第27話 DAY.47 戦いのあと
かろうじて歩くことのできた五班の防壁魔術師を除く戦闘要員五人は、ユリ、敷設魔術師、カズラがそれぞれ一人ずつ、俺が二人を運んで帰還した。一人は背負ったが、もう一人は引きずるような形になってしまった。
「大丈夫か? 悪かったな」
しかも敵を迎撃する度に放り出す形になったから、それなりに大変だったに違いない。一番元気だったやつとはいえ、ちょっと申し訳ないことをしたと思う。
「とんでもないです。本当にありがとうございました」
泣きながら弱々しい声で言う。なんとか大丈夫そうでよかった。生きている状態でここまで連れてこられれば、俺の責任は果たしたといえる。
「あー、もうだめ。疲れた」
外壁の内側に入ってすぐのところで、俺も引きずってきた隊員の横に座り込んだ。
緊張の糸が切れると同時に強化魔術の効果も切れた。盛大に酷使したから夜が怖いな。まあ誰かに死なれて寝覚めが悪くなるよりはずっといいか。
ふと顔を上げると、誰かが走り寄ってくるのが遠くに見えた。誰か、ってこの状況で駆けつける人間なんて一人しかいないけど。
「よう、お疲れ」
「お疲れじゃないよ! 出血が……!」
鬼気迫る顔のナズナがしゃがみこんで俺に目線を合わせる。
「いや半分くらいは返り血だよ。やばいのは左腕だけだ。それもほとんど止まってる。先に他の隊員の容体を確認してくれ」
「……わかった」
ややためらいながらも立ち上がり、すぐそばに寝かされている他の隊員たちの様子を確認していくナズナ。それと入れ替わるようにしてユリがこちらに来た。
「体、大丈夫?」
そう言って俺の右隣に座り込む。
「ああ、おかげさまでな。しかし生身で間合いに入ってくるとか、無茶したもんだよな」
「ユウトに一人で死なれるくらいなら、共倒れになる可能性があってもああした方がましよ。でも無茶とかユウトに言われたくないわ」
発動地点に近づいて、精度に自信が持てたことが成功につながったってことだろうな。ユリの言う通り策の実行そのものが無茶だったし、しょうがないか。
「……ありがとね」
「何がだ?」
「弱気になってた私に発破かけてくれたこと」
「まあ、その、なんだ。我ながらちょっと青臭かったけどな」
極限状態だったしな。何をどこまでどういう風に言うか、とか考えてる余裕がなかったから相当臭いことを言った自信がある。
ユリはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見つめる。
「私はユウトの唯一、なんだっけ?」
「やめろ、蒸し返すな」
俺が言うと、ユリのからかうような笑みが急に凛々しい表情になる。そしてわずかに口角を釣り上げると、髪を撫で上げて言った。
「ユリは俺の唯一なんだよ」
「そんなキメ顔をした覚えはない!」
「私の目にはそう見えたわ」
「ナズナに目の調子を見てもらうといい」
ユリはくつくつと笑うと、真面目な顔で前を向いた。
「でもあながち冗談でもないのよ」
「え?」
「ふふ、なんでもない」
何がいいたいのかよくわからない。言い方や表情からしてからかってるわけではないのはなんとなくわかるが。俺が無意識にキメ顔してたってことか?
しばらくそのまま黙っていたが、不意にユリがつぶやいた。
「ちょっとだけ気持ちが楽になったわ」
「うん?」
「家柄のせいで、いろんな人に期待されてきたから。もちろんそれ自体は嫌じゃないし、私の誇りでもある。でもさすがに疲れてきてたみたい」
「そりゃ疲れもするだろうな」
「みんな私に頑張れって言ってくれるの。ナズもナズで前しか見てないから基本的にはそう。応援してくれてるはずなのにね、私がひねくれてるせいか『今のお前には何もできないんだ』って言われてるような気になってきて。実際そうなんだって思うようになってた」
自嘲するように笑うユリ。
「だから今の私にできることをちゃんと見て、それをやれって言ってくれたことがすごく嬉しかった。今の私にも、私にしかできないことがあるって言ってくれてちょっと気持ちが楽になったの」
確かに、ユリの表情は心なしか晴れやかに見えた。
「今まで、本気になった瞬間ってほとんどなかった気がするのよ。それは多分、周りの人が教えてくれる理想、幻想と言ってもいいかもしれないけど、とにかくそういうものばかり遠い目で見ていたからなんだと思う。でも今日は違った。今の私がやるべきことをユウトが示してくれて、それに本気で、ううん、文字通り死ぬ気で挑めた。こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど、ドキドキしてちょっと楽しかったわ」
「おいおい」
「ふふ、なんか変ね。私」
そう言って、ユリは今までに見せたことのないような子供っぽい純真な笑みをこちらに向けた。不覚にも心臓が大きくはねた。
「あのー」
狼狽を密かに隠した俺の背後から、無感情な声が聞こえてきた。
「イチャイチャ……もといお取り込み中のところ悪いんですけど、治療していいですか」
声の通り感情の読み取れない能面のような顔のナズナが、俺を見下ろしていた。
「あ、ああ。頼む」
「ええ、なんなら手繋いだりチューしたりしながらでも構いませんので、ええ」
「じゃあお言葉に甘えましょうか」
と、本当に俺の右手をとるユリ。そしてこちらに向けていた顔をゆっくりとこちらに近づけてくる。
「うわああ、ダメダメダメっ!」
「いででででっ!?」
慌てたナズナがユリと俺を引き離そうと、なぜか俺を引っ張った。しかも左腕。
「ああっ!? ごめん! ごめんね! 本当にごめん!」
慌てに慌てたナズナは俺の左手を労るように優しく持ち上げた。右手にユリ、左手にナズナの両手に花状態である。片やからかい、片や謝罪という内実は夢もロマンもないものではあるが。
「大丈夫だけど、大げさだろ。いくらユリだって本当にするわけないんだからさ」
「えー、でも今の雰囲気だとそのままキスしてお互いに愛を誓ってベルが鳴っちゃいそうな感じだったし……」
「左手いかれた状態で結婚式挙げたくはないな」
「――ってそうだった! 早く治さないと!」
ナズナは気を取り直して俺の腕に手をかざし、呪文を唱える。
「ちなみにだけど、もしユウトがよけなかったら本当にキスしてたわよ」
と、ユリが本気とも冗談ともつかないトーンで言ってくる。ナズナも思わず治療を止めてユリの方を向いた。
「……からかってる?」
「ふふふ。さあ、どっちかしらね」
そう言っていつになく楽しげに笑うユリに、俺とナズナは思わず顔を見合わせるのだった。
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