第14話 DAY.36 夢のない世界
「――外敵を排し、街の平和と尊き人命を救ったことをここに賞する」
堅苦しい言い回しの内容を読み上げたシグルズが、感謝状を両手で差し出す。俺は複雑な気持ちでそれを受け取り一礼した。
場所は旧ストラテラ邸。つまるところガルデスタの住居であり、現在は新たにガルデスタへの就任が決まったシグルズの住処だ。
その庭、あのときと同じ舞台で、あのときを焼き直すかのように、塗りつぶすかのように、俺への感謝状の授与式が行われている。
やはりあのときと同じように大勢の人が集まり、俺が頭を下げると同時に盛大な拍手が湧いた。注目。称賛。求めていたはずのものが今まさに俺へと向けられている。
だというのに、満たされないのはなぜなのだろう。
昨日の今日だからかもしれない。ストラテラを始め、少なくない命が失われた。一晩寝たからといって忘れられることじゃない。
あるいは昨夜の夢のせいかもしれない。魔術陣を刻んでもらった翌日に見た壮絶な夢。あの日以来となるあれを昨夜にも見た。刺され、燃やされ、刻まれる夢だ。おかげで寝覚めは最悪で、今もまだ胸のあたりに吐き気がわだかまっている。
さらに、ユリの母親の件も色濃い影を落としている。結局あの後ユリの母親は路上で倒れているのが発見され、地下牢に収容されたらしい。 一貫して無実を主張しているということだけは噂として流れてきている。
事情が事情なのでこの場にユリはいない。
どれも素直に喜べない理由としては十分なのだが、それだけでもないような気がする。もっと根本的な、本質的な部分の話だ。この状況はどこか俺の求めていたものとは違うような気がする。よくわからないけど、満たされない感じ。
とにかくもっと功績を上げればいいのかもしれない。一回くらいのまぐれでは本当の意味で認められているとはいい難い。継続してこれくらいの、いや、もっと大きな武勲を上げて英雄としての立場を確固たるものにする。そうすれば渇きも消えるかもしれない。
俺が舞台を降りた後は、今回の事件での死者それぞれへ弔辞が述べられ、献花が行われた。とりわけストラテラに手向けられた花は山のような量になり、その人望の厚さを改めて示すことになった。
「よう、ちょっといいか?」
式典が終わったあと、案の定ロマルが声をかけてきた。
「ええ、こちらもお話がしたかったところです」
「じゃあこっちで」
式典後の喧騒から逃れられそうな建物のすぐ傍のスペースをロマルが指す。そろって歩き出したところで後ろから声がかかった。
「あっ、待って待って! 私も聞かせて!」
「おう、嬢ちゃんか。そうだな。嬢ちゃんもいた方がいい」
改めて三人で人混みの中から抜け出す。ロマルは眉根を寄せた険しい顔を俺に向けた。
「単刀直入に聞こう。何があった? こっちが聞いているのは、お前さんが強化魔術らしきものを使って猪種の中型を殴り殺したってことだけだ」
「それが俺にもよくわからないんです。無策で突っ込んで行ったら急に強化魔術の魔術陣が起動して……全力でぶん殴ったらなんとかなりました」
「うーむ。強くなりたいと念じたりしたか?」
「しましたね。ありったけ」
「じゃあそれが強化魔術起動のトリガーだ。魔術の発動ってのは、要はイメージの問題だからな。口に出すのが一番やりやすいが、頭の中だけでも問題はない」
「わからないのは、その魔力の源」
「そういうことだ。しかも、中型と戦えるだけの強化が可能な魔力だ」
ロマルが太い腕を胸の前で組んで唸ったところで、ナズナが口を開いた。
「私が駆けつけたとき、ユウトは出血の量などから考えると死んでいてもおかしくない状態でした」
「まじで?」
そんな大怪我だったのか。
「まじだよ! もう、本当のんきなんだから……」
呆れ顔で大きなため息をついてから、ナズナは改めて話し始めた。
「それでも死なずに済んだのはわずかながら肉体の再生効果が働いていたからです」
「……はあ!? 再生効果って、お前、そんな馬鹿なことがあるか」
目を見開いて、大声で驚きを露わにするロマル。ナズナは頷いて続ける。
「どうやら、無魔力であっても適性自体は存在するということ、そしてユウトの強化魔術の適性はS級に当たるということらしいです。もちろん、急速な再生ではないのでギリギリでS級の基準を超えるくらいだとは思いますが」
「S級?」
なんか驚くべきことが起きていたらしいが、いまいち理解が追いつかない。
「うん、魔術の適性は最高位を決める相対的なものの他に、等級であらわす絶対評価があるの。強化魔術の場合は、一定以上の適性があると使用時に肉体の再生が可能になる。それが可能になる適性値を基準として、それを超えると最高ランクのS評価になる」
「え、もしかして俺すごい?」
「私の医療魔術はS級の中でも上の上だから私の方がすごいもん!」
「いや、なんで張り合ってんだ」
「てへへ。なんか、反射的に」
どんな反射だよ。子供か。
「いや、まあそれにしたって異常だろ。S級の適性がある分魔力の効率がいいとしても必要な魔力は膨大だ。一ヶ月間ずっとすさまじい感情の起伏にさらされて、十分な魔力を貯蔵したんでもない限りありえない。あれからどういう生活をしてた、お前さん」
「そうですね。うーん……」
少なくとも発動直前に感じた悔しさを超えるような強い気持ちを抱いた覚えはない。ナズナの家に来てからやっていたことといえば。
「トレーニングしたり」
「私のおいしい手料理を食べたり」
「ナズナの仕事を手伝ったりして」
「わいわい楽しく暮らしてたよね?」
「おう」
無力感にさいなまれることもときどきあったけど、概ね平穏そのものだった。
「息ぴったりか、お前ら」
苦笑して呆れ混じりのため息をつくロマル。
「なんかないのか? この際別に感情の起伏じゃなくてもいい、魔力陣刻んでからおかしなことが起きたりしなかったか? ささいなことでもなんでもいい」
おかしなこと。おかしなこと……といえば、まあ思い当たらないこともない。
昨夜も見た夢。つまり魔術を使った日の夜に見た夢だ。そしてそれを前に見たのが魔術陣を刻んだ当日の夜だ。よく考えてみれば何か関係がありそうな気がする。
「魔術陣を刻んだその日の夜と、昨日の夜もなんですけど、変な夢を見ました」
「夢を見た? どういう意味だ」
「とにかくあちこち痛めつけられる恐ろしい夢でしたね。寝起きの気分は最悪で」
「いや、待て。なんの話をしてるんだ。意味がわからんぞ。夢ってのは目標とか希望のことだろ。なんでそんなおっかねえ話になる」
「え、やっぱりユウトそういう趣味が……」
「ちっげえよ! 痛めつけられることを望んでるわけじゃないから! 夢ってそういう意味もあるけど、夜寝てるときにも見るだろ? 悪夢に限らず、いろいろ変なことが起きたりするやつ」
ナズナとロマルがそろって顔を見合わせる。
「嬢ちゃん、寝てるときになんか見るか?」
「いえ、今までに一度もないです。ロマルさんは?」
「俺もないし、周りのやつがそんなものを見たって話も聞かないな」
……え? どういうことだ? つまり、あれか? この街の人は一切夢を見ないのか? というか、ここにはそういう意味での「夢」という概念自体がないのか?
「俺は今までに何度も見てますし、ここに来る前の知り合いもみんな見ます」
「なるほど。『スタチュー』であるお前さん特有の現象ってことか。それならまあ合点がいく。その夢っていうのはどういうものなんだ?」
「本来は記憶を整理するために働く脳の機能って言われていたと思います。見るのは仮想現実というか、基本的には見ている間はそれが現実じゃないとは気づかないんですけど、現実ではない世界で何かしら行動しているという感じですかね」
「ほう。その仮想現実的なものの中でひどい目にあったと。そして、魔術陣を刻んだ当日と、魔術を使った日の夜にそれを見た……ね」
ロマルが難しい顔をしてまた腕を組む。
「その夢で魔力が生成されていた可能性があるな。まったく未知の現象だから確かなことは言えないが、現実に近いってんならそこで覚えた恐怖なり苦痛なりが魔力を生むこともあり得る。だから刻んだ当日に貯蔵可能な限り生成し、昨日使った分をまた生成した」
「夢の中での感情の起伏ってことですか」
「ああ、その一晩でどれくらいの苦痛を受けたかわからんが、魔力の生成効率が現実でのそれよりいいのかもしれない。もっとも、強力な強化魔術を使うのに必要な魔力を得られるだけの苦痛を、順当にその夢の中で受けていたのかもしれんが」
「……どうなの? そんなにひどかったの?」
途端に不安げになったナズナがじっとこちらを見上げてくる。
「まあ、前者だろうな。いくらなんでも一晩でそんな量の苦痛は受けられないだろ」
「そっか。そうだよね」
正直なところ、あの夢から魔力を生成できるならかなりの規模になると思う。幻の中にいるようなものなわけだし、ほとんど無限に死んでいるようなものだ。自分の死はある意味最大級の苦痛だ。それを繰り返せばそれなりの魔力が生まれる気がする。
どうなっているのかはよくわからないが、それで魔力が得られるならよしとしよう。
「とりあえずはそれで納得するしかないか。よくわかったよ、ありがとな」
「いえ、こちらこそ参考になりました」
「ああ、なんか異常なりなんなりがあったらすぐに連絡してくれよ。それじゃあな」
そう言い残し、ロマルは大きな体を揺らして去っていった。
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