二話 夜

 昔、とある山の頂上に、小さな寺があった。

 ある日そこの和尚は、他の寺を参拝するために短い旅に出た。

 残された小僧たちは、毎日経を読んだり寺内を掃除したりして、和尚の帰りを待っていた。




 その日、麓の小さな村で人死にが出たと言われ、二人の小僧が葬式のために山を下りた。

 葬式を手伝ってくれた村人の話によると、亡くなったのは十にも満たない男児だという。

 朝に夫婦が起きると、息子の布団が血で赤く染まっていた。二人は慌てて家中、村中探し回ったが、結局死体は見つからなかった。

 お礼として、夫婦からいくつかの野菜を貰い、小僧たちは寺に帰った。






 翌日、一人の小僧が、薪を集めるために山道を歩いていた。

 彼は、山道の途中にある、巨大な岩の前で足を止めた。

 岩の半分以上に、べったりと赤黒い血がついていた。

 この大きさは熊だろうかと、小僧は思った。






 翌日、庭の掃き掃除をしていた小僧が、酷く慌てた様子で、寺内にいた小僧たちを呼び集めた。

 皆が訝しげに庭に出た。見ると、鳥小屋から和尚が大切に育てていた雄鶏が、一匹残らずいなくなっていた。

 鳥小屋の戸が開けられていた。中には羽は一枚も落ちていなかったが、代わりに血が生々しく、あちこちに飛び散っていた。

 小僧たちは和尚に叱られるのを恐れ、どうすればいいのかをその場で話し合った。

 と、一人の小僧があることに気が付いた。

 血の跡が、山の麓から、だんだんとこちらに近付いてくる……。

 小僧たちの間を、冷たい風が吹き抜けた。






 夜、小僧たちは部屋の隅で震えていた。

 あの後、彼らはこの部屋の襖や障子を全て閉め切り、そこから一歩も出なかった。

 しかし恐れていたことは何も起こらず、先程のはただの思い違いだと感じられるほど、小僧たちは落ち着きを取り戻していた。

 腹も減ったしそろそろ夕食にするかと、彼らが小声で話していたその時、庭の方で物音がした。

 小僧たちは顔を見合わせ、庭に繋がる障子に視線を向けた。

 周りに押されるように、一番年下の小僧が前に出て、ゆっくりと障子を開けた。

 しかし、外には、何もいなかった。

 小僧は安堵し、先輩方に目を向けた。すると彼らは、引きつった顔で小僧の後ろを指差した。

 振り返ると、見たことのない化け物がぶら下がっていた。

 化け物が髪の毛を振り乱しながら、年下の小僧の顔を、鉤爪の付いた手で掴んだ。

 後は只、そこが阿鼻叫喚の地と化するだけであった。













 ある朝、和尚が旅を終え、寺に帰ってきた。

 長い石段を登り終えた和尚は、血の匂いを嗅ぎ、胸騒ぎを感じながら庭の方へ回った。

 庭に面する部屋の障子が、大きく開け放たれていた。

 その中に、小僧たちの姿は無かった。

 黒ずんだ血が、襖や障子、天井にまでこびり付いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る