第18話 DAY.38 忍び寄る革新の予感

「皆さま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」

 シグルズが舞台の上で熱を込めてしゃべる。

 今日は何やらシグルズから重大な発表があるということで、会場であるシグルズ邸の庭にやってきていた。

 ここに来る前に、昨日話を聞くことができなかった人への聞き取りを済ませておいた。その中でアリバイがないのは3人だけ。大幅に増えなくて助かった。

 重大な発表という告知のためか、式典のときよりも少し多いくらいの人が詰めかけていた。

「ユウト」

 俺の姿を見つけたナズナとユリがこちらまでやってきた。

「何話すんだろうね?」

「さあ」

 場合によってはこの発表の内容も事件の手がかりになるかもしれない。耳の穴をかっぽじってよく聞いておこう。

「今回お集まりいただいたのは、今後の街の方針について重大なお知らせをさせていただくためです」

 そこで一度言葉を区切り、大きく息を吸い込んで十分に間を作った。

「これより我々は、再びデマギアル征伐部隊を結成、これを常設し、我々の平穏を脅かす外敵を排除するとともに、雄大なる大地をこの手に取り戻す戦いに身を投じることになります」

 ざわ、と聴衆が波立った。

「もちろん、意に反して戦う必要はございません。爆撃魔術をはじめとする攻撃系魔術の高位適正者には入隊をお願いに上がりますが、参加は任意となります。逆に適性の低い方でも、一定の適性基準を超えてさえいれば、救世の勇者たらんと欲する方には広く門戸を開きます。義勇にあふれる皆さまにおかれましては、是非ここに集い、魑魅魍魎の跋扈する大地を、そして新しい時代を切り拓く、刃の切っ先となっていただきたく思います」

 つまり、何十年か前に不戦に転換された方針を、再び徹底抗戦の方へ持っていくというわけか。

 シグルズが事件の黒幕だとすれば、これが狙いということか? まあ俺にとっては都合がいいといえばそうなんだけど、こいつの掌の上で転がされるのは嫌だな。

「思い出してください。先日の事件の恐怖を。南西部と東部合わせ十四名の尊い人命が理不尽にも奪われたのです。かつて臆病風に吹かれた誰かが言いました。外に出ない限りは安全だと。それからたったの二〇年です。世代がたった一つ変わるのを待たずして、我々は再び憎き怪物の脅威にさらされることとなったのです。たとえ守りに徹したとて、犠牲を避けることはできません。もし防壁魔術陣を発動するに足る適性を持つものが途絶えたらどうなるでしょう。当然、我々は戦わざるを得なくなります。外敵を絶滅に至らしむることの他に、失う恐怖と、そして失った悲しみから逃れる術はないのです」

 シグルズの長広舌に、聴衆は皆黙って耳を傾ける。

「そして、犠牲者は今回の十四名だけではありません。この中にもかつてご同輩、もしくはご両親、あるいはお祖父様やお祖母を亡くされた方がいらっしゃいますでしょう。何を隠そう、私もその一人なのです。父はこの街で二番目に、つまりかのガルアドロフに次いで優秀な爆撃魔術使いでした。それをご存知の方が、この中にどれだけいらっしゃいますでしょうか。そう、父でさえそうなのです。まして一兵卒として勇敢に散った数多くの尊い命は、過ちと断ぜられた過去の中によりたやすく打ち捨てられました。私はそれが悔しくてならないのです。失われた命に目を背けて生き続けることが我慢ならない。私は、父が、父ともに私たちの未来の為に戦った彼らの死を無に帰したくはないのです」

 振り絞るように叫んでこぼす涙の真贋は定かではない。しかし、聞いている人々の一部がその雄弁に頷いているのは確かだった。

「敵は強大です。我々の歴史は敗北の歴史です。しかし希望はある。多くの方はご存知でしょう。先日の事件の折、たった一人で中型の個体に立ち向かい、その身が果てることも恐れずそれを撃滅せしめた勇者の存在を。単独による中型個体の撃破はかの大英雄、ガルアドロフ以来の偉業です。そう、時代が変わろうとしているのです。今ここに新たな時代が訪れようとしている。敗北の時代を超え、勝利をつかむその日が、もう目の前までやってきているのです!」

 この野郎、俺を出しに使いやがった。

 シグルズに応じて威勢のいい声をあげる者は少なくなかった。穏やかに見える街の中でも、ただ耐え忍ぶだけの現状に不満は不安を抱いている人はいるということか。

 隣に立つナズナは不安げな顔。ユリは無表情で何を考えているかは読み取れない。そういえばユリは爆撃魔術の適性が高いと言っていたか。状況が状況でなければユリにとっても活躍の場が広がったことにはなるんだろうが。

 なおも演説を続けるシグルズ。俺たちは念のため最後までそれを聞いてから帰路についた。

「なんかすごいことになってきちゃったね」

 帰り道を歩きながら、ナズナがぽつりとつぶやいた。

「ま、シグルズが真犯人ならこの方針も立ち消えになるだろ。戦線に出たい俺としては、方針だけは次の人に引き継いでもらいたいけど」

「……ユウトもやっぱり戦うつもりなの?」

「俺にはそれしかないからな」

 複雑そうな顔でうつむくナズナ。俺はナズナにそれ以上は下を向かせないように勝ち抜いて生き残る。考えることはそれだけでいい。

「私も、戦いでなら役に立つかもしれないわね」

「ちょっ、ユリまで!」

「冗談よ。今はとにかく、事件のことに集中するわ。難しいことを考えるのはあと」

 ため息をついてから苦笑し、そう言うユリ。

 もしも抗戦派が主流になり、再び爆撃魔術適性が最も重要視されるようになったとしたら。

 ユリにも街の頂点に立つチャンスが、母親が抱いているかもしれない願いを叶えるチャンスが巡ってくることになる。その事実が頭をよぎらないはずはない。

 しかしそれはユリの母親の無実を明らかにできず、シグルズがのうのうと指揮をとることが前提になる。こんなどうしようもない皮肉に直面したら、誰だって複雑な気持ちになるだろう。

 でも俺は約束した。絶対にユリの母親の罪を晴らす。それならば今ユリが言った通り、とにかく事件に集中する以外にするべきことはない。とにかく頑張ろう。

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