第4話 人型は死神だ

「死ぬな」ミカエル隊長が発した命令を、カーヴは大笑いで応える。

「死ぬ? まさか死にませんよ。当らない! 当らない! 当らないのに、死ぬわけない」

 カーヴの人型は、地上の敵から放たれたレールガンの弾丸を軽快に避けて見せた。青空に引かれたピンク色の直線をぐるりと旋回する。心配するミカエル隊長に、弾丸から擦れ擦れに避けて見せる。

「調子にのると死ぬぞ」

 先輩のバンスの通信に、カーヴは失笑で応えた。喚くばかりのカレンに対しては、返信どころか通信を切っていた。

 カーヴは何事もなかったように地上へ着陸した。着地への負担を軽減するために、わざと枝を何度か掴む。掴んだ枝が、人型の体重に耐えらず折れるごとに、人型の落下速度が軽減された。

 これで二度のジャンプを終えた。着地した人型は、足首まで柔らかい土の中へゆっくりと沈んでいく。カーヴが数歩進む。

 地表に剥き出しの固い木の根へ足が乗った次の瞬間に、根は踏みつぶされた。

 カーヴは、木の枝を巧みに避けて、三度目の跳躍を実施した。おそらく、この一回で、バンスたちの戦場へ到達する。攻撃を巧みに避け、大きな損傷もない。百戦錬磨のミカエル隊長すら死を覚悟するジャンプを、二度もやり遂げた。三度目など、きっと誰も試みたことすらないだろう。初陣のカーヴが盛大に勘違いして、興奮するのも当然だった。

「実戦なんて、この程度だ」カーヴは高らかと笑いだす。

 カーヴの笑い声はわざわざ外部へ発せられた。空中から戦場へ撒き散らされたカーヴの哄笑は、カーヴの意識から漏れ出す慢心を表しているようだ。

「笑ってやがる」味方のバンスでさえ、カーヴの態度に呆れる。

 配属から昨日までの、冷静沈着なカーヴの姿は見る影もない。

 そして当然、カーヴが発した嘲りは、敵の逆鱗に触れる。レールガンの弾の残量など気にしない砲火が、カーヴへさらに襲い掛かった。

 しかしカーヴは、僅かに体を揺らすだけで、敵の攻撃をさらりと避ける。

 地上からカーヴを見上げていたバンスには、鼻の穴を大きくしたカーヴと歯ぎしりする敵の姿とを容易に想像できた。

「戦場で挑発? 手に負えないぞ」味方のバンスが舌打ちする。

 レールガンのピンク色の線が増加して、空が桃色に染まっていく。それでもカーヴは笑い声を絶やさず、攻撃を避けながら、ゆっくりと降下していく。

「じゃじゃ馬娘の従順な犬……恋人かと思えば。昨日までと性格が違いすぎるだろ」 

 初陣のカーヴは戦場の雰囲気にのみ込まれているようだ。

 バンスにだって初陣のときがあった。飛び交うレールガンの弾丸に怯え、決して真正面から敵と撃ち合わなかった。卑怯、臆病と唾棄されるほど慎重だった。だからこそバンスは生き延びた。

 しかし、カーヴはどうだ。

 カーヴの興奮した姿は、初陣で死んだ多くの仲間と同じだった。「全知全能の戦神になったとか、女神さまが俺にはついているとか笑いながら、塹壕から飛び出した瞬間、大型レールガンで、粉々に砕けたよ」

 人型がバンスの意識を自動的に読み取って、戦死した戦友の遺影を映し出す。

 よけいなことを。バンスは後ろめたさに躊躇することなく、さっさと流れるデータを消去していく。――このままカーヴを放置すれば、この遺影の列に並ぶぞ。「冷静さを失った兵士は、格好の標的だ」

 空中にいるというだけで、恐ろしく危険なのだ。さらに敵は、興奮し、慢心し、有頂天になっているカーヴの情報を分析し、確実に仕留める手筈を整えているだろう。

「いつまでも調子に乗るな。敵は、いつまでも怒りに我を忘れるようなバカじゃない」

 バンスが半ば諦め気味で、笑い声の絶えないカーヴへ通信を入れた。

 返答の代わりとばかりに、カーヴの人型は挑発的な動きを続ける。

 次の瞬間、狙いも定めず、全く連携すら取れていなかったレールガンの一斉砲撃が止んだ。

「そうだよ、さっさとあきらめた方がいい。エリントの弾など、当るものか」

 カーヴの独り言はバンスへ届いた。

 バンスは舌打ちを連発する。

「相手は、落ち着きを取り戻しやがったぞ! くそっ! せめて、あのまま、撃ち尽くせばいいものを」

 カーヴと同レベルで、敵も興奮して我を忘れてくれていたら、楽だ。

 しかし敵は無駄撃ちを止めて、カーヴと、そのあとでバンスを仕留めるための弾の残数を冷静に残した。一か所に集まっていた敵の人型の残機三体が、一体がバンスを警戒しつつ、残り二体は、カーヴがように、散開した。

 二体の人型はカーヴを挟むように同距離を保ちつつ、別方向へ進んだ。二体はまるで鏡映しのようにレールガンを構える。

 人型の高い情報収集能力と、高い貫通能力を持ちつつも攻撃範囲の狭いレールガンを逆手に取った、対人型の基本戦術だ。

 どちらを先に狙うべきか。きっと今頃、カーヴの人型の内部では、その判断をカーヴが下せるように、夥しい瓜二つのデータがカーヴの意識を飛び交っているだろう。

 その直後、少しでも動いて敵の狙いを外すべきカーヴの人型の動きか止まった。落下軌道を変化させるための背中の噴射ノズルが、全く動かなくなる。さっきまでと同じく、巧みに木の枝を掴んでの減速もしようとしない。

「カーヴ! 勝とうなんて思うな! 逃げろ! とにかくどっちかへ動くんだよっ。相手の戦術は、イロハのイだろうがっ。養成所で対応策を訓練しているだろ」

 情報過多状態――戦闘経験が豊富な搭乗者ならばデータを全消去して、後退し、立て直す。それはカーヴだって養成所で最初に叩き込まれたはずだ。

 けれどもカーヴからの返答は、呻きだけだった。

 バンスは舌打ちを連発した。

 今頃、カーヴは優劣のつけられない膨大なデータ処理に過負荷を起こし、意識が飛び始めているに違いなかった。

「今更、初心者以下になりやがって……」カーヴは歴戦の戦士でも失敗する跳躍移動をして見せたかと思えば、初めて人型に乗ったときにやらかすミスを犯している。

 さらにバンスをけん制していた敵も振り返り、カーヴを狙う。

 ただの生身の兵士として、レールガンの銃口に三方向から囲まれたら、さっさと手を上げて降参するか、一目散に逃げ出すだろう。そのとき敵のレールガンの残数や、射撃の腕前なんてことは気にしないし、調べられない。

 しかし人型はそれをする。先ず、脅威となる敵から沈黙させるために、ありとあらゆるデータを集めようとする。

 人型は相手の戦力を丸裸にする能力を持っているからだ。人型は、アクセプトした人間が最も安全に敵の攻撃を回避し、確実な反撃を加えられるように、手当たり次第に情報を集めて提示していく。結果、人型の部品となった搭乗者は全知全能の神になったと誤解して、絶対的に不利な状況であるにも関わらず、勝利を確信し、『逃げる』という選択肢が選べない。

 まさに今のカーヴは、人型が示す1%以下の奇跡の勝利を信じた膨大なデータに押し潰され、次の行動が選べないのだ。

「それじゃだめなんだ。生き残るためには、情報なんて無視して、とにかく動いて、動いて、動いて……、動け! とにかく的を絞らせるな! 死ぬ気か!」

 バンスは絶叫する。カレンもカーヴの名前を呼び続けている。

「……カレン」

 ようやく、カーヴがカレンからの通信を開いた。

 敵へ着地予想地点を絞らせないように、前後左右へ動き出す。

 けれど遅かった。敵のレールガンが、カーヴの人型を射ぬいた。カーヴの右足が吹き飛んだ。

「カーヴ!」バンスが声を上げた。カレンは声を失っているようだ。

「……やっぱり人型は死神だ」バンスが呟く。アクセプトしているのに、口の中が苦くなるのを感じた。

 敵に対してじゃない。どんな不利な状況でも、情報を掻き集め、勝てる希望を搭乗者へチラつかせる。搭乗者は奇跡を信じ込まされて、死地へ向ってしまう。

 そうやって、バンスの死んだ仲間は人間に再構成できず、動かなくなった人型と一緒に、鉄屑として処理されてきた。

「出会ったばかりで遺影なんて冗談じゃない! シビアアクシデントになるなよ! くそ、間に合え!」まだ足だけなら……。

 バンスはカーヴが墜落するよりも早く、敵へ飛び込む。

 カーヴを救うために三体の敵のどれを狙うべきか――バンスが判断できるように、人型は敵の位置情報、損傷状況、敵の人型のスペック、陽光による視界の制限の補正や、空気密度によるレールガンの射程誤差などの情報を、人型の脳・神経系・意思であるバンスの意識へ大量に流し込む。

 しかしバンスは、意識に覆いかぶさる全ての情報から、見たままに最も近い光学情報だけ選択する。後の情報は平然と消去する。

「目の前のやつ! と、その後ろのやつ! 二体は潰してやる。あとはお前の運次第だ」

 バックアップのCPUで処理できる程度の基本情報だけで、バンスは人型を動かしている。最適化なんてくそくらえ。バンスの戦い方は搭乗者の常識からすれば、谷底へ架けた紐の上を目隠しして歩くのと同じだ。

 しかし情報処理の時間を必要としないおかげで、バンスはどの搭乗者よりも素早く判断して、最速で動ける。

 ミカエル隊長は、大量の情報を瞬時に処理することによって、他の人型より速く動ける。

 ミカエル隊長が正しくて、バンスが無謀――違う。バンスの戦い方も、人型の可能性の一つだった。

「ほらっ、弱い者いじめなんてみっともない! お前たちの仲間を倒したのは俺だっ」カーヴと同じく、外部発信で敵に言葉を投げるつける。

 バンスに狙われた敵は、カーヴを捉えていたレールガンの銃身をバットのように振り回して、バンスへと向けた。振り回した銃口に折られた枝が、バサバサと地面へ落ちる。

 それを見た直後、バンスは横へ跳ぶために膝を曲げた。その瞬間、人型からそのための情報が大量にバンスへ送られる。バンスはいつも通りに全て無視した。踏み込んだ足が地面にのめり込むかどうか、急激な方向転換で下半身の関節の負担予想など、行動を起こす前からいらない。

 転ばぬ先の杖を準備している時間は戦場にはないと、バンスは経験から学んでいる。

「ミカエル隊長……あの人ならば、そこまで情報を処理して、俺より早く、確実に動くだろうけれど……そんな真似は、誰にだってできやしないよ」

 苔で少し右足を滑らしたバンスが、辛うじて態勢を整えつつ、自分自身へ言い訳した。

 バンスを確実に捉えるために、情報を解析する敵は、バンスの動きに一呼吸遅れた。

 遅れを取り戻すために、レールガンの銃身を乱暴に横へ振る、

 次の瞬間、木と敵のレールガンの銃身が激突し、落ちた敵のレールガンが地面へのめり込む。敵は、思いがけない出来事に反応できず、茫然と構えた格好のまま固まったようだった。

「悪く思うなよ……お前の情報選択のミスだ」きっと多くのデータの中に、木の位置データもあったはずだ。しかし敵はそれを処理する前に動いてしまったのだ。

 バンスは無手になった敵の人型の肘にレールガンを当て、躊躇なく引き金を引いた。

 ピンク色の射線が地面へ突き刺さったあとに、その場に人型の右腕が落ちた。

「ほら、これで、撤退しても言い訳できるだろ?」

 生身と同じく、敵は戦闘不能状態に陥った。むしろ生身ならば、まだ反抗を試みるかもしれないが、敵の人型は冷静に『降伏・撤退』と判断しているだろう。

 そうバンスもわかっているのに、自分のレールガンの銃口を、右腕のない人型の頭部へ当てた。撃ち終えたばかりのレールガンの銃口が人型の表面装甲を黒く焦がす。

「それとも、シビアアクシデントを望むのか? 修復できるかどうか、1%以下の確率に賭けるなら俺ものってやるぞ」これは残り二体への脅迫だ。

 バンスは次の弾丸を手動で装填した。その直後、敵の人型はバンスへ背中を見せて、カーヴとは反対方向へ走っていく。

「まだわからないのか! お前たちもさっさと帰れ!」

 バンスは雄叫びと共に、視界に捉えた次の人型へと、銃口を向けた。

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