第24話 DAY.47 戦線へ
一週間と少しの訓練で、ユリとの共闘はかなりものになってきた。
俺が敵と戦闘しながら、対処できないものをユリが爆撃魔法で払う。これで俺は目の前の敵に全力を注げる。
加えて、平行して行っていた集中訓練で、俺自身の魔術を扱う能力も大幅に向上した。強化魔術の魔術陣と一緒に刻まれた、効果的に攻撃を行うために使うそれ以外魔術を応用できるようになったのである。
ちなみに猪種との戦いで最後に打った一撃は、無意識に爆撃魔術を応用していたものらしい。腕の中で魔力の爆発を起こし、強化魔術を持ってしても至ることのできない威力と速度の打撃を打ち出すものだそうだ。
強化魔術の使い方自体もうまくなった。猪と戦ったときには全身のすべての器官にフルで魔力を供給していたせいで、早々にガス欠を起こしていたらしいことがわかった。だからある程度魔力の供給の配分を調整したのである。これで前より長く戦えるようになった。
ただ、一週間の間毎日魔術を使っていたので、毎晩例の夢を見ることになった。身体的な疲労はそれほどないが、精神的にはかなり負担がかかっている。
「……ユウト?」
「ん? ユリか」
「大丈夫? 今何度か呼んだんだけど、聞こえてた?」
「いや、ごめん。さすがに緊張してるのかも」
気を引き締めていないと注意が散漫になることも増えた。
今日はついに再設されたデマギアル征伐部隊の初陣だ。目的は約一キロ先をめどに進み、結界を構成する魔術陣を地面に刻むこと。
この街の結界は、四つの魔術陣を結ぶ四角形を立体化した直方体状になっている。魔術陣自体は大昔に開発されたもので、以降は代々ガルデスタの任についたものがそれを発動させ続けているらしい。
ただでさえ遠隔地に刻まれた魔術陣を発動させるのには高い能力が要る。街を覆うほどの距離となれば、極めて難しい魔術になることは想像に難くない。適正者がいなくなれば街は終わりというシグルズの脅し文句も説得力を持つというものだ。
今回は新たに陣を一つ加えて領土の新たな一角とし、わずかながらも領地を広げるのが目的だ。確保した地区は、内側に入ってしまった敵を排除してから開拓される。
「全員来たから、士気を上げるために隊長殿からみんなに何か言えってシグルズが」
「何かって言われてもな」
話の流れから言えば当然なのかもしれないが、俺が征伐部隊の隊長を務めることになった。それはいいんだが、こういう運用上の責任は正直煩わしい。
ちなみにユリは副隊長ということになっている。というか、俺がそのポストを作ってユリを据えるよう要求した。
外界と街を隔てる外壁に寄りかかって座っていた俺は、立ち上がって尻についた土を払った。
「さて、カズラも心の準備はいいな?」
「うん」
どうせ同行するなら、とカズラの幻影魔術を利用した作戦も立てようと考えた。
しかし戦闘時に俺の姿を隠せれば大きなアドバンテージにはなるが、さすがにその場で戦闘中の激しい動きに合わせて幻影魔術を使うのは不可能らしい。
あとは幻影で俺のコピーを作り出して撹乱する戦法も考えたが、そういったイレギュラーな連携を可能にするには時間が足りなかった。
隊員が集まっている場所へ向かう。今回作戦に参加する隊員は、精鋭を集めた六〇名。そこに俺、ユリ、魔術陣敷設専門の魔術師であるローグ、こっそり加わっているカズラを含めた六四人で征伐に赴く。ローグは二十代半ばの、優しそうな男性だ。
六名一組の班で行軍し、敵襲がある度にその敵に対処する班を残してその他の班が前進を続け、最終的に一キロ先を目標に魔術陣を設置するというのが作戦の基本方針だ。
少し離れた壁際で、きれいに六名×十列で整列した隊員の前にシグルズが立っている。俺はその横に並んで一同の顔を見渡した。
「えー、ついにこの日がやってきました。それぞれ思うところはあるでしょう。街のために、家族のために、自分のために。目的は違うかもしれないませんが、一つだけ全員で共有してほしい目標があります。それは、全員無事で帰ること。誰も死なずにというのはもちろん、可能な限り負傷も避けること。名誉の負傷などなく、負傷は等しく恥だと思ってください。……というよう知り合いのメディケスタに指示を受けました」
隊員の間で小さく笑いが起こる。
「ですが、俺も同じ気持ちです。必ず無傷でやり遂げましょう。そのため、状況の判断は的確に行ってください。小型一体につき戦闘要員五人と防壁魔術師一人の六人を一単位とし、形勢不利と判断した際は防壁魔術で身を守りつつ副隊長まで救援要請すること。これを絶対に厳守してください。繰り返しますが、負傷は恥です。敗北は恥ではありません」
神妙な面持ちに戻った隊員が各々うなずく。
「それでは、客員の健闘を祈ります。そして、必ずまたこの場所に全員そろって立ちましょう。以上」
「はいっ」
きれいにそろった返事をもって、俺からのあいさつは締められた。
街の東西南北にある外界への門のうち、南方の門から俺たちは外へ出た。
防壁魔術の内側に入った状態の六人ずつの各班が、俺を先頭にして隊列を成す。
「前進ッ!」
俺の号令とともに隊列が足早に進み始めた。一気に緊張感が色濃くなる。
かつては魔力による毒素に汚染されていたというが、今は普通の森にしか見えない。むしろ自然の新鮮な空気に触れられてさわやかな気持ちになりさえする。
ごく普通の森を歩いているような気になる。木々の間隔は俺の知る森より広い気はするものの、木々や葉の間から差す日差しや、足元土、雑草、苔、折れた木々の枝は自分が元の生活に戻ったのではないかという気にさせてくる。
しかしここは完全なる魔境。いつ、どこから、どんな化物が、どの程度の数で襲ってくるかはまったくわからない。気を抜けば命を落とすは必定。
いくら戦意が高くても、俺を含めこれまで安全な塀の中で生きてきた人間が簡単に生き残れる場所ではない。
「静かなもんだな」
魔術陣敷設のために同行している魔術師が張る防壁魔術の中、俺とユリ、ローグ、忍び込んだカズラが歩みを進める。
「歌でも歌う?」
「いや、結構」
ユリの冗談をうまく拾う余裕もないという事実に、自分の緊張を自覚する。
この前は文字通り死にものぐるいだった。悠長に恐怖など感じているようもなかったし失敗したとして失われるのは、自分と、そう多くない住民の命だけだったのだ。
でも今は違う。俺の使命は俺が生き残ることだけではなく、全員を生きて帰すことにある。この中では俺が一番デマギアルに強い。ナズナの言ではないけど、能力のあるものにはそれ相応の責任が生まれる。
当然、出さなくていい死者を出して英雄になれるはずなどは絶対にない。
「右方向四〇メートル! 犬種小型! 一体!」
後方から切迫感のにじむ声が上がった。開戦の狼煙が上がる。
「一班、行けるか?」
「行きます! 任せて下さい!」
最後尾についていた隊員から歯切れのよい声が返ってくる。
「一班を除き全班、前進! 走れッ!」
進行速度を上げて戦闘領域からの離脱を試みる。背後で爆発音が轟く。
始まった。命がけの戦いの火蓋が今まさに切り落とされた。
しばらく走って爆発の音が遠くなると、進む速度をやや緩める。あわよくば敵との遭遇なしに……というような淡い期待も抱いていたがそうはいかなかった。
戦闘に勝利した場合は、状況によってその場で待機、撤退、進軍のいずれかを選びユリまで報告するようにしている。
すぐに治療が必要なら撤退、そこまでではなくとも十分な余力がないなら防壁魔術を張って待機、と場合によって臨機応変な対処が要る。
背後に続く隊員に目を向ける。緊張感とは違うひりついた空気が漂っている。
おそらく中には俺と同様、戦わずに任務を完遂する可能性を考えていた者もいるはず。恐怖というと大げさになるが、自らも戦い、命のやり取りする可能性があるという事実に改めて直面したことでわずかなおびえがよぎってもおかしくはない。
順調に行軍は進んでいき、五百メートルを越えた。それに伴い、少しずつだがさきほど感じたある種悲壮な空気は薄らいできた。が……。
俺から見て右前方に敵影。犬種の小型が一体。距離はまだ――。
「左方向五〇メートル! 犬種小型! 二体!」
報告を上げようと鋭く息を吸った直後、先んじて声が上がった。
「ちっ、右方向五〇メートルにも犬種小型一体!」
くそ、縄張り意識が強い上にあまり群れることはないと聞いていたのだが。
愚痴を言ってる場合じゃない。どうする? 敵は三体。現在残っている班は四つ。数としては足りている。乱戦はあまり想定していなかったからやや不安ではあるが……。
「二班から四班まで戦闘準備! 二班は左後方、三班が左前方、四班は右前方の個体を撃破せよ! 五班は俺たちに同行して前進!」
「了解ッ!」
それぞれの班が敵に向かって殺到していく。
「俺たちも行くぞ!」
「うん」
ユリの応答を聞きつつ、再び足を前へ踏み出した。
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