第22話 DAY.38 遅すぎた悔恨
「本当に、ごめんなさい」
カズラの自宅前。カズラが深々と俺に頭を下げて言った。
「俺に謝る必要はない。まあストラテラさんは悪い人ではなかったから殺されたことは悲しいし、殺したやつへの怒りもないわけじゃない。でもお前の気持ちも少しはわかるんだ」
頭を上げるカズラだが、当然ながらその表情は暗い。
「ユリさんにも、謝りたい」
「ああ、そうだな。あいつには十分に謝ってやってくれ。あとできればナズナにも。メディケスタとして、目の前で人が殺されたことにかなりショックを受けてたから」
「うん。他は? ストラテラさんの、家族?」
「そうだな……。当然ストラテラの家族なり、ユリの家族なりには筋を通したいところだけど他の人たちには本当のことを言えないからな。そこは我慢してくれ」
「じゃあ、今から二人のところ、行く」
「今からか?」
「駄目?」
捨てられた子犬のような顔で首を傾げる。
「いや、いいと思うけど疲れてないか? 落ち着いてからでもいいと思うぞ」
「早い方が、いい」
「それもそうか。じゃあ今から行こう。その方が俺としても説明しやすいしな」
頷いたカズラを伴って、ナズナの家へと帰路につく。日が暮れ始めていて、オレンジ色の街に俺たちの影が長く伸びていた。
「事件のあとどうしてたんだ? シグルズに何かされなかったか?」
「脅されはした。黙ってるように。それ以外は何も」
「それならよかった」
「……でも苦しかった。人、殺したから」
声の震えを聞いて隣を見る。必死に涙をこらえているように見えた。
「謝れない。本当に、謝らなくちゃいけない人には」
「あとで墓にも行こう。それしかできなくても、しないよりましだ」
小さく頷く。その拍子にまぶたに溜まった涙がこぼれ落ちた。
「甘かった。戦う人、死の近くにいる人。そういう人を見れば、究極の生、描けると思った。でも違う。ストラテラさん見てわかった。悲しいだけ。怖いだけ。死に近づいても、生の輝きなんて見えない」
「カズラ……」
「知らなかった。現実がこんなに怖いなんて。幻は現実に勝ると、思ってた。でもそうじゃなかった。幻じゃできない。幻じゃ、あんなに悲しくさせられない。私は、叶わない幻に溺れた。人を傷つけただけ。無意味なことのために、ストラテラさん、殺した」
そう言って涙を流しながらしゃくりあげる。
どうしていいものやら。
慰めてやるには、俺はカズラのことを知らなすぎる。カズラがこれまでどんな思いで、どんなことをしてきたのかわからない。だからどんな声をかけてやるべきなのかわからない。
だけど、言いたいことはある。
「それならなおさら、あきらめちゃいけないんじゃないか」
「え……?」
「目指してたものが間違ってたと思うんなら諦めたほうがいいさ。でもそうじゃないんだろ? それなら、自分の積み上げてきたものを無意味にしないために、ストラテラさんの死を無意味にしないために、無理だと思ってもあきらめちゃいけない気がする」
自分のしでかしたことの大きさによるショックで悲観的になっているだけなのかもしれない。だけど、目の前でこんな弱音を吐かれちゃ放っておけない。
「そもそも、カズラが見たのはただの死だ。そこに命のきらめきなんてあるわけがない。だから、カズラが間違ってたかはまだわからないだろ」
「でも……。戦って、また誰かが死んじゃったら」
「俺が見せてやる。何度死の淵に立たされても生きて生きて生き抜いて、本物の生命の輝きってやつを見せてやるよ。だから無意味にするな。意地でもストラテラさんを殺した過去を無駄にしちゃいけないし、俺もそうはさせたくない。あきらめたくないなら、俺についてくればいい」
カズラが立ち止まる。それに合わせて俺も足を止める。
「ユウトは……優しい」
涙に濡れたカズラの表情に乏しい顔からは、どんな思いでその言葉を発したかはわからなかった。
「優しくはないだろ。泣いてる女の子に鞭打ってるんだから」
もうやだって言ってるやつに、やれって言ってるわけだからな。
「それは、確かに」
カズラはそう言って少しだけ笑った。
それから俺たちは、無言でナズナの家まで歩いた。カズラの涙は途中で止み、しかしその心中が落ち着いたかどうかは判然としがたい。
「優しいやつらだけど、今回はことがことだからどんな反応になるかわからない。一応覚悟はしておけよ」
そろって家の前に立ったところで、念のためカズラに言っておく。
「うん。覚悟してる。罵倒も、暴力も」
「暴力はさすがにないと思うんだが」
苦笑しつつドアノブをひねってみると、まだ鍵は開いていた。ドアを開けきるが早いか、リビングの方からナズナが飛び出してきた。
「ちょっ、どこに行ってたの!? 全然帰ってこないからすごく心配した――って、あれ?」
すごい剣幕で駆け寄ってきたナズナだったが、俺の隣の客人に気がついて勢いを削がれた。
「なるほど、ナズを捨てて別の女の子とのデートを選んだわけね」
「人聞き悪いな!」
ナズナに続いて出てきたユリに反論する。
「しかも、着衣の乱れからして二人で何か激しい運動を……」
「ええ、ばっちり一戦交えてきましたとも! おっさんとね!」
「うん、縛られてた」
カズラが一言つぶやくと、ナズナだけでなく冗談交じりだったはずのユリまで本格的に疑いの目を向けてきた。
「カズラさん、それもしかしてわざと?」
「何が?」
「いや、違うならいいんだ」
わからない。この子が天然なのか、演技派のものすごい意地悪なのか俺にはわからない。
「とりあえず中で話そう。いろいろ説明するから」
「え、あの、ユウトとカズラちゃんとおじさんの、縄を使ったいやらしい話の詳細は別に聞きたく……」
「だから違うっての!」
確かにそういう連想をしかねない流れになってたけども。心身ともに疲れきっているというのに、なんでこんな不毛なつっこみを重ねなくてはいけないんだ。せめて心くらいは安らかにありたい。
「それより聞いて! ユリのお母さんが突然釈放されて……!」
「ああ、うん。その話をするんだよ。いやらしいのじゃなくて」
頭が疑問符でうめつくされていそうなナズナに先んじて、俺はリビングに向かった。
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