第6話 何を期待している?

 国際条約の要約は次の通りだ。

「一、如何なる状態においても、アクセプトした人間――搭乗者と呼ぶ――を人間個体と認め、再変換できない状況下であっても、搭乗者の生命と人権は尊重される。(救助の義務付け、シビアアクシデントアラームの取り付け義務)

 二、巨神の拡散防止(巨神保有絶対数の維持、技術研究の制限と公開義務)」

 巨神と人型。人類は、自分の首を締めかねない殺戮兵器を生み、ルールという足枷をつけてまでも、まだ戦争を忘れられずにいた。




「くそっ! 弾が切れた」

 さっきの不意打ちと違い、通常射撃では、相手も回避運動する時間を持つ。それに残りは二体。一体はバンスへの警戒を怠らない。

 さらにこの状況かよ。さっきからの戦闘続きで、とうとうレールガンの残弾を失ったバンスが愚痴った。

 それとは対照的に、着地寸前のカーヴが、小型レールガンを連射する。しかしレールガンの射線が定まらない。右足を失った人型の、空中での姿勢制御を維持することで処理能力を使い切ってしまっているカーヴは、まともな照準をとれない。制御を失ったレールガンは、カーヴの手から飛び出そうと暴れ続ける。

 効率の悪い攻撃だということは、カーヴもわかっているはずだ。それこそ、そんな状況で敵を倒せるのは、ミカエル隊長ぐらいだろう。バンスならば逆に、姿勢制御をあきらめて、照準さえあきらめて、自らを弾として、どちらかの敵へ向かって体ごと墜落するだろう。当らないならば、当たる距離まで近づけばいいだけだ。成功するかどうかは別として。

 ともかく、そのどちらの方法も、新人のカーヴは取れない。

 しかしカーヴは引き金から指を離せなかった。右足を失った人型が地表に到達すれば、それで終わりだ。無意識、本能、反射のない人型は、立つことさえ、アクセプトした人間による、膨大な、情報処理を必要とする。ましてや、そんな状況で敵の攻撃を逃れるなど、カーヴは奇跡でも叶わない限り生存率はゼロに近い。

 しかし人型は、部品であるカーヴへ勝つための微かな可能性を大々的に提示する。空中からの地上の敵の制圧を人型は提示する。カーヴにとって、生き残ることさえ神頼みの現状を人型は無視して立案する。そしてカーヴはそれを選んでしまう。

「やっぱり人型は死神だな。……しかし生き残るためにも、人型に従うしかない。一か八か」

 バンスは視覚情報を大きく広げた。そうしてカーヴの姿を映す視覚情報の横に、地上の敵二体の姿を並べる。

 エリント国(らしい)の人型も、死にもの狂いで打ち出されたカーヴの弾丸をあらゆる情報を駆使して回避するだろう。

 バンスは舌打ちする。敵の二体は莫大な情報処理に追われているはずだ。今が援護のチャンスなのだ。

 画面右下の残段数0の表示をバンスが恨めしそうに睨みつける。

「いっそ、人型から出て、白兵戦に持ち込むか?」

 バンスの冗談に対して、人型は冷静にその策が危険であることを裏付ける情報を大量に表示した。無論、バンスはそれを全て消す――が、こればかりは人型の提示する案が正しい。

「くそっ、あいつらも覚悟を決めたか」

 敵二体は頭上数十メートルまで近付いたカーヴから発射される秒速8キロメートルの弾丸をじっと耐え、手に持ったレールガンを構え続けた。

 敵の二人が回避行動もせずにレールガンの砲火を耐える。それは凄まじい恐怖だろう。

 カーヴも恐怖しているからこそ、空中で敵を無力化したいはずだ。

 しかし敵二人は恐怖に耐えていた。

 人型が何と言おうと、膨大なデータで搭乗者の考えを変更させようとしても、敵二人は動かない。カーヴが地上に降りれば、確実に仕留められるからだろう。

 敵の唯一の気がかりであるバンスも、レールガンを失っている。その情報はすでに敵二人の人型は収集しているはずだ。

「あの阿保が、闇雲に打ち続けやがって」

 着弾した弾丸がバンスの数メートル先の地面へ深い穴を穿つ。カーヴが打ち続けるレールガンがまるでピンク色の雷雨のように降り注ぎ、バンスは援護に近づくことができない。

「それでも!」

 バンスは走り出した。バンスの攻撃手段は人型を使った近接格闘しか残されていない。

 降り注ぐ弾丸をバンスは掻い潜って……いや、一つも避けようとしない。掠めた弾丸が、銀色の表面装甲を黒く焦がしたり、第二装甲を剥がしてナノチューブの神経系をむき出したりしても――当然、その都度、人型はその情報を逐一、バンスへ提示するが、バンスはオールカットする――バンスは一直線に敵の人型へと突っ込んだ。

「なんだ! 特攻か!?」

 敵は、タックルしたバンスへ、通信を外部スピーカーへ切り替えて叫んだ。

 バンスは答えなかった。代わりに足を絡ませ、仰向けに倒れた敵の腹へ馬乗りになる。

 そして躊躇なく、敵から奪ったレールガンを二連射する。

 敵の右肩から先と、左足が根元から千切れた。

「すまないな。さっきと同じで」破壊できない敵を屈服させる方法は、生身の喧嘩と変わらない。バンスは『次は何をするかわからない』そう敵に思わせる恐怖を敵に叩きつけた。

「いやだっ、死にたくない! 死にたくない!」

「……うるさい。これぐらいでシビアアクシデントになるもんか!」

 シビアアクシデント――人の形を成す重要な部分を失う――限りなく死に近い状態。

 これぐらいの損傷ならば、人型から降りるときの再変換時に修復できる。量子化されて、ただの部品となった人間が、元の人間の形に戻るとき、足りない部分は残った部分の情報を利用して補う。神経系か、血液循環系になんらかの障害を残すかもしれないが、それは通常の外科手術で対応できる。「けれど、まだ戦うって言うなら、鉄屑になってもらうぞ」

 バンスは、人間ならば心臓に当たる位置に、レールガンの銃口を当てた。

「出ろとまでは言わない。さっさと武装解除しろ」

 しかしさっきの奴より、あきらめが悪い。敵は逃げ出そうと、身悶え続けた。それだけ人型という限りなく安全な場所から、生身となって戦場へ出るのは危険だった。

 失敗した。自力で逃げ出せないほど人型へ損傷を負わせたから、バンスはさっさの敵みたいに逃げろとも言えない。

 まだ敵の一体は、バンスではなく、確実に倒せるカーヴを狙い続けていた。しかし、敵の人型の顔は体と乖離したかのように、バンスへと向いていた。

 冷静になれ。人型の情報と提案を無視して、敵は迷っているのだ。

「出ろと言ってないだろ! 人型の動力を、生命維持の必要なだけの最低レベルまで落とせと言っているんだ。それとも本気で人をやめるか?」

 ゆったりとした脅しの言葉とは裏腹に、バンスは焦った。早く、こっちを沈黙させないと――。

 そのとき、ヒューと水分が沸騰した音がバンスの人型が捉えた。バンスが慣れていない情報分析をすると、カーヴのレールガンが発した音だとすぐにわかった。

「くそっ! くそぅー!」

 カーヴの弾丸が切れた。

 残った敵の一体が、仲間を助けることよりも、レールガンの銃口を、カーヴへ向ける。

 人質交換を狙ってのことか。それとも、弱い敵を先に叩こうということか。

「そんなのどうでもいい」それより時間が惜しい。さっさと胸か頭を撃ち抜き、シビアアクシデントにしてしまえば、敵は沈黙する。

「一か八か……」両手と両足をすべて撃ち抜けば、無力化できる。けれどアラームが鳴るか鳴らないか。歩の悪い賭けになる。「だめだ。危険すぎる」

 これだけ無謀なバンスでも、シビアアクシデントを引き起こす行為に対しては躊躇していた。

「くそっ、戦場にルールなんて作るなよ」

 シビアアクシデントのアラームは『命乞い』と呼ばれている。

 アラームを鳴らした人間が生きて再変換される可能性などゼロに等しいのに、必ず回収しなければならない。

 バンスたちは安全な国内で、シビアアクシデントの危険など皆無な訓練をする予定だった。つまり、ここには戦場に必ず存在する回収専門の部隊も、回収用の中立地帯や民間の国際医師団も存在しない。救助責任は、こちらにあった。そしてアラームは、国連機関の人間による解除キーを入力するまで、周囲一帯に位置情報を発信続ける。

 つまりこいつを回収すれば、ミカエル隊長が必死に隠そうとしているバンスたちの輸送艦の位置が丸裸になる。敵からの追跡から逃れられなくなるのだ。

 バンスは人型の情報に頼らず、一瞬で考えをまとめる。

「敵の残存戦力は不明だ。したがって仲間を危険に晒せられない。

 ならばいっそ……」

 シビアアクシデントを鳴らした人型を未回収、または『沈黙させた』如何なる者も犯罪者となる。

 そしてバンスの人型は、嘘をつけない。

「けれど俺さえ、戦争犯罪者になれば……」

 確実に死刑か。バンスは鼻で笑った。

 レールガンの一撃で蒸発する生身の兵士は数多くいる。

「そうやって戦争で人殺しをしているのに、傷ついた人型を救わなければ銃殺刑なんて、バカバカしいほど矛盾しているな、くそっ」

 生身の兵士と違い、人型の搭乗者は再変換のおかげで、戦場から五体満足で帰還する可能性を持つ。だから救える命は救いたい、そう誰もが考える。

 例えは悪いが、安楽死を選べない患者の家族と同じだ。

 戦場を知らない人間たちが、無駄に話し合って、殺し合いにルールを持ち込んだ。

 カーヴ一人の命を救うために、敵とバンス、二人の命を犠牲にする。

「そんなバカな決まりを、守る必要はない」

 バンスはレールガンを持たない方の手をぎゅっと握りしめた。ギシギシと鉄が軋む音がする。

 こいつをここで殺せば、カーヴと残った敵を挟撃できる。形勢逆転だ。

「ふっ、このレールガンが巨神のものと同じ威力があればな」アラームを鳴らした後にとどめをさせば罪なのに、鳴らす前にこの世から完全消滅させればスコアだ。

 残念なことに、人型の持つ小型レールガンは、人型を一瞬で蒸発させる威力を持たない。

 くそっ。……やっぱり。バンスはレールガンを両手で持ち、敵の人型の心臓に銃口を向けた。

「そこまでだ!」

「……た、隊長!」バンスの声が裏返る。

「待たせたな」

 その言葉と同時に、森の影から発射された弾丸が、カーヴを狙っていたレールガンの砲身を撃ち抜いた。

「プルズアイ……その距離で、さすが『伝説』」

「それは年寄っていう意味か?」

 ユニコーンのような角を持つミカエル隊長の人型が、森の奥から現れた。後ろに立つカレンが、テムを背負っていた。

「テムは?」

「損傷が少なかったからな。もう人型から抜けて、自分の足で輸送艦へ向かったよ。最近弛んでいたから、いい訓練だ。人型乗りはどうしても、他の兵士と違って、基礎訓練を逃げるからな」

「だったらそれは?」

「これか? カレンが背負っているのは抜け殻だ。テムに担いで帰れとは言えないからな」

「しかし生身で? それは隊長らしからぬ大胆なことを」

 バンスは、手早くレールガンを反対に持ち直すと、下で罵詈雑言を吐き続ける敵の側頭部をレールガンで撃ち抜き、通信系を黙らせた。

「どうやら、あっちも何とかなったようだ」

 カーヴも同じく、破損したレールガンを持ったまま立ち尽くす最後の敵を後ろから羽交い絞めする。

「片足でよく立っていられるな」バンスは新人らしからぬカーヴの動きに、ミカエル隊長と同じく感心した。新人の能力の高さは認めざるを得ない。

「しかし、もしも新人じゃなくて、生身のテムを人質にとられていたら……」

 人型の戦う戦場で、生身で行動するのは、裸で銃に立ち向かうようなものだ。

「人型の情報ばかり集めているんだ。人間と大型動物の熱情報の区別なんてつけている余裕はないだろう。カーヴが相手を怒らせてくれたおかげもある」

「それにしたって、そんな大胆な判断を……人型と違って、生身は、レールガンの弾丸がかするだけでも蒸発するのに」

「それはこいつだよ」

 ミカエル隊長が、カレンの頭を叩いた。打ち合った銀色の表面装甲から白い火花が散った。

「必ず安全だと、テムを説得、いや脅迫だなあれは。まったく大胆なのか、冷静なのか。どちらにしても、これだけ早く援護できてよかったよ」

「はぁ、こっちの新人も、ある意味、凄いな」

 バンスはレールガンを肩に担いだ。

 カーヴに拘束された敵も、笑うバンスに踏みつけにされている敵も、哀れだ。


 しかし拘束された敵二体は、自暴自棄になって暴れることも、降伏宣言もなく、沈黙を守っていた。

 

 あきらめが良すぎないか?

「この状況で、何を期待している?」

 最初にそう囁いたのは、すべての人型乗りから伝説と呼ばれるミカエル隊長だった。

「隊長!」

 突然、カレンの視界がピンク色に染まった。

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