い女剣士さんの方が気になる。光のパーティに入らなかったってことは必然的に俺のパーティに入るってことになるじゃん。まさかあそこにいてパーティには入りません! ってことはないだろうし。

 ……やっべ、超こえーんだけど。


『どうした、主よ』


 そんな俺の様子を心配してか、ディアナが問いかけてきた。


『あの赤い女剣士、光のパーティに入らなかったってことはつまり俺んとこのパーティに入るってことだよな……』

『ふむ……普通に考えればそれが妥当じゃな。して、それにどこか問題でも?』

『俺あの赤い女剣士に蹴飛ばされてお前の世界に落っこちたんだよね。さっさと行きやがれとか言って問答無用で蹴飛ばされてあんな体験したんだ。つまりあいつが元凶な訳だ。怖がらない理由がない』

『主の女運の悪さには女神のわらわでも同情するぞ……』

『神様に同情されたらもうどうしようもなくね?』


 そんなこんなで俺は今王様から立ち上がる許可を貰って従者の説明を受けている。どうやら緊急事態だったとかで従者が二人しかいないらしい。別に俺からしたらどーでもいいけど、これって絶対王様が俺のこと嫌いだから二人しか用意しなかったんだよね。嫌がらせのたぐいだよね?


「勇者ユウリの従者を発表する!」


 さっきの光の時より明らかに声に覇気がない。というかなんかおざなり。やる気が感じられない。まあ本命勇者の発表は終わったし、俺のことはついでみたいなもんだろうし、仕方ないのかもしれない。

 人によってあからさまに態度変えるとか子どもかよ。大丈夫? こんなのが国のトップで。


「一人目は魔導師見習い『センリ・フルール』!」


 ……俺の聞き間違いじゃなければ今魔導士見習いって言った? マジで? ウソやろ?

 王様に言われてやって来たのはなんかちっこい推定十三、四くらいの茶髪な女の子だった。黒いローブのフードを頭まで被ってて顔がよく見えないが、体格からして女の子。ただ手に持った杖が自分の身長と同じくらいある。

 ここまで露骨に光と差を付けられるとは思わなかった。

 女の子は俺の前まで来ると勢いよく頭を下げて俺に挨拶してきた。


「あ、あああの、センリ・フルールです……。よ、よろしくお願いします……!」


 挨拶するだけでいっぱいいっぱいという感じ。物凄く緊張しているのだろう、身体が少し震えている。俺相手にそんな緊張しなくてもいいと思うが、まあ初対面だし仕方ないね。俺一応勇者だし。

 俺はそんなセンリの手を掴むと「よろしく」と言ってフードの下の顔を覗き込んだ。

 フードの下の顔は茶色い大きな瞳と赤い唇。肩辺りで揃えられた茶髪の髪と可愛らしい顔立ち。その顔に緊張の色を濃く滲ませる少女の顔があった。

 ……あれ? この子かわいくね?


『ふむ……ここまであやつの従者と差があると流石のわらわも憤りの感情が芽生えるぞ』

『この子はかわいい。かわいいは正義。つまり俺は気にしていない』

『……お主には呆れるわ』


「あれは……魔導部門の落ちこぼれじゃないか」

「王は邪魔な第二の勇者共々国のゴミを廃除しようとしているのか……?」

「とんだ茶番だな、あんな従者などいてもいなくても一緒じゃないか」


 俺が何もしなくても周りから情報が勝手に入ってくる。意識せずにしているのか、それともわざと聞こえるような声で言っているのか。まあ、わざとなんだろうなぁ。

 あー嫌だ嫌だ。


『あれだけ幼なじみに悪態を吐いておったのに』

『俺のは幼なじみだから言える悪態。あいつらのはただの悪口。俺だって光が見たことも聞いたこともないようなただのイケメンだったらあんなこと言わんわ』


 センリの紹介が終わって、周囲のざわめきが少し収まったころを見計らって王サマが二人目の紹介を始めた。


「二人目の従者は王国軍少尉『イリア・スカーレット』!」


 王サマの言葉を受けて、俺の方に向かって歩いてくる赤い女剣士。キリッとした目を細めているから、少しだけ不機嫌そうに見える。

 赤い長髪をポニーテールに纏め、吊り上がった目でこちらを見つめてくる。雪みたいな白い肌に、赤い長髪と髪がよく映える。普通の顔をしていれば意志の強そうな凛々しい美人と言った顔立ちの女性だ。


「やっとまともに話せる機会ができたな。まあ、泉で突き飛ばしたのは悪かった。私の名前は『イリア・スカーレット』だ。よろしくな『邪神』ユウリ」


 俺にしか聞こえないような声でそう挨拶をしてきた女剣士――イリア。

 そのイリアの言葉に思わず目を見開く。なんでこいつ俺が邪神だってこと知ってんだ? 俺だって知らなかったのに。いつから気付いてた? 泉の時か? それとも最初から? 俺が来た時からか?


『ディアナ……お前あいつが何かわかるか?』

『……残念ながら神の類ではないということしかわからん。じゃが、若干魔の気配を感じる』

『魔の気配ってなんだよ。魔王の配下的な?』

『魔族とか、魔物とかそういうたぐいの気配だと思っておけばよい』

『うぃっす』


 まあ、気にしてても何も進まない。とりあえずイリアの正体は頭の隅に追いやって挨拶をしておこう。大勢の人の前で何かやらかすわけにもいかないし。挨拶してきたってことは向こうも今は何もする気はないってことだろう。


「泉の時はやってくれたな。まあいいや、これからパーティになっていろいろ活動すんだ。よろしくな」


 そう言ってイリアと握手する。手と手を握った瞬間、急激に手から頭へと『何か』が流れ込んで来た。力の奔流とも知識の奔流とも言えるそれは頭の中を渦巻いて唐突に消えた。


「奴は王国軍のお荷物少尉ではないか」

「個人の能力はそこそこだが、集団戦闘が出来ないらしいな」

「やはり王は王国のゴミを掃除したいらしい」


 そりゃこいつは集団戦闘なんて出来ないだろうさ。個人の能力がそこそこなのも抑え付けるのに精一杯だからだろ。


『ディアナ……お前もわかったよな?』

『ああ……じゃが主よ、何故あやつがこんな所に……?』

『さあ……? むしろ俺が知りたいくらいなんですが。それにあの握手の時のあれはあいつが意図的に流したのかそれとも偶然だったのか……それはわからないけど、とりあえず見つけちまったな』


 目の前のイリアと目を合わせる。さっきからずーっと握手したままだ。その凛々しい表情はかけらも崩れてはいない。

 んー……なんか大冒険の末に見つけるっていうか、たどり着くのがRPGの鉄則っぽかったけど……全部すっ飛んだな。

 なあ?



『《魔王》イリア・スカーレット――』


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