第5話 仏頂面はよけいだ
「あぁ、もう、照準がぶれちゃって……。ねぇ、あちこち動くアレを、止めてくれないかなぁ〜。そしたらすぐにこの戦闘を終わらせられるよ?」
エレニアが楽しそうな声で、艦橋にいるゼノへ問いかけた。
数十キロメートル離れた場所では、味方の人型が、全滅間際まで追い込まれていた。
無傷の敵の中に、『伝説』『悪鬼』『幻想の獣』様々な二つ名を持つ歴戦の人型までいる。絶望的な状況。それでも黒い巨神――エレニアの援護だけを希望にして、味方の人型は戦場で踏ん張っている。
操縦室のエレニアは、その様子を感知しながら、光と音に合わせて踊り続けていた。喜々として手足を振るたびに、紅潮した顔から汗が飛び散る。エレニアの髪から溢れる甘い香りと、鼻の奥をつくような鉄の匂いが、操縦室に満たされる。
「……そんなことできるなら、お前をわざわざ出すものか」
ゼノは静かな声で、緊張感のないエレニアを注意した。
エレニアとゼノのやり取りは、スピーカーを通して、輸送艦の艦橋にいる兵士全員に聞かれていた。通信士の女性は口角を上げているし、操縦士の二人は肩を竦めあっている。圧倒的に不利な戦況なのに、艦橋にいる兵士たちの多くの顔が綻んでいた。
まるで学校の厳格な先生とわがまま生徒のようなゼノとの会話を、当のエレニアも楽しんでいた。
黒い巨神を駆る彼女ならば、きっと仲間を助けてくれる。味方の誰もが、いつも通りのエレニアの軽口に、形勢逆転の希望を見出していたのかもしれない。その証拠に、艦長でさえ目を細めていた。
それでもゼノの顔だけは、この世のすべてを呪っているかのように、暗い。
「こっちの人型に伝説を止めるようにお願いして、ね? ね?」
エレニアは甘えた声でゼノへ両手を合わせた。
「人型に倒されるような敵なら、伝説になるものか」ゼノがぶっきらぼうに言い放つ。
「それに、こちらで動ける人型は1体だけだ」
「うーん」エレニアが腕を組んで、唸る。
「だから、急げ。さっさと狙って撃たないと、全滅する」
「言うだけなら、誰でもできるっての」
黒い巨神が輸送艦の隣で尻をつき、片膝を立てていた。その膝の上にレールガンの砲身を乗せて構えていた。
巨神の体重を支える地面は柔らかい。レールガンの銃口が僅かに傾き、人差し指が少し揺れるたびに、巨大な体が沈んで揺れる。
操縦室の外部モニターは全天・全地を映し出し、乗り慣れたエレニアさえ、外にいるかのような錯覚を覚えるときがある。
その映し出された外部モニターの中、狙うべき標的は注射針で開けた穴よりも小さな光だった。白い光は点滅を繰り返す。
エレニアは、前後左右へ不規則に動く光を追いかけている最中、軽い眩暈に襲われた。ずっと眺めいていると、光が消えたり、逆に二つ、三つ、四つ、と増えたりするような気さえする。
「目が疲れたぁ」とうとう、踊り――操縦を止めてしまう。
エレニアは、ゼノみたいに皺の寄った眉間へ親指を押さえつけた。
しかし突然、目をぱっと、見開いた。
「あっ、そうだ! ビイをこっちにも使っちゃだめかな? 対人型用も実装しているんだよね?」
「実戦データを取るつもりだったからな」
ゼノは深く息を吐く。
悔しがっている? それとも困っている? エレニアはニヤリと口元を緩めた。
「それっておかしくないかなぁ? だって、巨神がいるところを見つかったら困るって言ったのは、そっちだよ」
「何も困らない」
エレニアは、わざとゆっくりと尋ねたが、ゼノの顔色を変えてくれない。つまらない。エレニアは口を尖らせる。
「有効範囲の説明はしただろう。クインビイが中継をすれば、輸送艦の中からでもビイは動かせる」
「なら輸送艦の中にいた方がよかった? 思いっきり、外にいるよ? いいの? 敵に捕捉されたんじゃない?」
「おいおい、輸送艦を吹き飛ばす気か?」
艦長が鼻で笑った。レールガンを輸送艦内で打てば、この輸送艦は使い物にならないほどのダメージを負うだろう。
「それにレールガンを打てば、どうせ巨神の存在は敵の知るところになる」ゼノがため息交じりに呟く。「だからこそ、今、ビイが使えない。誰もが知っているレールガンなぞ、今更どうでも良い。重要なのは世界初の対人型用のビイの秘匿だ。お前だってわかっているだろうに……」
上げ足ばかりとるな。最後の言葉を、輸送艦の艦橋にいるゼノは声に出さなかった。しかし巨神が勝手に、ゼノの唇の動きを読みとり、とてもよく似た声でゼノの愚痴を操縦室に響かせた。
「上げ足とるな?」エレニアが復唱する。
ゼノの眉間の皺が一本増えた。目を三角にして、固く口を閉じる。
「どっちかと言えば、誤魔化し笑いの方が、見たかったなぁ。……怒った?」
エレニアがゆるりと手を横へ振る。同時に巨神が空を見上げた。
空、さらに上の宇宙にある機械の目――衛星は、巨神を捉える力を持つ。
「この輸送艦のステルス能力を信じて貰いたいな」また輸送艦の艦長が、無精ひげを擦りながら自信たっぷりにゼノとエレニアの通信に割って入った。
「……このオジサン、やっぱり、嫌い」ゼノだけに聞こえる指向性の通信で呟く。
せっかくゼノをからかって楽しんでいたのに。くそぉ、殴りたい。でも、ダメ。エレニアは奥歯を噛みしめて、右ストレートを出したい気持ちをぐっと堪える。巨神が反応してしまえば、輸送艦に大きな穴が開いてしまう。
「輸送艦はどうでもいいけれど、ゼノが怪我しちゃう……のは嫌だから、黒、殴っちゃだめだよ」エレニアは背中で手を組み、靴の踵で床を蹴った。
「考えなしで行動しなくなっただけでも成長したと見るべきか……」
ゼノは振り返って、艦長の顔を見る。
艦長は、無精ひげを摩りながら、目を細め、悦に入っていた。
「知らないって言うのは、恥ずかしいな」その様子を、ゼノはふっと鼻で笑う。
でしょ? でしょ? エレニアのもやもやしていた気持ちがすっと晴れた。
お前は、さっさと照準をつけろ。いつまでも外でいたら、私の最高傑作の巨神でも衛星を抑えきれない。ゼノは声を出さずに、唇をはっきりと動かした。
輸送艦のステルス機能だけでは、巨神の存在を敵国の衛星の目から隠し切れない。ゼノが開発したビイは、現在、人型ではなく、頭上にある味方ではない敵のスパイ衛星を眠らせるために全力で使用されていた。
「はぁーい」エレニアは素早く手を振る。
じゃあ、ちょっと、本気を出して、一緒に踊ろうね。
映像が全て消えた。真っ暗な中に輝く小さな白光。エレニアは人差し指を突出し、光を追いかけながら、踊り始めた。
「まだか?」
艦長は艦橋の窓から巨神を見上げるゼノへ聞いた。
「まだか?」ゼノはそっくりそのままエレニアへ尋ねる。
「……あぁ、もうやっぱり大変。目が疲れる。くそっ、くそっ、もぅ、動くの、やめてよ」しかし人差し指を何度突き出しても、光を押さえられない。
「まだ、狙いが定まらないのか? 相変わらず、射撃は下手だな」
「もぅ、今、頑張っている最中なのに、邪魔しないで」
エレニアは、ゼノの嫌味に口を尖らせた。
「地団駄を踏んでいる間に、さっさと狙え」
「あぁ、そっちからは見えてないくせに、適当なこと言わないで」
「……巨神の足が貧乏ゆすりしているぞ」
エレニアが指を鳴らす。だからゼノって嫌いなんだよ。
「だって、ここって地盤が弱いから、すぐに揺れちゃうし、木が邪魔で……敵衛星経由の情報って、タイムラグがあるし……」
「さっさと情報を解析して、予測射撃しろ」
「あぁ、ビイの方が楽でいいのになぁ。ねぇ、レールガンで衛星を破壊したら、ビイを戦場に回せるよ? それで伝説を粉砕!」
「そうだな、楽だな」ゼノは適当に答える。
「あっ、いいんだ! やったぁ〜!」
エレニアは砲身を直上へ向けた。
「おいっ、やめさせろ!」
艦長が二人の通信に割り込み、怒鳴った。敵国の領内で、敵国の衛星を撃ち落すような真似をすれば、さすがに敵国側の依頼者・協力者も自分たちの存在を隠し切れないだろう。
「衛星に届く前に、弾丸が溶ける」
ゼノが冷静に指摘する。
「……ぶぅ」
「それに現状、使えるビイは一つだけだ。それで伝説が倒せるか?」
「ぶぅ、ぶぅ」
悔しいけれど、仏頂面のゼノの言葉は正しい。エレニアは、唇を震わせながら、砲身を森の地面と平行にして、ぶれる照準を合わせることに専念した。
「仏頂面はよけいだ」
巨神が勝手に、エレニアの口元を読み取り、ゼノへ通信していた。
「ごめんなさぁーい! ……よしっ、いっちゃえ!」
エレニアのかわいらしい声と同時に発射された赤い光は、森を抉りながら、デコイ国の人型に向けて直進した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます