第15話 DAY.36 性善の街と今後の方針

 式典の後、俺とナズナはその足でユリの自宅に向かった。

 ユリの家も、ガルデスタの住居ほどではないがそれなりに大きかった。守衛にユリの所在を聞くと、裏庭にいるということだったので邸内に入る。

 俺たちが裏庭までやってくると、ユリは芝生の上にアンニュイな表情で体育座りしていた。その周囲には箱を形作るように緑色に透けた壁ができている。

「ユリ」

 ナズナが声をかけると、ユリはこちらに気づいて壁を消した。

「今の、なんの魔術だ?」

「……気にしないで」

 ユリは暗い調子でそう言うと、立ち上がって尻についた芝生を上品な仕草で払う。何を言っていいかわからなくて、気になったことを聞いてみたが、地雷を踏んだだろうか。

「こんなときでも私のおしりが気になるのかしら」

 心配したのもつかの間、ユリはすぐにいつもの調子に戻っていた。

「ああ、来世は芝生も悪くない」

「守衛さーん、変態がここにいるよー」

 ナズナがムスッとした表情で入口の方へ声を上げた。

 確かに今のは変態っぽい発言だった。余計なことを言ったかと焦ってるところで急にいつもの調子でこられたから、つい飛ばしすぎてしまった。

「それで、何か用?」

「ううん、用ってわけじゃないんだけどどうしてるかなって」

「見ての通りいじけてただけよ。さすがに昨日の今日で真犯人探しを始めるのも不謹慎だと思うし、このまま一日芝生と戯れる予定。ここが一番落ち着くのよ。荒れ狂う父の巻き添えを食いたくもないし」

 ユリノ父上、怖イ。オレ、覚エテル。

「あー、ユリのお父さんね、うん。真犯人とか見つかったら死ぬよりひどい目にあうんだろうね」

 何、やっぱりそういう人として有名なの? 残虐な拷問のプロフェッショナルか何かなの?

「ほっといたら地下牢に襲撃かけにいく勢いよ。今みんなが必死になだめすかしてる。地下牢が二人の新居になる前に犯人見つけたいんだけど……」

「よくわかんないんだけど警察、っていうか、事件について捜査する機関なりなんなりっていうのはないのか?」

「あることにはあるけど普段こんな込み入った事件は起こらないし……。多分放っておいたらよくわからないまま母を罰して終わりになると思うわ」

「ちなみに罰の重さは?」

「そこはガルデスタのさじ加減だけど、良くて一生牢屋暮らし、最悪死刑でしょうね」

 なんというか、いろいろ雑な街だ。

「うん、だから私たちも真犯人探し手伝う」

 ナズナが満面の笑みで言うと、ユリは悲しそうに微笑んだ。

「一応言っておくわね。危ないから首突っ込まないで」

「嫌だ」

「やだよ」

 拒絶の言葉は俺の方が半歩早かった。さりげなく勝ち誇るとナズナは口をとがらせた。

「そうよね、それじゃあ素直にお願いするわ。でもどうやって探せばいいやら」

「うーん……。あ、関係あるかわかんないけど、そういえば授与式のとき始まる直前までユリのお母さんの姿が見えなかったんだよね」

「そうなの? 余裕持って家を出たはずだからそんなはずはないと思うんだけど」

「何があったんだろう」

 難しい顔で黙り込んでしまう二人。なんかもどかしい気分になったところで、以前ストラテラが言っていたことを思い出した。

 ――「まず信じることから始めたい」。

 この街で育ってきた二人は、疑うことに慣れていないのかもしれない。

「普通に考えれば、真犯人に拉致されたってことだな」

「拉致……どうしてそんなことを?」

 無邪気に首を傾げるナズナ。

「例えば、だ。ユリの母親を拉致する。魔術を使って操り人形にして式典に参加させる。ストラテラを殺させたら逃亡させたら、その辺の道端で魔術をといてあとは放置とか」

「なるほど。路上で見つかったって話ともつながるわね」

「わかった。犯人はユウトだね! そんなに具体的に犯行の経緯を知ってるのは犯人以外にいないもん! ふふ、私の頭脳にかかればこの程度造作もないよ」

 ナズナがビシっと俺を指差して得意満面に笑う。

「はいはい。それで、魔術を使ったら今言ったみたいなことはできるのか?」

 適当に流されて一瞬不満気になるナズナだったが、すぐ真剣に考えこむ。

「なくはない、けどできる人は限られるかな。意識を奪う方法は暴力による昏倒……麻酔魔術を使うのもありかな。それだけなら結構簡単だね。でも人の体を操作してあんな風に人を殺せるような操作魔術をできる人がいるかどうか……」

「ナズは麻酔も操作も得意ね」

「え、私も疑われるの!?」

「守衛さーん、容疑者がここにいるよー」

「まさかの意趣返し!?」

 友を売ろうとした者は友に売られるのである。裏切りはよくない。

「操り人形化が難しいとなると……。拉致したあと監禁して、その間に誰かがユリの母親になりすましストラテラを殺した。逃亡後に適当な路上で解放して嫌疑をかぶせたとか」

「よくそんなに次から次へと思いつくね。なんか本気で心配になってくるよ」

 悲しそうな顔で言って、ナズナはポンポンと優しく俺の肩を叩いた。

「何かつらいことがあったら非行に走る前にちゃんと相談してね。力になるからさ」

「真面目に心配すんのやめろ! なんか俺の心が汚れてるみたいじゃん!」

 ときに優しさが首を絞める真綿のような柔らかい残酷さを持つことを、今俺は思い知った。

「ユウトの心根はともかく、今の話はあり得そうね」

「他人を装うのにはどんな魔術が使える?」

「変貌魔術があるわ。というか、それ以外の手段は思いつかない」

「そうだね。ちょっとすぐには思いつかないかな」

「じゃあとりあえず変貌魔術を使えるやつの中から真犯人を絞っていくのが最善か。地道だが一人ひとり聞き込んで当時どこにいたか確かめる」

「変貌魔術の中でも一定以上の適性がないと、完全に他人に成り変わることはできないから、すでに結構限られてると思うよ」

「そうか。そいつは助かる」

「じゃあ明日から、手分けして聞きこみってことでいいのかしら?」

 手分け、か……。

「それなんだが、その仕事は俺に任せてくれないか?」

「え、どうして?」

「ナズナもユリも、疑うのに慣れてないだろ?」

「まあ、そうね。ありがたいことに信頼できる人ばかりだったから」

「……正直、私もそうだと思う」

「逆に疑われる方も疑われ慣れてない。だから反発も大きいと思う。特に容疑者の娘なりその友だちが聞きに行くとどうしても『真犯人探し』としての側面が強くなる。すると向こうは疑われているっていう感覚が強くなる。でも第三者である俺がいけばあくまで『真実探し』としての側面を強調できる。あなたの無実を確かめさせてね、って具合でな」

「まあ、そうかもしれないけど」

「それに俺なら『スタチュー』だからちょっと感覚が違うんだ、って大目に見てもらえることもあるかもしれない。あと、二人よりはそういうのに慣れてる分、口八丁で丸め込まれる可能性も多少は低い。調査を正確且つ円滑に進めるためには、よそ者の俺がいろんな意味で適任ってわけだ。合理的な役割分担だよ」

「役割分担って言うなら、私とナズは何を?」

「そうだな。ユリのお母さんが家を出てからの足取りを探ってくれ。もしかしたら目撃情報なんかから拉致した犯人のことがわかるかもしれない。あと、できれば路上で発見されたときの情報とか、そういう捜査に当たってる人しか知らない情報もほしいな」

「なるほど。確かにそれも必要かもしれないわね。わかった。その方針に従うわ」

 ユリが納得して頷いてくれる。しかし、ナズナは首を縦に振らなかった。

「ユウトは嫌じゃないの? この人は悪人かもしれないって疑いながら目の前にいる人に接しなきゃいけないのは、誰だって疲れるし悲しいと思う」

「そりゃ楽しくはないけどな。なんとも思わないよ。やっぱり俺はよそ者だからな。そういう意味でも俺がやった方がいい」

「そうとは思えないよ。私は自分に全然関係ない人でも疑わなきゃいけないのはつらい」

 そうだろうさ。だからやらせたくないんだ。俺がやった方が合理的というのも確かに理由の一つだが、一番の理由はそれだ。

 人のことは疑わないのが当たり前の街。その中でもこの二人は輪をかけて純真だと感じた。だからきっと人を疑うことを繰り返せば傷つく。二人にそんな思いはさせたくない。

「それはお前が優しすぎるからだ。でも俺はそうじゃない。つまりさ、俺にはこの街の人間を疑う適性があるってことなんだよ。医療魔術の適性の高いお前が、病人本人に代わって治療行為をするのと同じだ」

 俺が言うと、ナズナは口元を歪めた。

「……その言い方は、ずるいよ」

 そう、ずるいのだ。ずるさも卑怯も当たり前の世界で育ってきたんだ。優しい世界で生きられるならそのままの方がいい。与えられた才能も幸せも、みすみす手放してはいけない。

「わかった。捜査に関わってる知り合いがいるから、私はそっちを当たってみる」

 いささか不満気に、それでもナズナは頷いてくれた。

 本当、優しすぎるのも困りものだ。

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