第9話 DAY.3 可能性の模索
翌朝、朝食を食べ終えた俺は一人外出していた。
十数分かけて歩いてやってきたのは、ナズナの家よりもわずかに小さいほぼ同じような外観の建物の前。先代のメディケスタだというロマルの自宅としてナズナから教えてもらった場所だ。
建物の入口は開け放たれていた。最高位以外の医療魔術師も当然病気や怪我の治療を日々の仕事としている。閉めきらないのは気軽に入りやすいするためだろうか。
「失礼します。メディケスタのナズナの紹介で伺ったユウト・アサギリと申します」
「おーう、遠慮なく入れ」
入口の前に立って名乗りを上げると、中から豪快な返事が返ってきた。
言われた通り中に入ると、奥から声のイメージに違わぬ大柄な髭面の男が出てきた。年齢は五〇前後だろうか。手招きされて通されたのはキッチンと一体化されたダイニング。俺は勧められるまま食卓の一席に腰掛けた。
「よく来たな。噂は聞いてるぜ。どっかから転移してきたみたいなんだってな。えらく難儀なこった」
「いえ、そのおかげで体が治りましたので」
「なるほど、前向きなのはいいことだぜ。それで、今日はなんの用だ? 俺の研究に関心があるらしいってことは嬢ちゃんから聞いてるが」
「ロマルさんが以前無魔力の人間に魔術を使えるようする研究をしていたと聞きまして」
「ああ、お前さんも無魔力なのか。ますます難儀だな。だがお生憎様、実用化には至らず途中で断念しちまった」
「よろしければ、どういう手段でそれを実現しようとしていたのか教えていただけませんか? わずかであっても可能性を探りたいんです」
「そうかい。そういうことなら話してやろうか。まず研究を始めた発端は、どうやら人が強い感情、激情をもよおしたときに微弱ながら魔力が副産物として生成されるということがわかったことだ。そこで俺は、魔法陣として身体に刻むことでその魔力を貯蔵することの魔術を開発した」
「誰の、どんな感情でも魔力は生まれるんですか?」
「ああ、無魔力の人間も最高位クラスの人間も等しくだ。もちろん若干の個人差はあるようだがな。感情の種類については、喜びや幸福感でもいいといえばいいんだが、怒りや悲しみの方が催す頻度と激しさと言う点で効率的ではある」
「その魔力を実用化につなげられなかったのはなぜですか?」
「課題は大きく分けて二つあった。一つは、魔力のない人間には魔力を生成、貯蔵するための器官だけでなく、魔術の発動に必要な脳の部位もないことだ。まあ、これはなんとか解決できた。貯蔵用の魔術の応用で、体にある魔術の魔法陣を刻むことでその魔術に限っては魔力さえあれば誰でも発動できるようにした」
「もう一つの問題は?」
「簡単な話だよ。魔力が微弱すぎた。例えば、肉親の死を知った瞬間に生じる悲しみが生む魔力を一とすると、コップ一杯の水を沸騰させるのに必要な魔力が百だ。魔術の中でも基礎中の基礎、最も簡単な加熱魔術を使うのに肉親を百人失わなきゃいけねえ」
「魔力を増幅させる魔術はないんですか?」
「ないね。もちろん開発には取り組んだ。魔術の開発には、直知魔術という魔術を応用する。簡単に言うと、計算の答えを実際に計算せずとも得られる魔術だ。しかし計算できない、もしくはやり方を知らない計算はそれを使っても解けない。つまり、魔力増幅魔術は不可能であるか、俺では知識や能力が足りてないかのどちらかの理由で手が届かないということだな」
「なるほど……。ちなみに、体に刻むことで魔術を行使できるようにする魔術は、何種類ほど開発されたんですか?」
「合わせて五つだったかな。といっても当時はまだ外のアレと戦ってる時期だったから、貯蔵用魔術を除いて全部戦闘向きの魔術だな。身体の強化魔術とか」
「よくわかりました。ありがとうございます。それで、一つお願いしてもいいですか?」
「ん? まあできることなら聞いてやるぞ」
「その魔術、全部俺の体に刻んでください」
「はあ? お前、本当に話聞いてたか!? 得られる魔力が小さすぎて使えない上に、全部戦闘用で生活の役に立たない魔術だって言っただろうが!」
「それでも、です。どこにどんな活路があるかわかりません。尽くせる手は尽くしたいんです。微弱でも魔力が貯められるなら、魔力ゼロよりずっといい」
まっすぐに、半ば威圧するようにしてロマルの強面を見据えて言う。ロマルは眉間にしわを寄せ、腕を組んで唸った。
「と言ってもだなあ。すべての魔術の魔法陣を一人の体に刻むなんてやったことねえよ。俺も医療魔術師だ。危険が伴う可能性があることをおいそれと……」
「じゃあ俺を実験台にしてください。聞いている限り、無魔力の人間以外の役にも立ちそうな魔術に思えます。複数刻んで問題がないかを検証するサンプルということで」
ロマルの眉間のしわが一層深まる。
「お前……。一体何がお前さんをそんなに掻き立てる?」
「……もう一度目覚めたら、必ず何かを成し遂げると決めたんです。俺は一度死んだようなもので、だから俺が恐れるのは何も成せぬまま死ぬことだけです。力を手にする機会があるならどんなリスクだって厭いません」
それを聞いたロマルは表情を変えずに黙って考えこむ。一分ほどそれが続いたあと、ロマルは大きく息をついて顔の緊張を解いた。
「どうなっても知らねえからな」
「望むところです」
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