第1話

 今俺の目の前には王様がいます。王様って言ったら、なんかこう贅を凝らした生活のせいででっぷり太った人って感じを予想してたのに、意外と細いです。筋肉がしっかりついていがっちりしています。この人は金髪金眼で、どこぞの錬金術士を彷彿とさせます。眼光鋭くこちらを睨みつけてくるその様子は、確かに人の上に立っている貫禄があるように思われます。


「そなた達が召喚の儀で召喚された勇者か」

「はい」

「いいえ、ケフィアです」


 王様の問いかけに光があまりにも素直に頷くので、あえて一発かましてみた。しかし王様は俺を完璧にスルー。以後光にしか声をかけなかった。

 この家族は俺の言葉を無視しなきゃいけない呪いにでもかかってんの? なんなの? 俺泣いちゃうよ?


「余はフィディール王国国王『グレイセス・ミスリル・ガン・フィディール』だ。そなたの名は聞いておる。この国の勇者として、世界の希望として存分に働くがよい」


 超上から目線でそう光に言う王様。名前に某有名RPGのとある作品のタイトルが入ってる気がしたが、スルーでいこう。こんなところにそんな情報があるわけないし、きっと偶然だろう。俺が手持無沙汰だからそんなどうでもいいことに意識が向くだけだ。


「自己紹介が遅れましたね。私は『メイリン・マーズ・フォン・フィディール』です。よろしくお願いします」


 何故か俺の方を見ながら言う王妃サマ。俺のことを無視しなきゃいけない呪いから解除されたのだろうか。マーズってさぁ、あれだよね。アクエ――いややっぱなんでもないです。

 というかなんだよこの状況。俺どんどん勇者の道を歩まされてる気がするぞ。……いや冷静に考えたら王サマ俺のこと認識してないしこのまま順調に言ったら俺勇者とかにならなくて済むんじゃないだろうか。


「しかし勇者か……流石と言うべき波動の強さだな。これなら魔王も倒すことが出来よう」


 渋いおじさん顔で真面目腐った表情で波動とか言わないでください笑ってしまいます。日本だったら笑われてますよ。その年になってまだ廚二病から抜け出せてないのかって。


「そなたにはこれから目覚めの間に行ってもらう。そこでそなたの力を神に目覚めさせていただくのだ」

「はい、わかりました」


 光が王サマ言葉に真剣な顔で頷く。

 なんで光はこの意味の分からない流れをスルーできんの? あれか? 主人公補正か? こんなことにも主人公補正ってかかんのか? それとも受け入れられてない俺がおかしいのか? 俺にはよくわからん。誰か教えてください。

 うーん……まあいいや。王サマ光しか指名してねーし。俺行かなくていいっぽい。これは勇者コースから脱落確定でしょ。ここに至って確変とか来なくていいんだよ?


「もちろん貴方も行くんですよ、ユウリ様」


 ……だから確変なんて来なくていいんだって! ちくしょー!







 なんか目覚めの間っていうのは召喚された勇者の潜在能力を解放する所らしい。潜在能力ってなんだよ。普通の人間にそんなのあんの? ……いや、光普通の人間じゃなかったわ。二次元の存在だったわ。やべ、潜在能力ありそう。

 俺たちが騎士やら王女サマやらに連れられて来たのは、薄暗い円形の広間みたいなところで、その中心にプールのように水が張ってある場所だった。水の張ってある場所の上にはふわふわとぼんやりした明かりが浮かんでいる。いや浮かんでるってなんだよ。普通に怖いわ。

 周りを見渡す。王女サマとか騎士の皆様とか、まあさっき俺たちが召喚されたときにいたメンバーがそのままぞろぞろとここまで来たっぽい感じだった。さっき見かけてちょっとだけ印象に残ったあの赤い騎士さんもいる。一人だけ毛色が違うし、なんなんだろうなあの人。


「ヒカル様には、これよりこの目覚めの泉に入って神と会話し、ヒカル様に眠るお力を覚醒させていただきます。……そこの馬の骨もです」

「わかった」

「あ、馬の骨には潜在能力とかないんで遠慮しときます」


 なんて言った俺の言葉は当然のごとく無視された。はいはい知ってた知ってた。

 それにしても光さっきからわかったとかはいとかわかりましたとかしか言ってない気がする。断れないタイプの人間なの? NOと言える日本人になろうぜ。いやこいつ引きずり込まれてる時に俺に思いっきり「嫌だ!」って叫んでたわそう言えば。

 一応目覚めの泉とかいうのを眺める。綺麗に透き通った泉は円形で、岸から中心にかけてどんどん深くなっていっている。中心は淡く光っていて、そこには台座に刺さった剣みたいな物があった。なんか伝説の退魔の剣っぽい感じ。力の正三角形を持つ盗賊王も真っ青だな。

 そんなふうに俺が眺めていると、王女サマから説明が入った。


「ヒカル様には、泉の中心にある台座の剣に触れていただきます。そこで我等が神と対話していただき、勇者としてのお力を目覚めさせていただきます。その後、おそらく剣が引き抜けるようになると思いますので、その剣を引き抜いて下さい。御召し物は濡れる心配はございませんので、お気になさらずに」

「俺はどうすんの? ヒカルが剣抜いちゃったらなんも出来なくね?」

「知りません。自分でなんとかしてください」


 扱い違い過ぎィ!

 話しかけないでください的なオーラを全開にして突き放すように言う王女サマ。さすがの俺もイラッときたけど、こんなことでさっきみたいにいちいち突っかかるのもアレかと思って今度はスルーした。

 と、いうか、そりゃないぜ。神殿にボロボロの退魔の剣が刺さってるならまだしも、現物が無いんじゃなんも出来ねーじゃねーか。流石に無理でしょ。

 けれども主人公補正で正義に燃える光は俺と王女サマの話なんて耳に入っていないらしく、早々に剣の所に行っていた。なんでこういう時だけお前の耳は難聴になるんだ。難聴兄貴は面白くないから嫌いって言ってるだろ。

 泉の中心は光の腰の辺りの深さがあって、光は水面に出ている柄を掴んでいた。

 すると、突然剣がまばゆいばかりに光り出し、光はその光りに飲み込まれて見えなくなった。ていうかまじで眩しーなおい。光失明しちゃったりしないよね? 大丈夫だよね?

 光がすげー眩しい光りに包まれて数秒。剣から放たれた光りが徐々に収縮して無くなると、光はおもむろに剣を抜いた。それまで石みたいだった剣は光が抜くとぴしぴしと皹が入るような音を出して、突然メッキみたいに外側の部分が砕け散った。すると中から見た者を魅了してやまない程の美しい黄金の剣が現れた。


「神剣ランド・グリーズ――」


 剣を見て光はそう呟いた。どうやらその剣の銘らしい。俺からしたら戦乙女の装備品の名前にしか聞こえないけど。昔そういう名前の武器が登場するRPGがあってね? まあ、気にすることじゃないか。なんなんだろう。いきなり呟いたってことは聞こえてきたのかな剣の名前。

 隣のクソ王女や周りの騎士達は光の神々しい雰囲気に当てられて呆然としている。光のと言うか、光の剣かな? そんな空気をものともしないリア充イケメンの主人公は戻って来て早々俺に「早く行けよ」とか言ってきやがった。

 いやいや、剣とか無いのにどうやって神とやらと対話しろと。力を目覚めさせろと。俺はお前みたいな主人公じゃないんだから、なんかねーとダメだろ。……ダメですよね? もしかして行けちゃう? いやー、それはないでしょ。

 なんてことを自分の中で行ったり来たりさせているうちに、光に剣を借りたらワンチャンあるんじゃないだろう、と言う結論に至った。

 というわけで、「光剣貸して」と言おうとしたところで――


「ぐずぐずしてないでさっさと行け」

「ひでぶっ!」


 という言葉と共に俺は赤い人に蹴り飛ばされて目覚めの泉に強制ダイブさせられた。やっべ、鼻打ちそう。







 気付いたらそこは真っ暗でした。「知らない天井だ……」ができないくらい真っ暗。ていうか天井がない。

 ふっ……俺に廚二病的な舞台を用意するなんてなかなか気が効いてるじゃないか。俺はもう何が起きたって気にしない。そうさ、泉に落ちたと思ったのにこんな空間にいたって気にしないさ。目の前に光が持ってったはずの剣があったって気にしないさ。

 そうさ、例え目の前に金髪碧眼のゴスロリ幼女がいたって気にしない……って無視出来るかぁ!!

 なんなんだよここ! ここどこだよ! なんでこんな意味わかんないところに幼女がいるんだよ!


「そこの幼女。此処はどこでお前は誰で俺は何だ」


 あれ? なんか自分のアイデンティティが危ぶまれる質問を自分でしたような……いや気のせいだろ。それよりも目の前の幼女だ。

 ぱっちりとした大きな目に長い睫毛。ふっくらとした赤い唇に形のいい眉。整った輪郭に幼さを残したかわいらしい顔立ちを際だたせる雪のように白く透き通った肌。背中辺りまで伸ばされた金髪は軽く巻いてあってフワフワとしている。

 あ、これやばいわ。ロリコンに目覚めそう。


「わらわは主ら人間が神と崇める存在にして世界の創造主。そして此処は世界の裏側――わらわの世界じゃ」


 ちょっと待って何言ってるかわかんない。なんなの? こんな小さい女の子までそんな感じのこと言うの? ロリババァなの?

 無表情で答えた幼女自称神に、俺はそんな感想を抱いてた。


「うん……? 世界を作ったってんならなんで世界の裏側がお前の世界なんだよ」


 とりあえずもう廚二病うんぬんは置いといて話を進めることにした。ファンタジーな世界だし、いちいちそんなことでつっこんでたら身が持たないからな。


「わらわが創造した世界は主らのモノだ。わらわのモノではない。その代わりに世界の裏側をわらわが貰い受けた。それだけのことじゃ」


 ……よくわからん言い回しだけどとりあえず納得したことにしとこう。実際はよくわかってないけどな! 納得したふりをするって人間関係において重要なスキルだから。


「……ふーん。まあ、そういうことにしといてやるよ。なんか納得いかねーけど、お前がそう言うんならそうなんだろ」


 お前ん中ではな。というセリフは飲み込んだけど。

 俺の言葉に幼女の眉がピクリと動いたが、華麗にスルーした。

 そしてさっきから疑問に思っていたことを口にする。じゃないと話進まないし。ぶっちゃけ世界がどうのこうのみたいな話には興味がないです。


「なあ……表の王女サマはその剣に触れてお前と話せって言ってたけど……その剣に触れなくていいのか?」


 俺の言葉に幼女は呆れたように溜息を吐いた。溜息を吐きたいのはこっちだっつーの。いきなりこんなところに放り出されてんだから。


「主は先程の人間の若者と違ってわらわに対する敬意が一切見られんのう。些か教育が足りないんじゃなかろうか……? まあよい。そんな人間の王女の戯れ言などわらわには関係ない。わらわが話したいと思えばその剣を持たずとも人間と話すことが出来る」


 まあ宗教なんて信じてないしこっちの世界で教育なんて受けてないんだから、そのへんは許してくれや。

 ていうかこいつ光に会ってんのかよ。いや、神サマなら当然か。光は神サマに会いに行ったんだし。


「じゃあお前が話したくなかったら剣を持っても話せないってことか」


 俺がそう言うと幼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。なにあれ超可愛いんだけど。将来は大輪の花になるね絶対。や、ロリコンじゃないよ俺。一応言っとくけど。


「ほう……察しは悪くないようじゃな。そうじゃ、主の言う通りじゃ。要するにその剣など関係ない。見た目の問題ということじゃ。ほれ、人間は見た目にこだわるからの。だからそのような世界が出来上がったのじゃ」

「まあ、そう、なのか? ……まあいいや。それで、なんでお前は俺を此処に連れて来たんだ? 何か目的があるんだろ。まさか世間話をするために呼んだんじゃないだろうし」


 ワシはこんなとこ来とうはなかった!

 そう言うと、目の前の幼女は首を左右に振った。


「何を言っておる。わらわは主を呼んでなどおらん、主が勝手にわらわの世界に入って来たのではないか」

「はぁ……?」


 いやいや少し待て。ちょっとすごく待て。俺が勝手に此処に入って来た……? 俺は別に此処に来ようとか思ってねーし、蹴飛ばされて泉に落ちただけだし……あの赤い人がなんかしたのか? 赤い人って言うとなんか三倍の速さで動けそうだよね。全然関係ないけどさ。


「まさか……主は意図せず此処に来たというのか? そんなことが……いや、でも……」


 そんな感じになんかぶつぶつ呟きながら俺を見て何かに気付いたらしい幼女。顔がにやけている。にやけ顔も可愛いと思います。俺ロリコンじゃないけど。


「そうか……その波動と魔力……主は邪神じゃな」


 やっべ、遂に俺まで廚二病そっち側に組み込まれちまった。というかいきなり邪神て。魔王でも勇者でもなく邪神て。ちょっと何言ってるかわかりませんねぇ……。

 俺異世界に来て早々神様の仲間入りですかコノヤロー。勇者やりたくないとは言ったけど邪神やりたいなんて一言も言ってねーだろ! もっと俺の気持ちを汲み取ってくれ。


「まじかよ。俺って邪神だったのかよ。主人公どころじゃねーよ、いきなり魔王越えちゃったよ」

「なんじゃ、主は己が邪神だということを知らなんだか」

「ていうか普通知らなくね? だって俺つい数時間前まで普通に普通の人間だったんだよ?」

「そうか……」


 そこで考え込むように顔を伏せた幼女。次に顔を上げた時、何故か幼女の目はキラキラ輝いていた。


「主よ、邪神の力が欲しくないか?」

「貰えるものはゴミと借金以外なら何でも貰う主義です。つまり欲しいということなんだけど……え? なに、くれんの?」

「正確に言うとあげるのではなく目覚めさせるだけじゃがな。そうか、邪神の力が欲しいか」


 そこで幼女の顔がニヤリと笑う。うわあ……あくどい顔だ。幼女のあくどい顔。レアですよレア!


「それでは主の邪神としての力を目覚めさせてやろう。そのかわり……わらわを主と共に連れて行け。それが主の力を目覚めさせる条件じゃ」

「うぃっす。わかりました」


 即答。

 なんかもっとすげーめんどくさいこと頼まれると身構えただけに、あまりに拍子抜けな内容にあっさり承諾。幼女は何故か驚いていた。こんな可愛い幼女がついてくるとかむしろご褒美じゃね? 俺ロリコンじゃないけど。


「なんだ? 自分から言っといてなんでそんな驚いてんだよ」

「いや……まさかそんなに簡単に了承されるとは思わなくての……」

「そんなことより神様が簡単に邪神の存在とか許してもいーのかよ? 普通は全力で潰しにかかるような存在なんじゃねーのか?」


 だってラスボス通り越して裏ボスみたいな存在っぽいじゃん。普通見逃したりしないんじゃないの?

 俺の疑問に幼女はそんなことか、と答えた。


「わらわは世界の事象に手出しできん。よって主の存在に干渉できんのじゃ。手出しできぬのなればこそ、主が何をしでかすかが見てみたいのじゃ。もう世界の裏側にいるのも飽いた。主と共に面白いモノを見てみたいと思ったのじゃ」

「ふーん……俺や光の力を目覚めさせるのは世界の干渉とやらには含まれないのか?」

「決められた場所でその程度のことなら問題無い」


 抜け道的なものなのだろうか。俺にはよくわからん。まあでも、そんなことより聞きたいことがあるんだよね。


「どうやって邪神の力とやらを目覚めさせるんだ?」

「簡単じゃ。そこの剣にカギが仕込んである。台座から剣を抜けば自然と目覚めるじゃろうて。まあ、普通はそこの剣は抜けないんじゃが主なら問題なかろう」


 そう言って台座に刺さった剣を指差す幼女。光も片手で簡単に抜いてたし、俺ももしかしたら簡単に抜けるんじゃね? 幼女もそういうニュアンスで言ってたし。

 そう思ってた時期が俺にもありました。光は主人公で、俺は一般ピーポー。そんな単純なこともこの時の俺は忘れてたんだけど。

 台座に近付いて剣の柄を掴んだ。片手だと抜けるかどうか不安だったので両手で思いっきり引き抜いた。

 その瞬間、視界が真っ黒に染まった――

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