第10話 DAY.4 氷と火と風と

 胸に激痛が走った。胸を見やると鋭利な氷刃が突き立てられていた。動揺した一瞬の後に再び激痛。二本目の刃がそこにあった。恐怖を認める間もなく三度激痛。胸はもはや氷剣のむしろだった。痛い、痛い痛い痛い痛い。苦悶の叫びは上げられない。すでに喉には五本の刃。花咲くように頸動脈に立つ。右肘、左上腕、左掌、右大腿、額、左膝、右掌、右脛、下腹部。花弁は増え続ける。やめろ。もうやめて。赤い蜜が滴り体を覆う。初めの一刺しで絶えたはずの命。何故か尽き果てぬ生は、百死、千死、万死を経てなお飽かず。

 無限の死を越えて横たわる体は赫怒の紅。紅はゆらめき立ちて業火と化す。熱い。痛い熱い苦しい。人とも氷刃ともつかぬ身を、一切の容赦なく焦がす。燃えてる。熱い。嫌だ。際限なく加熱する獄炎。瞬く猶予もなく灰燼に帰すべく苛烈さをもってしてなおその身は果てず。指先が焼けただれる。気持ち悪い。四肢が崩れ落ちる。きもちわるい。はらわたを炙り溶かされる。キモチワルイ。燃え広がる灼熱に伴うように肥大する火種たる肢体。無限に広がる時間、無限に広がる空間と体、それらを捕らえる無間の炎。

 閃光の如き一陣の疾風。炎の海を割り炎と化した体を縦に裂く。あ。嵐のごとく乱れる風が身を包み、千千に肌を斬りつける。ああ。剥がれる皮膚。吹き飛び散る肉。飛沫を上げる鮮血。あああ。無形の撹拌機に囚われた体は絶えず皮を肉を骨を剥がされ続ける。ああ、あがあ、あ。思い出したように走る疾風。美しい袈裟斬り。がががあぐ。暴露した五臓六腑を粉微塵に裂き刻む。あがあっはは。疾風横一閃。はは。筋繊維を散り散りに断つ。はははは。繰り返す。はははあ。体をばらばらに。ばらばらになった部分をぐちゃぐちゃに。ぐちゃぐちゃになったら粉々に。粉々になったらもっと粉々に。もっと粉々になったらもっともっと粉々に。もっともっと粉々になったらもっともっともっと粉々、もっともっともっともっと粉々もっともっともっともっともっともっともっともっと! はは、粉々、ははははは、粉々粉々こなごな粉々こなごな! ぐちゃぐちゃ! ぐなごちゃあはははははっ! はははははははははははは! あはははあはああああはははははははあああああああああああああああああああああああ!


 

「――っ!!」

 目を見開く。朝の光の中、見慣れた天井が見えた。いつもの部屋のいつも通りの静かな夜明けだった。まだ冷たい早朝の空気を吸い込んでベッドから体を起こす。

 なんだ今の。なんなんだ、今のは。

 俺は何度死んだ? いや、死ねなかったのか? 死ぬほどの苦痛を無限に味わっていたのか? 

 夢、なんだよな? なんでこんな夢を? あまりに異常すぎないか、今の夢は。

 ふと、体に刻まれた魔法陣が熱を帯びているのを感じる。右の上腕に浮かぶそれを見やると、ぼんやりと光っていた。

「これのせいか?」

 行きが荒くなっているのを自覚し、もう一度体をベッドに横たえた。目を閉じ、深呼吸をして心を落ち着けようと試みる。しかし魔法陣の持つ熱や頭にこびりついた恐怖がそれを邪魔する。

 一体何が起きたっていうんだ。まさかこれが毎晩続くとかじゃないだろうな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る