第16話 DAY.37 手荒い歓迎

 最新の魔術適性順位の資料は図書館にあるということだった。

 そこで他人に成り変わることができる程度の変貌魔術適性を持つ住民を、上から順にリストアップしてみた。

 重要な役職についているような優秀な魔術師でも、適性がなかったり低かったりする魔術はからきし駄目になるらしい。変貌魔術で言えばナズナやシグルズ、渦中にあるユリの母親も他人を完璧に装えるようなものは使えないという。

 資料によれば容疑者候補は一二五名。思っていたよりも少なかった。確かに他人そっくりに化けられる魔術が誰にでもほいほい使えたらさすがに混乱を招きかねないが。しかし想像より少ないとはいえ、骨が折れることに変わりはない。

 ということで、いささかげんなりしつつ聞きこみを始めたはいいものの。

「生卵は勘弁してほしいなあ……」

 胸元の地味な痛みと、立ち上ってくるほのかな生臭さに苦笑する。

 留守だった何軒かを除いて、半分近くの人に聞き込みを終えた。しかしだいたい十五軒に一軒くらいのペースで何かしらを投げつけられた。十軒に一軒は罵声を浴び、残る大半には嫌な顔をされ、快く応対してくれたのも十五軒に一軒くらいだった。ただ、中にはユリの母親を擁護して、俺たちを応援してくれる人もいた。

 だから当日の行動を聞けたのは五十人ほど。その中で別の人や記録を通してそれを確認できたのは約半分の二六人。思いの外、進捗は悪い。

「さすがにこの小汚い格好のままじゃ余計に反感を買うよな」

 水をかけられ、お茶をかけられ、投げた靴で足跡をつけられ、そして生卵をぶつけられた。靴跡までは頑張ればどうにかできたが、卵はさすがにちょっと。

 ちょっと反応が過剰じゃないかとは思うが、この街では疑われるのがそれくらい心外なことなんだろうな。

 ちょうど近くまで来たし、一度ナズナの家に戻って服を変えよう。ついでに今後に備えて着替えを何着か持ちだしてもいいかもしれない。

 暖かさと時間経過のせいか胸元の匂いが徐々に強くなるのを感じつつ歩く。

 家までたどりついてみると鍵は閉まっていなかった。どうやらナズナもちょうど帰ってきているようだ。そういえばそろそろ昼飯どきか。

 ドアを開けて中に入ると、リビングの方からナズナが顔を出した。その顔が俺の格好を見て硬直する。

「どうしたの? それ」

「聞き込みに行った家の子供と卵で野球してたらデッドボール食らった」

「やきゅ……え? 何?」

 調査の方は残念ながら空振りに終わったがね。はっはっは。

 そのままリビングに行って話を続ける。

「いや、なんでもない。まあ、あれだ。そりゃ中には怒る人もいるってだけの話だよ」

 例によって心配そうな顔になるナズナ。

「ねえ、やっぱり午後からは私がやるよ」

「いや、別にいいって」

「でも……」

「結局これだって、曖昧な答えしかもらえないからちょっと深く切り込んだ結果だし。ナズナにそれがやれるか? ためらいなく」

「あんまり私を甘く見ないでよね。疑わしい人情け容赦なく自白させてやるんだから。吐かなくていいものまで吐かせちゃう勢いで」

「実はこの胸の汚れも……」

「吐かなくていいもの吐かせたの!?」

「卵ぶつけられただけだ」

「どっちが被害者かわからなくなるからやめてよ……」

 ガクッと肩を落としてため息一つ。

「ナズナはなんの罪もなさそうな人を問い詰めて胸が痛くならないか?」

「……ちょっと痛むかも」

「うん、正直は美徳だ。だから俺も嘘はつかない。邪険に扱われることについて俺はまったく気にしていないし、人を問い詰めることにも良心の呵責はない。だから問題ない」

「うー……」

 何か言いたげなナズナの意識をそらすため、話題を変えるとしよう。

「知り合いには話を聞いてきたのか?」

「あ、うん。見つかったとき持ってたナイフにはユリのお母さんの指紋しかついてなかったし、服にはしっかり返り血がついてたからまず間違いないと思う、だって」

「その辺りだったらいくらでも偽装できそうだな」

 真犯人は手袋をしていただろうし、事前に衣服を剥ぎとってその衣服を着て犯行に及んだとすれば返り血もつけられる。

「第一発見者の人を紹介してもらったから、午後は一応その人に会う予定」

「そうか。それじゃあ俺も着替えたら次の場所に行こう」

「あ、お昼食べていかない?」

 やっぱりナズナは昼食を取りに戻っていたようだ。

「悪い。できれば今日中に終わらせておきたいから俺はいいや」

「ご飯抜くのは体に毒だよ?」

「今日だけな。晩ごはん楽しみにしてるから」

「もう……」

 呆れ笑いめいたものを浮かべてため息をつくナズナに手を挙げて謝り、自室に向かうためリビングを出ようとする。

「ねえ、ユウト」

「うん?」

「ユウトはもうちょっと自分のこと大切にしたほうがいいよ」

 背中越しに聞くナズナの声に、頷くことはしなかった。

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