第23話 DAY.38 困惑すべき優しさ
俺が顛末を話し終えると、ユリは難しい顔で腕を組みながら一つ頷いた。
「よくわかったわ。ユウトが縛るのも縛られるのも好きな変態だって」
「なんで!? 俺今ものすごく真面目な話してたよね! 聞いてた!?」
「聞いてたけどそこまで深刻な話でもないでしょう?」
あっけらかんと、肩をすくめて言う。
「いや、俺としては、勝手に先走ったせいで真実を暴露する機会を失ったことに関する謝罪をしなくちゃ、ってそれなりに覚悟して話し始めたんだけど……」
「そんなの別にいいわよ。もともと信じてくれてる人は信じてくれてるし。確かにシグルズが野放しなのはちょっと癪だけどそんなに重要でもないわ。だからユウトには感謝の気持ち以外ないから」
「……そう、言ってくれると、ありがたくは、あるんだが」
なんか釈然としないせいで歯切れの悪い物言いになってしまう。そんな俺以上に落ち着かない様子でこちらを窺っているナズナ。
「それより、戦ったんでしょ? 怪我はしてない? 魔術使った影響は?」
「それはまったく問題ない。戦闘自体は圧勝だし、シグルズは麻酔魔術なのかなんなのか知らないけど、無傷で眠らされたし」
「それならいいんだけど……。あとで一応解析させてね」
「ああ、よろしく頼む」
なんだろう。もっと厳しい言葉をかけられる心づもりでいたからこうもまっとうに感謝やら心配やらしてももらうとどうにも据わりが悪くなるな。
「あの、私も謝りたくて……」
おずおずと、俺の隣で黙ってやりとりを見守っていたカズラが小さく挙手する。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
「あなたはあなたでシグルズに騙されてたんでしょう? ナズはともかく、私は責める気なんてないわ」
「え、私も別に……あ、でもこれからはどんな理由があっても、人を傷つけるようなことに魔術使ったら駄目だからね。超優秀なメディケスタがいるからって、頼り過ぎないように。それさえ守ってくれるなら私からも特に言うことはありません」
「え、あ、その……」
とてつもなくあっさりと許されてしまったせいで激しく困惑するカズラが、俺の方を向いて「どうしよう」という顔をする。俺の方も「どうしよう」という顔をしておいた。
「何? 二人揃って罵られたかったの? もしかして縛り縛られが好きというのもあながち冗談じゃ……」
「それは断じて違うからな!」
ユリはなんだかんだ正義感が強いやつだと思うし、シグルズを見逃すことになんの痛痒も感じていないはずはないと思う。
ナズナはナズナで、ストラテラが死ぬ原因を作ったことに対して何も思うところがないといえば嘘になるはず。
怒りを露わにすることが許された状況でそれでもあえて追及しないのは、二人がそうしたくないからなんだろう。それならとやかく言わず受け入れよう。
「ありがとう」
「何に感謝されてるんだか。感謝するのはこっちだって言ったでしょう。母を救ってくれて本当にありがとう。父も喜びのあまり家を壊しそうになっていたわ」
「父上はどちらにしろ暴れるんだな」
なんかこの街の人としては不似合いなほど物騒な人だな。それでもユリが普通に育っているところに母上の苦労が窺える。
「確認なんだけど、ユウトはシグルズさんに協力することになったんだよね? 大丈夫なの? カズラちゃんみたいに悪いことに巻き込まれちゃう可能性とか……」
ナズナが不安げにまばたきを繰り返しながら言う。
「征伐部隊の再結成がおしゃかにならなければ、もともと参加するつもりではいたしな。まあその辺りは極力気をつける」
「私もいるから大丈夫よ」
「そうだな。二人いれば判断も……ってなんだと?」
言いながらユリの方に勢いよく顔を向ける。
「言ってなかったかしら。私も征伐部隊に参加するわ」
「私も聞いてないよ!? いつ決めたの!?」
「今よ」
「じゃあ聞いてるわけも言ってるわけもないよね!?」
まったく意外というわけではないけど、こんなあっさりと決めるとは思わなかった。
やはりガルデスタになる代わりに戦果を上げて……ということなんだろうか。それならできれば自分だけじゃなく、ユリも武勲を上げることができるよう協力したい。
「もしユウトがよければ、ユウトの後方支援を担当させてもらうわ」
「え? 前線に出て武功を上げようってことじゃないのか?」
「それはそれでいいんだけど……」
「自分のお母さんを解放するのと引き換えに入隊したユウトに死なれたら、悔やんでも悔やみきれないから、でしょ?」
意地悪そうな笑みを浮かべたナズナがユリを肘で小突きながら言う。
「ち、違うわよ。ユウトが死んだらどこかのメディケスタさんが泣き死にそうだからよ」
「泣き死ぬって何!? いや、だいたいそれを言うならユリの方でしょ? お母さんが解放されたのはユウトが何かしたからだって言って、帰ってくるまで五分に一回くらいのペースで『ユウト大丈夫かしら』とか言ってたくせに!」
「せいぜい一時間に一回よ。というかそれは言わない約束だったでしょ?」
「だ、だってユリが変なこと言うから! ……でも、その……ごめん」
約束を違えたことを指摘された途端、ナズナがしゅんとなる。律儀か。
「ええと、心配かけて悪かった」
「心配させたことをいちいち気にしてほしくないから黙っておいてほしかったのよ。だから謝らなくていいわ。それはともかく、後方支援の件、ユウトとしてはどう?」
「俺としては願ったり叶ったりだ。一人じゃ流石に群れの相手は厳しいしな。かといって戦闘スタイルが違いすぎて他のやつに混じるのは難しい。一人か二人後ろで援護してくれるやつがほしかったところだ」
「そう思って言ったのよ。じゃあ決まりね」
「でも後方でいいのか? その……」
「いいのよ。正直なところ、前で体張る勇気があるかというとそれも怪しいし」
ユリは自嘲気味に笑って肩をすくめた。それこそ無理に前線に出るよう勧めるのも嫌な話だけど、そんな顔で言われるとモヤモヤする。それも本音の一端ではあるんだろうが。
「そうか。それと可能であって、カズラが望むならカズラを同行させたい」
「えっ!?」
と大声を上げたのはナズナ。
「カズラの目的はさっき言っただろ。それに役立つかもしれないんだよ」
「行きたい。幻影使えば、安全」
「ああ、不可視化の……。確かにデマギアルの抗魔力は受動的だから、幻影のカムフラージュが破られることはないと思うけど」
簡単には容認できないというように唸るナズナを、カズラは強い意志のこもった瞳でまっすぐに見据えた。
「やらなくちゃいけない。絶対。死も厭わない」
「……もう、ちゃんと生きて帰ってきてね。そしたらもし何かあっても、この私さえいれば何がどうなっても治せちゃうんだから。死に片足突っ込むどころか、髪の毛一本残して全身浸かってても大丈夫。私の全力、なめないでよね」
腕まくりをして、いつものように啖呵を切ってみせる。
「よし、決まりだ。ユリ、明日から戦闘時の連携の確認を始めよう」
「わかったわ」
ユリがうなずくのを確認して、俺は席を立つ。
「それじゃあ俺はカズラを家まで送ってくる」
「今度はばれないように服の乱れは治してくるのよ」
「何もしないから!」
疲れた体で今日最後のつっこみを入れ、俺はカズラと外に出た。
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