第3話錆びついた日常
温泉旅行を終えた後、僕の心の中はモヤモヤとしていた。テレビなどを見ていても、出演している女優に温泉で逢った彼女を重ねて見てしまう。何故僕はあそこで無視をされたのか、もしかしたら偶々聞こえてなかったのではないか。と自分を慰めた予想を立てる。意外にもその予想は半分は合っていて半分は間違えているものだった。
あれからというもの、僕は温泉に毎日通っていた。電車で2時間かかる道を往復するので、移動だけで1日に4時間もかかる。そんな生活を2週間近く続けていた僕は、周りから見たらきっと時間とお金を溝に捨てていると思われるだろうが知ったことか、と彼は自嘲気味な心持ちで今日も温泉に通った。10万円もあった僕の貯金の残高は、もう底をつきかけている。もう、無理かなと半ば諦めていたので、今日でこの温泉旅行も最後にするつもりだ。冷静になって考えてみると、僕が彼女にそこまで入れ込む理由も特にはない。どことなく湧いてくる使命感で温泉に通う僕には、もう温泉を楽しむ気持ちが失われていた。もしかしたら、旅館の人に聞いてみると彼女のことが分かるかもしれない。住所さえもきっとわかるだろうと思う。だが、そこまでしたら僕はまるでストーカーではないか。いや、完全にストーカーだろう。流石にプライドまで捨てる気にはならなかったので、その強硬手段に走るのはないだろうと思った。
温泉につくと、そこはもう見慣れた景色で、何の躊躇いもなく今日も僕は旅館へと歩を進めた。旅館に入ってからはもうルーチンワークである。いつもの長椅子にすわり、お土産屋のソフトクリームを買って、それをぺろぺろ舐めながら、ぼーっと周囲を見回す。今日も老人や、外国人観光客で賑わっていた。それから温泉に入り、あがった後もソフトクリームをぺろぺろ舐める。これじゃお金が飛ぶのもしょうがないことだった。今日はいつもより長く座ってようかな。そう思って座る彼の体は、生気のない人形の様だった。
だんだんと目のまえを通る人の数が減っていき、遂には終電の時間になった。時間というものは残酷だ。楽しい時は一瞬で終わって、つらい時は永遠にも感じる。期待の気持ちを持っている今だってそうだ。気づいたら時間がたっている。こんな生活も今日で終わり。本当に無駄な時間だったなあ。
だが、こんなところで諦める僕ではない。ここで諦めたら今まで使った時間もお金も無駄になる。そんなの勿体ないという新しい気持ちが芽生えた。それから僕は齷齪とコンビニで働いた。眠たい目をこする未来を想像して、給料の高い夜勤を選んだ。実際に働いてみて、夜勤明けの学校は最悪だった。優しそうな先生の授業を全部睡眠にあてた。なんでこんなに必死になっているか、こんなことをやって本当に報われるのか何てことは、とうに考えるのをやめている。考えるのなんて面倒くさい。馬鹿でもいい。それでも自分のやりたいようにやってやる、というのが僕の今の正直な気持ちだった。
正直の頭に神宿るという諺がある。正直な人には神様は加護をくれるであろうという意味の諺だ。彼は正直も正直、馬鹿正直に彼女を思っていた。その諺は真であると証明してくれたのは、意外な出会いだった。
早く終われと心の中でもう何十回呟いただろうか。僕は今コンビニのレジにたっている。時計は2時の針を指している。3時に勤務が終わるので、まだ1時間も残っている。残業した帰りであろうか、疲れた顔をしたサラリーマンがレジに来て、タバコを注文した。サラリーマンもストレスで一杯なんだなと思い、思いやりのこもった動きと作った笑顔でタバコを渡す。店を出るサラリーマンの背中を見つつ、客もいないから少し休もうとしたが入れ替わりにまた客が入ってきた。少しは休ませてくれよと心の中で悪態をつきながらもいつも通り定型文を繰り返す。
「いらっしゃ・・・え?」
入ってきたのは、ずっと探していた彼女だった。
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