第2話

 よくよく考えてみて欲しい。俺は今邪神の力とか言う言わばチート級の力を手に入れようとしている訳だ。そんな力が生半可な気持ちとか手順で簡単に手に入るはずもない。ましてや俺は物語の主人公でも主役でもなんでもないわけだ。主人公補正なんて微塵も期待出来るはずもないし、俺は自力で何とかして邪神の力を手に入れないといけない訳だ。

 しかしそんなことを言ったところで俺はただの一般人。RPG風に言うと村人Aの立場の人な訳だ。そんな俺に主人公補正も無しで特別な力が宿っているはずもない。というかその特別な力を手に入れようと頑張ろうとしているのに、手に入れる前からそんな力を持っている方がおかしいだろう。光だったらもってそうだけど。俺光とは違う生き物だし。

 なんか意外と簡単に手に入るんじゃね? これもしかしたら楽勝なんじゃね? とか思ってた五秒前の俺を殴り飛ばして考えを変えさせたい。五秒前の愚かな俺よ、その考え根本からは間違っているぞ……と。その選択肢を選ぶことでお前は全力で後悔することになるぞ、と。


「ちっくしょぉ!! こんなの聞いてねーぞっ! これマジやばいんだけど!?」


 力の限りそう叫ぶ。叫ばないとやってられない。死にそうだから!

 目下全力で逃走中の俺の背後には、全身真っ暗で蜥蜴が二足歩行して巨大化してついでに羽が生えちゃった感じの生物――所謂『ドラゴン』が迫って来ていた。このドラゴン某有名RPGのあの龍の神の王様に似てるんですけど! 倒したら色が変わって再戦とか無いよね!?

 リアルにこんな奴と戦うなんてやだよ俺!?


「グオアアァァアァアァァア!!」

「ちょ!? マジ怖いんですけど! 助けて――!!」


 後ろから聞こえた大気を震わす程のドラゴンの号砲に、思わず青色の猫型ロボットの名前を叫びそうになる。今なら猫型ロボットに助けを求める眼鏡君の気持ちがわかるかもしれない。もっとも、猫型ロボット本体よりも欲しいのは道具が入った四次元ポケットだけど。四次元ポケットがあれば別のロボットでも構いません!

 手元にある武器は台座から抜いた剣のみ。抜いた瞬間光と同じような現象が起きたからコイツはもう石じゃなくてれっきとした剣だ。剣の銘は『魔剣レーヴァテイン』。邪神よろしく俺は魔剣を手に入れたらしい。神剣とか聖剣とかじゃないところがなんとも邪神らしい。邪神らしいよね? どっちかっていうと魔王か? いやそんなところ重要じゃないわ。


「どうした邪神の人間よ!? 逃げ回るだけではドラゴンには勝てぬぞ!」

「うるせー! こちとらドラゴンなんて初見だし、魔剣の使い方もわかんねーんだよ! そもそもこいつ何!? なんでいきなり出て来た訳!? 俺なんかした!? なんかしたなら謝るからさぁ!!」


 幼女に反論するように叫ぶ。ホントになにこいつ。俺が剣握ったと同時に現れやがって。何が目的なのさ、人間の肉なんてアルカリ性だから食っても苦いだけで美味くねーぞ!


「そやつは主の邪神の力の一端じゃ! そやつを倒さぬ限り主に邪神の力は扱えぬぞ!」

「こんなの倒せるかぁぁぁ!! 俺人間! 人間にドラゴンなんて倒せねーよ!」


 自分を指さしながら叫ぶ。涙がちょちょぎれそう。なんでこんなことになってるのかちょっと本気でイミワカンナイ!


「何のための魔剣じゃ! それを使えばたやすいことじゃろーが!」

「お前人の話聞いてなかったな!? 使い方わかんねーって言っただろーが!」


 叫びながらも俺は走り続ける。叫んでるからか余計に体力が減っていくが、幸いにもドラゴンの足は巨体の割には遅いらしく追い付かれることはない。

 追いつかれることはないけど、だからって何も安心はできないけど。


「使い方なんぞ簡単じゃろーが! ドラゴンに向かって思いっきり振れ! それだけじゃ!」

「振ったらどーなんのさ!? 効果が期待出来なきゃ振れないよ!?」

「それは振ってからのお楽しみじゃ!!」

「ドあほぉ――!! それでなんも起きなかったらどーしてくれんだ! 普段ならただのイタイ人で済むけど今それだったら俺軽くあの世行きだからね!? いや、あの世逝きか? とにかく――って、嘘ぉ!? なんか飛んでるし!? なんか吐いてきたあぁぁ!!」


 走っていても俺に追い付かないことに気付いたのか単に痺れを切らしたのかはわからないが、ドラゴンは翼をはためかせると空を飛んでこっちに迫ってきた。口から吐き出した黒い球体と一緒に。

 って、なにそれ!? そんなんできんの!? 反則でしょ! 俺には翼なんてないんだよ!?


「ほれ、さっさと振らんかぁぁぁ!!」


 迫ってくる人間大の黒い球体。バリバリと電気みたいなのを纏っているようにも見える。有り得なさすぎて現実味のない光景だが、間違いなく現実だ。これに当たれば一発であの世に昇天だろう。

 なんかホントにマンガとかアニメのワンシーンっぽい状況に、不謹慎かもしれないが胸が高鳴った。俺だって男の子なのだ。ファンタジーは昔から好きだった。いつか非日常に巻き込まれないものかと妄想したことだってある。男の子だったらみんなやってるでしょ?

 立ち止まって振り返る。迫り来る黒い球体に向かって魔剣を振り上げる。


「こんな訳のわかんねー世界で死んでたまるか! 俺の帰りを待ってる漫画とかアニメがたくさんあるんだよ!!」


 振り上げた魔剣を力の限り振り下ろした。瞬間、黒い斬撃が一尖。

 あまりの斬撃の衝撃に、世界が割れた気がした。

 黒い斬撃は衝撃波になって、一瞬でドラゴンよりも大きくなった。

 迫ってきていた黒い球体は真っ二つに割れ、その向こうにいたドラゴンも半分に割れていた。地面(っぽいもの)も一尖され、斬撃の跡がどこまでも続いていた。

 真っ二つにされたドラゴンは地面に崩れ落ち、やがて形が崩れ黒い霧みたいになって霧散した。


「じゃから言ったじゃろうが。魔剣を振れと」

「そーですね」


 俺はあまりの出来事に呆然として、そんなしょうもない気の抜けた返事しか出来なかった。







「これで主の邪神の力は解放されたはずじゃ。どれ、一つ何か試してみんか?」


 場所は戻ってさっきの台座の所。チート魔剣の力によって邪神の力を手に入れたらしい俺は、幼女に何かやってみせろとの命令を受けた。何かやれっていきなり言われても、どうしようもないんですが。

 俺いきなりチート級の力手に入れちゃったし。魔王とか余裕なんじゃね? もう終わりなんじゃね? はいしゅーりょー的な。

 ……ごめんなさい調子乗りました。邪神の力の使い方とかいっこもわかんないです。今のままじゃさっきまでの俺と何にも変わんないです。


「質問です神様」


 そう言って手を挙げる。質問するときは手を上げるって小学校の時に教わりました。


「なんじゃ?」

「邪神の力とかいうやつはどーやって使うんですか?」


 なんかさっきのスリル満点の出来事のおかげで邪神の力が解放されたらしいけど、別段何かが変わった感じはしない。強いて言うなら幼女を神様と信じれるようになったことか。でもそれって邪神の力ってやつとなんも関係ないし。

 しかしそれでは邪神の力の使い方がわからない。分からないから使えない。それでは困る。神様は魔剣の使い方も知ってたようだし、邪神の力の使い方も知ってるんじゃね? 的な感じで質問した。知ってるよね? 知ってなかったら詰みなんだけど。


「ふむ……能力の使い方は各々が勝手に使い方を覚えるのじゃが、致し方あるまい。そうじゃな、邪神の力は……見たもの、こと、技等を闇で再現することかの。要するに、今まで見たことがあるもの総てが主の力じゃ。それで発動方法は……イメージじゃな。何がしたいのか、何を作りたいのかを明確にイメージするんじゃ。それで後は魔剣が補正をかけてくれるはずじゃ。馴れれば魔剣無しでもスムーズに出来るはずじゃ」

「それってチートじゃないんですか?」


 あまりの能力の凄さに思わず聞いてしまった。赤い弓兵の固有結界もビックリの驚愕の能力だ。やばくない? やばいよね? やばいでしょ。


「問題ありはせん。仮にも『神』に分類される者の力じゃ、それくらいの能力でなくては神としての面目が立たん」


 チートという言葉をスルーして意味を掴んでる幼女をホントにこの世界の住人か疑った。

 いやまあ神様の力なんだからすごいのはわかるんだけどさ。


「んじゃあいっちょやってみっかぁ!」


 そう言ってイメージするものを考える。とりあえず見せるもんだからわかりやすいのがいいよな。ってことは何かを作り出した方がいいってことか。だとしたら幼女にもわかりやすいもんを出した方がいいから――そこまで考えた俺は、あるものをイメージした。


「ほう……」


 幼女が首を上げて見上げる。俺がイメージしたのはさっきの龍の神の王様に似たドラゴンだった。

 とりあえず俺が出した本物アピールとしてさっきの黒い球体を吐き出させる。ドラゴンは口を開くと、さっき俺に襲い掛かった時のように黒い球体を吐き出した。

 んー……思っていたより操り易いな。これが神様の力ってやつか。すげー。

 俺はドラゴンを消して幼女の方を向いた。


「――ってことで俺の用事は済んだんだけど。後はお前がどうやって俺に着いて来るかってことなんだけどさぁ……」

「それならば問題ない」


 俺が口を開くと、幼女は自信満々にそう言った。俺が「なんで?」と疑問を口に乗せる前に幼女は俺に突進してきた。


「のうわっ!」


 いきなりのことに対応出来なかった俺は幼女との正面衝突の衝撃を覚悟したのだが……どういう訳か衝突の衝撃は来なかった。ついでに幼女も消えていた。どこ行った幼女。

 思わず周りを見回す。でも俺の視界に映るものはなかった。


「あれ……? 神様……?」

『なんじゃ? わらわなら主の頭の中におるぞ?』


 俺が呟くと、頭の中で幼女の声が響いた。なんだこれ。


「……なんか変な感じ。寄生虫かお前は」


 そう言うと幼女が俺の目の前に現れた。


「神に向かって寄生虫とは失礼な奴じゃな。……まあよい。これでわかったじゃろう?」

「そうだな。……それじゃあ最後に自己紹介しようや」

「む、そういえばしておらんかったのう。あれだけ濃い時間を過ごしながら互いの名前も知らぬとはまた奇妙な話」


 なんか誤解されそうな言い回しだが、此処には俺と幼女しかいないのでスルーする。文面だけ見たらかなりやばいけど。幼女と濃い時間。捕まりそう。俺ロリコンじゃないよ? 一応念のため言っとくけどさ。


「俺は宮城悠里。たった今から邪神になった元勇者候補だ。周りから見たらまだ勇者候補っぽいけど、俺が邪神になったから勇者なんてパスだ。そんなめんどくさい役目は光がやってくれる……と思う」

「わらわはこの世界を造り上げし創造神にして世界の権利を奪われた女神。名を『ディアナ』という。これからよろしくな、主よ」


 この幼女がホントにこの世界の住人か本気で疑った。主に名前的な意味で。

 ……しかし、世界の権利を奪われた、か……なんか面倒なことに巻き込まれそうな気がするな。これは早まったか……?







 俺とディアナが元の世界に戻ると、俺が泉に落ちてから殆ど時間が経っていなかったようで、俺を蹴飛ばした赤い人は俺が落ちた時と同じ体勢のまま戻ってきた俺と目が合った。


「……ずいぶん早い帰りだな」

「まあ、いろいろありまして」


 そんな気の抜けた会話をしたところで、赤い人は目にも止まらぬ速さでどこかへといなくなってしまった。人を泉の中に蹴り落しておいて謝罪の一つもないって人としてどうなの? 俺が無事だったからよかったものの、日本だったら事案ですよ。

 ……え? どうやって元の世界に戻ってきたのかって? そりゃ、あれだよ。神様の力的なあれだよ。詳しくは俺も知らない。ディアナさんに聞いてください。

 光は女剣士赤い人の存在に気づいていないというか、俺が蹴り落される瞬間を見ていなかったらしく、俺が足を滑らせて自分から泉にダイブしたと思っているらしい。いやいや、流石の俺でも突っ立ってる時に何も無い所で足を滑らしたりしないって。


「大丈夫か悠里? ってなんか剣持ってるってことは神様に会って力を目覚めさせてもらったのか?」

「だいたいそんな感じ。すげー大変だった。死ぬかと思ったわ。もうやってらんない」


 ドラゴンのことを振り返りながらそう光に話す。いろんなことがあった。幼女がいたり、ドラゴンがいたり。最終的にその幼女と共生することになったし。けれど俺の言葉を聞いた光は少し怪訝そうな顔になった。

 あれ? 俺何か変なこと言った?


「悠里……神様と話すことは確かに大変なことだけど、それが凄い大変って……いつの間にそんな駄目人間になったんだ?」

『ディアナさんなんか光と話が噛み合わないんですがそれは』


 頭の中に言葉を思い浮かべることでディアナに話しかける。直接口に出さなくてもいいってこっちに戻る前に教えてもらっといてよかった。教えてもらってなかったら独り言を喋る痛い人だったわ。


『主の力とそやつの力は違い過ぎる。例えるなら十六歳の誕生日に母親に起こされた勇者と、ラスボスを倒した後にお目にかかれる裏ボスくらいの差じゃ。力が目覚める時の違いが出て当然じゃろう? 何もしないで神の力が得られる訳なかろうが』


 正論過ぎて何も返せなかった。神様の力って怖い。

 それからなんだかんだ暇だったから光と喋っていると、光の神々しさに当てられていた面々がやっと気を取り戻した。今までずっとぼーっとしてたんだよね。集団催眠にかかってる感じで。ちょっとホラーな光景だったわ。

 王女サマは俺が持っている真っ黒の魔剣をなんで持ってるんだ? みたいな感じで怪訝そうに見ていたが、元々俺の優先順位は光に比べたらミジンコ以下みたいなもんなので早々に頭から追い出したらしい。光に近寄って光のことを褒めだした。


「凄い光の強さです! 流石ヒカル様、きっと歴代の勇者の中でもあれほどの光を持つ勇者などヒカル様を除いて他にはいなかったでしょう。その光の強さはそのまま我等の希望の強さになるのです。ヒカル様こそ勇者に相応しい! ヒカル様ならきっと魔王も打倒して下さるでしょう!」

「あはは……ありがとうミリア」


 褒められて嬉しくない人間などそうそういないだろう。もちろん光もその例に漏れず褒めちぎられて若干嬉しそうにしていた。

 それを見て改めて思う。リア充イケメン爆発しろ。


『主の頭の中はそんなことばっかりじゃな……』


 頭の中で何故か溜息が聞こえた気がしたけど、俺は気にしなかった。気にしなかったら気にしなかったんだから!

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