第2話 出会い another side

 私は親の車に乗りながら、移り変わる風景をぼんやりと見ていた。親は私に気を遣って車では音楽を流さないようにしていた。朝方に、家族全員で帯幌へ車で出発した。その日の朝はいい天気で、すがすがしくて透明な夏の朝のにおいがあたりに立ちこんでいた。それとは対照的に私の心には曇りが差し掛かっていた。車に乗ってからも窓を開けて風を肌で感じる。そうしていないと気が保てなかったのかもしれない。景色がどんどん都会のものと変わっていき、やがて帯幌の大きな道路に着いた。帯幌へ到着してからもまだ太陽が天辺へ昇ってはいなく、私たちは用事をすませた。

 私の用事が長くかかったからか、用事を終えた頃にはもう日は沈みかかっていた。どうせなら一泊ここで泊まろうと父が言い出したので、私たちは宿を探し始めた。夏休み半ば、都会である帯幌には泊まれるホテルなんてほとんどなかった。そんな時にある看板が目についた。帯広荘という温泉旅館の看板だった。こんな暑い時期に温泉かと思ったが、問い合わせると部屋が空いているとの事だったので、今日の宿はそこにすることにした。

 この都会で温泉を売りにしているだけあって、その温泉は素晴らしいものだった。肩こりに効く成分が入った温泉や、岩盤浴などもあり、今までの温泉へ抱いてたイメージがいい方向へと転がった。少しは気分が晴れて、新しい世界で明日から頑張っていこうという気持ちにもなった。温泉から部屋に戻る途中に、お年寄りの方々が、長椅子に座り扇風機の風を浴びてくつろいでいる中、自分と同じくらいの年齢の男の子を見つけた。のっぺらとした顔で、でもどこか優しそうな雰囲気を纏っていて、手にはコーヒー牛乳の空き瓶を持っていた。1人でこんな温泉旅館に来るなんて、よっぽど温泉が好きなのねと思った。だけど私には関係ないことだ、ときっぱりと考えて、そのまま歩き去った。

 その夜、私は夢を見た。空間ごと捻じれ曲がったような、暗くドロドロとして、どこか息苦しい場所に私はいた。音は、何一つ聞こえない。そこがどこか現実の世界を思い出させて、私は嫌な気持ちになった。何も聞こえないから、そんなことをしても意味がない、そう思いつつも私は耳を抑えてしゃがみこんだ。こんな夢早く覚めてほしい。こんな現実、私から早く遠ざかってほしい。私はそう思い、ただひたすらに耐えようと努力した。

 そんな時、後ろから声がした。確かに、聞こえたのだ。ずっと投げかけられる数多の励ましの言葉。背中から伝わる、温かい体温。私は後ろを振り向くと、今日逢った男の子が、そこにいた。暗く歪んだ空間の中で、一筋の光が差したように思えた。彼の励ましの言葉が聞こえてくる。その一つ一つに勇気を貰って、私は本当に眠りに着くことができた気がする。

 朝目が覚めると、そこは昨日と変わらない自分の旅館だった。私の荷物は親に片づけられていて、もう出る準備が出来ていた。私はすぐに洗顔とお化粧をして、急いで車で待っている親の元へ向かった。

 ロビーには昨日の男の子がチェックアウトをしている姿があった。私は、彼の近くへ行き、そこで立ち止まった。昨日ずっと励まし続けてくれた。例え、夢だとしても彼の声は聞こえた。私の心へと届いた。彼は私の希望だ、と私は思った。

 彼が私の気配に気づいたのか、急に後ろを振り向いた。そして、私に何かを話しかけようとした。

 でも、私には意味が理解できなかった。いや、違う。私にはその言葉を聞くことが出来なかった。聞こえなかったのだ。急に悲しい気持ちになった。彼の言葉だけは、聞こえるかもしれないと思っていた。でも彼も例外ではなかった。彼の声を聞くことが出来るのは夢の中だけだった。あれが私の聞く最後の声だったのか、と思うと何だか寂しい気持ちになって、視線を地面に落とした。

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