第19話 DAY.38 幽霊の正体見たり
シグルズ邸を出た俺は、ユリの母親が倒れているのを発見された場所へのナズナに案内してもらっていた。
ユリは母親との面会を許されたとのことで地下牢へ向かった。
路地というほど狭い道ではないが、立地の都合なのか道の人通りはそれほど多くない。一分間に三人通れば多い方という感じ。
「一応目撃情報も聞いたんだろ?」
「うん、近くのお家の人に聞いてみたけど誰も見てないって」
街の中心にあるガルデスタの館から南方。犯人が逃げた方角とは一致する。まあさすがにその程度のことで余計なボロを出すことはないだろう。
ここでの焦点は誰がどうやってユリの母親をここに運んだかに尽きる。
誰かが運んだのであれば、目撃情報が鍵になる。しかしどうやらそれは望み薄。仮にそれ以外の方法を使ったのだとすると……。
「魔術を使って、ここに来ないでユリの母親だけを置き去りにすることってできるか?」
「転移魔術を使えば可能なんだけど、自分自身の移動を含めても、人一人を正確に転移させられる人は今この街にはいないと思う」
「転移魔術……」
「うん、シグルズさんの得意魔術ではあるんだけど」
シグルズの魔術適性を調べたとき、かなり上位に名前が載っていたことは覚えている。
しかしできそうもないということは普通にここまで運んできたと考えるのが妥当か。この場所ならではの特殊な方法でないならば、目撃情報がない以上はここにとどまっていても意味は薄いことになる。
「とすると、あとは実行犯の逃走経路か」
広場にいたおじいさんが見逃したというのが一番現実的ではあるが、その他の可能性も考慮しなくてはいけない。
例えば、隠し通路のようなものがあの路地にあったりするかもしれない。手詰まり気味の今、わずかであろうと可能性があるなら突き詰めるべきだ。
「シグルズさんの家のところまで行こう」
念のためこことあの路地を最短で結ぶルートを通って向かおう。本当にこちらの方へ逃げてきたのなら、途中で何か気づくことがあるかもしれない。
「あら、ナズナちゃんじゃない」
シグルズ邸前の通りに向かう途中のある通りを通ったとき、青果店の店先に立っていた中年の女性がナズナに声をかけた。
「あ、アヤメさん。こんにちは」
ナズナも愛想よく返事して会釈する。女性はちらりとこちらを見た。
「ん? ああ、そちらはもしかして……」
「あ、そうです。ユウトですよ」
「やっぱり! ナズナちゃんのお婿さんね!?」
「違いますよ!?」
穏やかな表情が一転してものすごい形相に変わった。そんなに力強く否定しなくても……。
「え? 違うの? でも今、そうって言ったじゃない」
「ユウトとはなんでもありませんって。てっきり私は『もしかして彼がこの前の事件で活躍した人?』って言いたいのかと思ったんですよ……」
「活躍……ああ、なるほど。この子がそうなのね。歳とると身近なことにしか関心がいかなくなるもので、ごめんなさいね」
口元に手を当てつつオホホと笑う。
「あれ、でも昨日マックレガーさんのところのキリウスさんが、活躍した彼はユリちゃんと睦まじい関係にあるから今後が楽しみみたいなこと言ってたわよ?」
「どどどどういうこと!?」
ナズナが首がちぎれそうな勢いで俺の方を振り向く。
キリウス? キリウスというと……ああ、最高位の授与式典のとき会ったユリの叔父さんのことか。あのとき話したことといえば……。
「あー、確かに」
結婚がどうとかふざけて言っていた気がする。
「確かに!? 確かなの!?」
「いや、冗談としてそんなような話をしただけだ。あの人わかった上であえて尾ひれをつけて吹聴してるな」
「冗談って……ユリの気持ちを弄んでるってこと!?」
「状況的に弄ばれてたのは俺だと思うけど」
「えっ? ユウトが? もうわけわかんないよー……」
額に手を当てて目を回すナズナ。
おばさんに不意打ちされた動揺が落ち着ききらない前に誤解を生みやすい話題になってしまったせいか、完全に混乱の極致にあった。いや、俺の言い方も悪かったんだけど。
「だから、ユリがそのキリウスさんに、いつもみたいな冗談で俺のことを許嫁として紹介したわけ。それでキリウスさんは、俺がちょっと功績上げたから唾を付けておこうとしてるんだろ。偉い人たちは怖いったらない」
「あ、なるほど。そういうことね」
大きく安堵のため息をつくナズナ。
「あらあら、その様子だと彼とはなんでもないとか言いつつ満更でもないみたいね」
「そ、そんなことは……!」
「ナズナは親友を心配してるだけですよ。俺いつもにらまれてますから。ユリのこといやらしい目で見てるって。ははは」
な? と助け舟を出したつもりでナズナを見ると、なぜか非難がましい目で俺をにらんでいた。
「えっ、俺今何かした!?」
「ま、まさかおばさんのことをいやらしい目で……」
中肉のおばさんが自分の体を抱きしめるようにして後ずさりする。
「初対面でつっこみづらいやつやめてください」
誰があんたなんかいやらしい目で見るか! とか言いづらいでしょうよ。
「別に、なんでもないよ」
怒ってはいないようだけど、なんとなく面白くないといった風だ。どうしたんだろう。
「はい、ナズナちゃん。これあげる」
そう言っておばさんはナズナにリンゴのような赤い果物を差し出した。
「え、いいんですか?」
「好きでしょ? これ。馬鹿な男に傷つけられたときはうちの果物が一番の薬だよ、ってことでこれからもご贔屓にね」
「もう、商売上手ですね」
あはは、と笑い合う二人。完全についていけていないが、俺が悪かったのはわかった。わかったけど何が悪かったかわからない。
もう少し女心の勉強を……というかそもそも人の心の勉強が足りてないかなあ……。今まで自分から友だち作れたこともないし。
ああ、なんか思い出したら悲しくなってきた。とほほ……。
世間話好きのおばちゃんという関門を抜け、俺たちはシグルズの屋敷の前までたどり着いた。そこから数メートル歩き、実行犯が消えた路地までやってくる。
「私、ストラテラさんの方に気を取られて見てなかったんだよね」
「メディケスタの鑑だな」
「んふふ、そうでしょー」
ナズナの機嫌は元に戻っていた。いつも切り替えが早くてありがたい。ただまあ、ストラテラさんのことがあるせいで今はちょっと無理してる感じなのが俺にもわかるが。
「柵を越えてここまで来て、俺たちが追いかけたときにはもう姿はなかった。この先の広場にいたおじいさんは、誰も通ってないって」
「それは変だね」
ユリの母親の転移ができないのと同様、ここから別の場所に転移したということもないだろう。
「おじいさんの見落としの可能性はあるけど、隠れ家への入り口とか隠し通路がないか手分けして調べてみよう」
「がってん承知だよ」
それぞれ、地面を踏み鳴らしてみたり、建物の壁をつぶさに見分してみたり、挙げ句の果てにはゴマとかなんとかそれらしい呪文を唱えてみたりと、やれそうなことはことごとく試した。
「うん、駄目だな」
「駄目だね」
「他に何か、広場を通らずにここを抜ける方法って思いつかないか?」
とっさには到底思いつかないような逃亡法があるなら、当然追手を撒くには最良の手段となる。その手段が独自のものなら犯人に近づく手がかりにもなり得るんだが。
「うーん、そうだねー……」
「壁をすり抜けられる魔術とか」
「そんな、幽霊じゃないんだから」
幽霊か。幽霊みたいに消えられるなら確かにおじいさんの目にも留まらずにここを離れられるけど……。
――消える?
頭の中を稲妻が走ったような感覚。理性を超えたひらめきの速度に、すぐさま理解が追いついた。
記憶の中からその光景が浮上したとき、背筋がわずかに寒気を覚えた。
あったはずのものを消す魔術――人の姿を消すことのできる魔術。そしてないはずのものを見せる魔術――つまり、舞台の上でそこにいない人を見せられる魔術。
俺はそれを、知っている。
「なあ、ナズナ。幻影魔術を使って、人の外見を偽装することってできるか?」
「それは私も少し考えたけど無理だと思う。幻影魔術はスクリーン的に平面に投影することしかできないから。全方位囲まれてる舞台では全員を騙せない」
……つまり他のやつにはできない、ということか。
「ごめん、先に帰っててくれ!」
気づいたときには走りだしていた。
「ちょっと、ユウト!?」
あいつが主犯格なのか、利用されたのかはわからない。そもそも本当に関わっていたかさえ確かではない。しかし、もし確かに関わっていて、しかも利用されたのだとしたら。その身に危険が及んでいてもおかしくはない。
仮に主犯として関わっているなら、証拠を掴むまでこちらからアプローチするべきではないのかもしれない。でもそうでないなら一刻も早く接触し、安全を確保した上で事情を聞くべきだ。
どちらを選んでもいい。それなら俺は、まず信じることから始めたい――。
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