燈台下語り
夢月七海
一話 悪戯
少女は仲の良い友人に電話をかけた。
数回呼び鈴が鳴った後、ガチャリと受話器の取れる音がした。
「…もしもし…」
いつもと同じように、弱々しい友人の声が聞こえた。
少女は嬉しさのあまり口元を大きく吊り上げ、出来るだけ高い声を出して言い放った。
「わたし、メリーさん。今、駅にいるの」
相手の息を吞む音がして、勢いよく受話器が切られた。
喉の奥からくつくつという音が湧き上がってきた。少女はしばらく、一人で意地悪く笑った。
それから三十分後、少女は再び同じ友人に電話をかけた。
警戒したのか、電話は長いこと鳴っていた。少女は苛立ち、五本の指で忙しなく、電話の乗った机を叩いた。
ガチャリ。
やっと電話がとられた。少女はほっとしたあまりに笑顔になってしまう。
「……」
友人は得体のしれない通話相手を恐れているのか、黙ったままだ。
そこで少女も、たっぷりと沈黙を流した後に言った。
「わたし、メリーさん。今、学校にいるの」
ひいっ……と小さな悲鳴がして、電話が切られた。
友人の反応がただただ嬉しくて、少女はあの悲鳴を心の内で反芻し、恍惚の表情を浮かべた。
そしてまた三十分後、最後の仕上げにと少女は三度電話をかける。
やはり、友人はすぐには受話器を取ろうとしない。しかし、不思議と少女は冷静だった。
許さないんだから……。
少女は口のみを動かして、そう言った。未だに甲高く響いているベルの音を背景に、少女の目は昼間の学校での出来事を辿っていた。
……今日、学校に少女は、母親に買ってもらった虹色に光る鉛筆を持ってきていた。少女はそれを友人はもちろんクラスメイトのほぼ全員に見せ、自慢した。
昼休み、少女がトイレから戻ると、机の上に置いた鉛筆が無くなっていた。友人が自分自身の机に、何もせずに俯いたまま座っている姿が、目に映った。明らかに、様子がおかしい。
――あんたが盗んだんでしょ。絶対。返してよ。
少女は友人の前に仁王立ちし、息もつかせずにまくし立てた。すると友人は俯いたまま、机の中から虹色の鉛筆を取り出した。
――ごめんなさい。欲しかったの。すごくきれいだったから……
友人はむせび泣きながら、小さな声で謝り続けた。
しかし、少女は許さなかった。泣きじゃくる友人に、ありったけの罵詈雑言を浴びせかけた。
ふと気づくと、少女と友人を囲むように、教室にいた同級生達が集まっていた。
――言い過ぎじゃないの? ――やな奴。 ――あいつ、いつも偉そうだな。
ひそひそと話す声がした。同級生たちは友人に同情すると共に、少女への日頃の不満を述べていた。
少女はただ、唇を噛んで、立っていることしか出来なかった。
…ガチャ。
やっと電話が取られた。少女が何も言っていなのに友人は、もうすでにすすり泣いている。
少女はその鳴き声を、妙に冷静な心持ちで聞いていた。そして、小さく息を吸い込み、言った。
「わたし、メリーさん。今、あなたの家の前にいるの」
甲高く、長い悲鳴が、受話器を震わした。その直後に受話器を取り落したのか、ガンという衝撃音がして、急に静かになった。
少女は笑った。上を向き、高らかに、声を出して。勝者のような笑い声は、少女の家に鳴り響いていた。
と、受話器の向こうから僅かな物音が聞こえ、少女はやっと笑うのを止めた。どうやら友人が、受話器を持ち直したらしい。
メリーさんの正体に気付いたのかしら?
少女は受話器を当てた左耳に意識を集中する。
「……私、メリーさん。今、あなたの家の前にいるの」
少女が先ほど言った言葉が、そっくりそのまま返ってきた。それは確かに友人の声だったが、いつものおどおどした様子を感じさせない、堂々とした声色だった。
何を言ってるのだろう、あの子は。少女は不快感から眉を顰める。
その時、玄関のドアがやけにゆっくりと開き、少女は訝しげにそちらの方を向いた。
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