第28話 DAY.48 兆し

 意識が覚醒すると同時、勢いよく上体を起こす。窓から差す日差しに目を細めつつ、腹の底から湧き上がってくる不快感に眉をひそめた。

「うっ」

 不快感は吐瀉物となって俺の口からこぼれ落ちた。

 額の汗を拭ったところで、全身が汗でびっしょりになっていることに気がついた。

 今日の夢は一段とひどかった。昨日あれだけ魔術を酷使したのだから当然ではあるが、眠りについたのがはるか昔のことのように思えるほど長く痛めつけられた。

 手元を見下ろすと、掛け布団がばっちり汚れてしまっていた。

 どうしたものか。ナズナに隠そうにも、これの片付けをこっそりやるというのはさすがに無理がある。

 と、思い悩んでいたところに図ったかのようなタイミングで部屋の戸がノックされた。

「ユウト、起きてる?」

「ああ」

 返事をすると戸を静かに開けてナズナが入ってきた。

「そろそろ朝ごはんなんだけど……って、それ」

「すまん。吐いた」

 心配そうに歩み寄ってくるナズナ。

「汗もすごいよ。体調悪いの?」

「いや、そういう感じはないが」

「解析魔術使ってみるね」

 例によってナズナが宙空に作り出した魔術陣が俺の体を通り抜けていく。解析が完了して魔術陣が消えると、ナズナは首を傾げた。

「確かに体におかしいところはないね。だとすると……精神的な原因?」

「いや、心も体も健康そのものだ。心身の頑丈さには自身があるからな。裸で街を一周しても、風邪も引かなきゃ羞恥も感じないぞ」

「羞恥は感じたほうが健全だと思うんだけど……。冗談はおいといて、その、魔術使ったあとに見るっていう夢のせいって可能性はあるのかな?」

「どうだろうな。あるのかもしれないけど、体はピンピンしてるし問題ないだろ」

「うーん……」

 ナズナは納得いかなそうに腕を組んで唸る。

「やばそうだったらナズナを頼るから、な? わからないことを延々と考えてもしょうがないって」

「どっちにしても原因がわからない以上は手のうちようもないからしょうがないんだけど……本当に何かあったらすぐに言ってね?」

 念押しに俺が頷いて応えると、ナズナは先に食卓の方へ戻った。俺も汗で濡れた服を着替えてから、朝食をとるべく部屋を出た。

 今日もいつも通り、俺とナズナとユリで朝餉にありつく。並んでいるものもベーコンやパン、サラダ、スープと代わり映えしない。限られた土地で作られたものでまかなっているのだから当然といえば当然なのだが。

「うん、うまい」

「よかった」

 何気ない会話をはさみながら、和やかに食事は進んでいく。

「……なんか、寒くないか?」

「え? ううん、ちょうどいいくらいだと思うけど」

 ふと、寒気を覚えて口にしてみたものの、ナズナからもユリからも同意を得られなかった。ただ、自分で言っておいてなんだが本当に寒いのかよくわからない。

「……いや、暑いのか?」

「暑くもないと思うんだけど……」

 今度は急に体が火照り始めたような感じがする。スープを飲んだせいではないと思うんだが。

 でもやっぱり寒いような気もするし、なんか肌がピリピリするような感覚もある。

「本当に大丈夫? やっぱりどこか悪いのかな。もう一回解析魔術かけてみようか?」

「念のためお願いしとくか。起きてから時間が経ってなんか状態に変化があったかもしれないし」

 多分、ナズナは自分が解析魔術で見落としをしたんじゃないかと不安になっているんだと思う。そこまで心配するようなことじゃないと思うけど、気が済むまで調べてもらった方がナズナの精神衛生的にもいいだろう。

 ということでもう一度解析してもらったが結果は変わらず。

「ほら、大丈夫だって」

「……一応ロマルさんにも見てもらった方がいいかな? 魔術陣の影響ってことだったら私よりロマルさんの方がわかるだろうし」

「明日も調子が悪かったらそうしてみるよ。でもロマルが何か見つけたからって、すぐには信用しないぜ。だってナズナが二回も解析して問題なかったんだ。これ以上のお墨付きはない。俺はナズナの腕を本気で信頼してるからな」

「……えへへ、そうだよね。私に見つけられない異常なんてないんだから」

 ややから元気な感は否めないものの、ナズナは笑顔で胸を張ってみせる。

 しかしこれはなんなんだろう。暑さと寒さが同時に襲ってくるような奇妙な感覚。

 肌のしびれは徐々に痛みと言っていいものに変わりつつある。今のところ、生活や戦闘に支障が出るような状態ではないが、あまり好ましいものではない。

 ……明日には治っているといいんだが。

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