第25話 DAY.47 風をまといて

 二から四班と別れた直後にまた敵襲を受け、とうとう五班も離脱した。ここからは行けるところまで行くだけになる。

 全力で先を急ぐ。ただし魔術陣敷設のために同行しているローグは訓練を受けていないためどうしてもそれに合わせた速度になる。

 カズラはもともとの運動能力が高かったらしく、訓練に付き合って少し走りこんだら普通に俺たちについてこれるようになっていたので問題ない。

「大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか」

 六百メートルを少し超えたところで、少し速度を緩める。目に見えて魔術師の息が切れ始めていた。ジョギング程度に速度を落とした状態で進行を続ける。

 そのまま五十メートルほど走り、七百メートル地点手前まで来た。

「すみません、少し落ち着きましたので」

「わかりました」

 ローグからの申告を受けて再びスピードを上げた。

 心臓の鼓動がうるさいのは、緊張のせいもあるだろう。全身をものすごい速度で血液が駆け巡っている感じがする。さすがに普段より呼吸の乱れが激しい。

 しかしやり遂げなくては。成果を持ち帰り、英雄になる。今まで以上の功績を上げ、誰もが認めるような存在になるんだ。

 八百メートル半ばというところで、狭いが木々のない原っぱのような場所が見えた。周囲も警戒しやすいし、地面の上の障害物も少ない分魔術陣も設置しやすいはず。

 ……どうするべきか。目標は一キロ地点だ。これでは目標にはやや及ばない。失敗ではないにしても作戦を完遂したとは言えなくなる――。

 さらなる進軍へと意識が傾きかけたとき、不意にナズナの顔が頭をよぎった。

 ストラテラの死に打ちひしがれる顔。傷ついた住民を救えなかったときの悲痛な顔。そして傷ついた俺が目を覚ましたときの安堵に涙した顔。

 やはり残してきた隊員たちが気がかりだ。防壁魔術があるとはいえ、この未知の状況下では不測の事態が起きないとも限らない。極力離れすぎないようにして、いざというときすぐに駆けつけられるようにしたい。

「そこの草っぱらで魔術陣を敷設する! いいですね!?」

「もちろん! 助かります!」

 数秒後、原っぱに到着。呼吸を整えつつ、すぐさまローグが魔術陣の敷設にとりかかる。

 一方で俺とユリは背中合わせの格好で周囲の警戒にあたる――と同時に犬種の小型を目視。三十メートル先の木陰からこちらを窺っている。戦闘態勢に入る。

「《強化》ッ!!」

 背中に刻まれた魔術陣から魔力の炎が全身へ行き渡るのを感じてから、続けて唱える。

「――《風魔式手刀型両断術ふうましきしゅとうがたりょうだんじゅつ》!!」

 右腕を目として荒れ狂う暴風が巻き上がり、体を焼き焦がす魔炎を煽りたてる。

 周囲の空気を操る魔術の応用。かまいたちの要領で手刀に真刀が如き切れ味を与え、敵を一寸の猶予もなく断ち伏せる。

 魔力によって編まれた風ではデマギアルには通用しない。あくまで、物理現象としての風を引き起こす過程で魔術を使っているだけなのだ。

 単純に言えば前者はいついかなる場所でも風を起こせる。後者の場合は大気の存在など物理的な条件がそろっていなければ風は起こせないが、その代わりデマギアルにも通用する。

 初の実戦だが、小型一体くらいならちょうどいいだろう。

 こちらの魔力に反応した犬が飛び出す。

 速さを見極め、ぎりぎりまで引きつける。流れるように体を右前方に傾け一歩。すれちがいざま、右手の指先で飛びかかる犬の脇腹を撫でる。

 振りぬいた手が鮮血の弧を描く。手応えは浅い。最小出力だとこの程度か。

「ふっ――」

 いくらか出力を上げ、振り向く流れでやや腰を落としながら左手を滑らせる。左後方数メートルに着地した犬に手は届かない。しかし――。

 指先から放たれた風圧が、犬を鋭く袈裟に裂く。短く弱い断末魔を上げ、犬は血の池となった大地に倒れ伏した。

 直後に後方数十メートルで爆発音。すぐさま踵を返し、ユリの爆撃に怯んで止まった犬へと疾駆する。姿勢を低くしつつ犬の、向かって左側ですれ違う。

 瞬間、手のひらを下に右腕を振りぬく。手が肉の内側を滑る感覚は秒に満たない。犬の脇を通り過ぎたときには、新たな血だまりと首と胴の離れた肉塊が増えていた。

「ナイスフォロー」

「ありがとう。でももうちょっときれいに倒せないもの?」

 苦笑いするユリの視線の先、俺の右手は絵の具の入ったバケツに手を突っ込んだように真っ赤に染まっていた。

「無茶言うな。やらなきゃやられる」

「そうね。あんまりあっさり倒すから感覚がおかしくなるわ。私一人じゃたっぷり時間をかけても倒せるかわからないし」

「まあ今後の目標の一つには加えておくよ」

 確かに殺す度に血まみれじゃあまり気分はよくない。

「敷設、完了しました!」

 右手を何度か振って血を落とそうとしてると、魔術師の方から声が上がった。

「おっ、早いですね」

「ええ、恐怖でいつもより手が早く進みました」

 そう言って引きつった笑いを浮かべる。見えないところでいろいろ物騒な音が上がっていたらそりゃ怖いだろうな。しかも自分自身は非戦闘員となればなおさらか。

「さっき立て続けに報告があったわ。一班、二、三、四班は無事勝利したそうよ。でも負傷した隊員もいるし、そうじゃない隊員も消耗してるからそのまま撤退するって」

「わかった」

 よかった。負傷の程度は気になるが報告のトーンからして重傷者はいないとみていいだろう。何しろこっちは生きてさえいれば絶対に死なないんだ。ナズナの指示は守れなかったが最低限の約束は守れそうだ。

 俺が胸をなでおろした直後、ユリが通信魔術の応答を受けた。

「――はい、こちら副隊長ユリ・マックレガー」

 ユリの表情が険しくなり、そのまま何度か頷きつつ耳を傾けている。

「……了解しました。急行します」

「どうした?」

「五班から救援要請よ」

「状況は?」

 ユリが自分を落ち着かせるように大きく息を吸った。

「……中型が出たって」

「なんだと?」

「致命傷を負ってる隊員はいないみたいだけど、みんなまともに動けない状況らしいわ。今は防壁魔術の中に固まってしのいでるって。ただ防壁魔術師も負傷していて、体力的にあまり長くはもたなそうだとも」

「つまり、敵を倒さない限り全員帰還は不可能ってことか」

「……そうね。ユウトが隊員を背負って離脱するとしても、道中の安全を考えると一人ずつが限度。全員の離脱が完了するまでに防壁魔術がもたなそうだから」

「オーケー。やるしかないな」

 ふざけやがって。なんでよりによってこの十分にも満たない時間の間に中型なんぞと遭遇するはめになるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る