(第2話)二人の絆

俺達の住むこの国、「豊穣の国」セフィーリアは、その二つ名の通り自然溢れる国だ。

領土の多くに豊かな自然を擁し、そこで育まれる様々な作物や動物を特産品として各国に輸出する事で栄えてきた。

そうした自然の恵みが多く採れるのは、大昔実在したと言われる、自然を司る魔術を扱う大魔術師セフィーリアが、かつてこの場所で魔術を用い、国土に豊かな自然と生命をもたらしたという伝説に由来していると言われている。


そして代々この国を統治しているセフィーリア王家は、この大魔術師の子孫であるとされ、その由来に違わず、長い歴史の中で磐石な国家を築き上げて来た。

現在の統治者であるレウアス・アルフレッド・セフィーリア王は、歴代の王の中でも特に聡明で心優しい王として、国民から厚い支持を得ている。

そうした豊かな土地、優秀な王による統治の下で、この国の者は皆一様に平和を享受して幸せに暮らしている。



そしてその王家の一人娘が、俺の幼馴染のローズなのである。

しかし、なぜ王家の者と俺が幼馴染という関係なのか、疑問に思うだろう。

話すと長くなるのだが、この事には、俺の両親とローズの両親、つまり現在の国王と王妃が、学生時代からの親友だったことが関係している。


俺の親父は騎士だった。

親友である国王に忠誠を誓い、この国を守るために戦った親父は、国の存続の危機とも言われたある戦争に出兵したきり、2度とこの国に帰ってくることは無かった。

母親もこの戦争の時に亡くなったと聞かされている。

俺が6歳ぐらいの時の事だ。


当時の俺は人の死というものを理解出来ておらず、突然いなくなってしまった両親に戸惑い、悲しみ、深く苦しんでいた。

そんな時に、心の支えになってくれたのがローズだった。

戦争後、親友である俺の両親を失ったことに胸を痛めていた国王は、その息子である俺の悲しみを少しでも癒やすことができたらと、国王直々に大事な一人娘の遊び役となることを許してくれた。

それ以来、俺は頻繁に城に出入りするようになり、わがままなお姫様の遊び相手として、楽しいこと、辛いこと、様々な経験を共有しながら、共に育ってきた。


そうした運命のイタズラとも言える繋がりから始まったローズとの関係は、お互い16歳になった今でも続いている。



そんな話の当人であるローズだが、先程の状況からどうなったかと言うと、何故か騎士達を往来に正座させて説教をしている。


鎧に身を包んだ屈強な男達が、小柄な少女の足元で一様に項垂れる姿は、ひどく現実味がない光景だ。


ローズは顔をひどく紅潮させ、今までに溜まっていた不満を爆発させ、騎士たちにまくし立てている。


「だから!お前達は!何度言ったらわかるのだ!護衛してくれるのは有難いが、あまりにも過保護すぎる!今など、私はちょっと転んだだけだぞ!なぜ担架を持ってくる必要がある!」


「し、しかし姫様…私達は国王様直々のご命令で姫様の身辺保護を受け賜っておりますので…万が一にも姫様の身に何かあったらと…」


「ぬうぅぅぅ!だからと言って限度があるだろう!」


ローズは地団駄を踏んで騎士達の弁解に抗議した。

彼女の綺麗な金髪がそれに合わせて激しく揺れる姿は、まるで怒り狂った獅子を思わせる。


何度も言うが、ローズはこの国の王家たる一族の、大事な一人娘だ。

場合によっては、この国の将来を担う事になる、この国にとって最も貴重な人物なのである。

本来ならば、城から一歩も出られない生活を強いられていても、なんら不思議ではない。


だが、この国が非常に平和であること、さらに王家の教育方針として、幼い頃から民衆と共に過ごす時間を大切にするという事が慣習になっていることから、ローズのように王家であっても普段からある程度自由に城外を出歩けるし、俺のような 平民も通うような学校に入学することも出来たというわけだ。


だが、そんな恵まれた環境にあっても、仮にも王家の人間。最低限の護衛は必要である。

だからこのように、ローズの周りには常にその身を保護する王国直属の騎士が複数名ついている。

普段から物陰、建物の上、はたまた今回のように道端の木陰に潜み、ローズの動向を逐一見守っているのだ。


しかし、そんな騎士達がこれだけ過保護になるのには、ローズにも原因がある。

ローズは幼い頃から、好奇心旺盛で楽しいことが大好きな子供だった。

そんなローズの溢れるエネルギーは城の中だけで留まるはずもなく、護衛の目を盗んではよく城から抜け出し、城下町や自然の中で大冒険(本人談)を繰り返していた。

当然、遊び相手だった俺も度々それに付き合わされていた。

自分の名誉のためにも言っておくが、勿論引き止める俺に全く耳を傾けないローズに強引に引きずられて、無理矢理に、である。


そんなことが長年繰り返される内に、騎士達も気が気ではなくなり、このように過保護すぎるまでにローズを心配するようになってしまったのである。


「ぬぅぅぅ!今日という今日は言ってやるぞ!私はもう16なのだ!立派な淑女なのだぞ!そのような蝶よ花よと扱われるような年齢ではないのだ!」


ローズの地団駄はそれを通り越して、まるで地面を砕く爆撃のような猛々しさを伴ってきていた。

おおよそローズの言うような、「淑女」という言葉は、お世辞にも相応しいとは言えない姿だ。


「それに!私が一番我慢ならないのは!アレンとの二人きりの時間を邪魔されることだぁぁぁぁ!」


咆哮、と形容するのが一番正しいような、そんなローズの叫びが、閑静な町に木霊する。


「ま、待て待て…!ちょっと落ち着けって…!こんな朝から道のど真ん中でなんて事叫んでやがる!」


言ってる内容も内容だが、人間の喉の限界点まで張り上げたような、そんな声で叫ばれると、近所迷惑も甚だしい。

事実、周りの建物から顔を出してこちらを覗く住民が視界の端に点々と見えた。

流石に不味いと思い、ローズと騎士達の間に割り込んで仲裁に入ったが…


「ぬうぅぅぅぅ!止めるな、アレン!こいつらに分からせてるまでは私は絶対に止まらんぞ…!」


ローズは完全に目が据わっていた。

鼻息を荒らげて、今にも騎士達に飛びかかって喉元を食いちぎらんとしているかのようなその姿は、今初めてローズを見た者にこの国の姫だと説明したら鼻で笑われてしまいそうだ。


騎士達はそんな1人の小柄な少女の様子にすっかり気圧され、怯えきっている。

王国直属の騎士がそんな事でいいのか、と思うかもしれないが、長年一緒にいる俺でさえも、命の危険が頭の隅を過ぎるような表情なのだから、仕方がないとさえ思う。


だが、この場を何とかして収めなければならない。

正直なところ、ローズの言っていることにも賛同できる部分がある。


俺は覚悟を決め、一か八かの行動に出た。


「ローズ、そして騎士の皆さん、少し俺の話を聞いてください」


そう切り出すと、ローズと騎士達は一瞬ピタリと止まった。

あとは勢いに任せて、そのまま言葉を続ける。


「騎士の皆さん、貴方達の気持ちはよく分かります。ローズは本当に破天荒が服を着て歩いているようなやつで、そんな姿が皆さん心配で堪らなく、いつもいつも酷く心を痛めていらっしゃるであろう事は想像に難くありません」


「おい!アレン!」


ローズは憤りを隠せない様子で俺に講義の弁を投げかける。


「ローズ、頼む。今だけは少し静かに聞いてくれないか」


俺は優しく諭す様に少し声のトーンを落として、ローズに言う。

ローズはそんな俺の姿を見て、本当に渋々といった様子で大人しくしてくれた。


「ぬぅ…アレンがそこまで言うなら…」


俺は言葉を続けた。


「でも、ローズの言いたい事も分かるんです。俺たちはもう16歳。自分で考えて、自分で行動して、自分で道を歩いて行かなければならない年齢になりました。今まであれだけ自由に振舞っていたからか、ローズはいつまで経っても目が離せない存在に思うかもしれません」


俺の言葉を、騎士達は真剣な表情で静かに聞いてくれている。


「でも、ローズは色々な事を自分で考えられる、誰よりも他人を思いやれる、立派な女の子です。王家の一人娘だから、その理由で彼女を縛りすぎてしまっては、それは彼女のためにならないのではないでしょうか」


きっかけは勢いだったが、自分でも驚くほど心の奥底から次から次に言葉が出てくる。


「姫君を絶対にお守りするという、騎士の皆さんの強い信念は、同じ男として強く尊敬しています。しかし、ただ頑なに排除しようとするのではなく、もしローズがつまづいたら、自分でどう立ち上がるのか見守る事の方が、今の彼女には必要なのではないでしょうか」


いつの間にかローズも、真剣な表情で俺の顔を見つめていた。


「ただ、それでもやはり不安は尽きないと思います。だから…ローズは俺が一緒にいて、必ず守ります。決して目を離さないように、そばにいます。若造の戯言と思うかもしれませんが、これは俺の、一人の男としての約束です。」


静寂の中、ただ俺の声だけが町に響いていた。


「だから、もう少しローズを信じて、見守ってやってくれませんか。俺の、心からのお願いです」


そう言い終わり、深々と頭を下げた。

暫しの沈黙の後、騎士の一人が優しい口調で俺に語りかけてくれた。


「頭を上げてくれ、アレン君…。ありがとう、君が本当に真剣に姫様の事を考えてくれている事が分かったよ。それと同時に、私はなんて愚かだったのか、やっと気づいた。国王の名を受け、姫様に仕えて数年、姫様の事は娘のように、本当に大事に思ってこの任務に就いていたが、どうやら間違っていたようだ」


騎士はそう言うと、目を赤らめて続けた。


「君の男としての覚悟、しっかり受け取ったよ。これからは、姫様の成長を願って、必要以上に干渉する事はやめようと思う。勿論、姫様に本当の危機が訪れれば、必ずお守りする。君と一緒に、ね。…姫様を、頼んだよ」


騎士は、震えた声で伝えてくれた。


「…本当にありがとうございます。必ず約束、お守りします」


騎士は俺のその言葉にニッコリと笑うと、


「よし、お前達!任務に戻るぞ!…姫様、今まで失礼を致しました。これからもどうぞ、よろしくお願いします」


「…あぁ。私も愚かだった。これからも、頼りにしているぞ」


ーこうして、なんとか事態は収束した。

全身の緊張が解けると同時に、周りの野次馬から拍手が聞こえてきた。

予想もしていなかった事に、俺はすっかり呆気に取られてしまった。


「…え、あ、お騒がせしました…」


俺はただただ、周りにたどたどしく頭を下げるしかなかった。


そんな中、ふとローズの方を見ると、先程騎士に怒っていた時よりも真っ赤に紅潮した顔が目に飛び込んできた。

しかも目は今にも涙が溢れだしそうなほど潤み、体はモジモジと常に揺れ動き、落ち着きがない。


「ア、アレン…」


ローズは妙に艶っぽい震えた声で俺の方を見つめながら言った。

見慣れない彼女の様子に、不覚にもドキッとしてしまう。


と思った矢先、ローズの両足が宙に浮き…


「アレ〜〜〜〜ン!!!!」


両手を伸ばしたまま俺の胸にタックルの要領で飛び込んできたローズを、当然支えきることなど出来るわけもなく、俺は街の往来に思いっきり仰向けに倒れ込んだ。その上には、先程のゆでダコのような顔の少女が覆い被さった。


「アレン…わ、私は今まで生きてきて今日ほど幸せな日はない…!連れない奴だと思っていたが、まさかこんな町中であんな男らしいプロポーズをしてくれるなんて…幸せすぎて死んでしまいそうだ…!」


床に叩きつけられた衝撃に目を白黒させていた俺だったが、その言葉を聞いた瞬間、頭がフル回転し、状況を理解した。いや、してしまった。


「なっ…!ち、違う!あれはプロポーズとかそんなんじゃなくて…!」


間違いなく俺の本心だった事は否定しないが、決して愛の言葉なんかではない。

しかし、どうやらローズはもう歯止めが利いていないようだった。


「あぁ…アレンと毎日愛を囁き合って過ごす日々は、今のこの瞬間より幸せなのだろうか…あぁ…あぁ…」


俺の腹の上でマウントを取って、頬に手を当てしきりに体をくねくねさせている少女は、どこか別世界に意識が旅立ってしまっているようだ。


周りの野次馬からも、囃し立てる様な声が次々と聞こえてくる。

おい、今、「子供は何人ですかー!」って叫んだやつ。後で絶対に見つけ出して一発ぶん殴る。


「うへへぇ…三人ん…」


ローズ、お前もしっかり答えてるんじゃない。


この場を収束させるのは確実に無理だと判断した俺は、体をよじってマウントを脱し、未だ惚けたままのローズを置き去りにして立ち上がった。

ひったくるように地面に投げ出された自分の荷物を拾い上げた俺は、野次馬を掻き分けて走り出した。


「悪い!ローズ!先に行くからなぁぁぁ!」


はっと意識を取り戻したローズは、一瞬で事態を把握したのか、とんでもないスピードで俺のあとを追いかけてきた。


「待ってぇぇぇアレ〜〜ン!置いてかないでくれぇぇぇ!むしろ抱きしめてぇぇぇぇ!」


脇目も振らず全速力で学校に向かいながら、俺は心の中で、


『騎士の皆さん、やっぱりあの約束、守れないかもしれません…』


と、全力で謝り倒していた。



こうして、平和な町の朝が過ぎていった…


3話に続く…







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魔法世界の騎士道(シヴァルリィ) レシル @rsl

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