第7話 DAY.2 オザクリフェという街
朝食後、昨日ナズナの話に出てきた最高位防壁魔術師にして街の象徴ことストラテラの下へ向かうことになった。一応俺についての報告だとか。
ナズナが用意してくれた綿素材の服を着て、ナズナと二人市街を歩く。ユリはナズナの家で留守番しているとのこと。ちなみに俺が寝ていた部屋がそのまま今後俺が生活の拠点とする部屋になった。
「危険分子だ、って牢屋にぶち込まれたりとかしないだろうな?」
「大丈夫だよ。魔力がない以上危険とみなされることはないと思うし、ストラテラさん優しい人だから。それに万一雲行きが怪しくなってもこの私の巧みな話術で助けてあげる」
「そいつは頼もしい」
「なんで棒読みー」
魔術の才能はともかく、話術に長けているとは到底思えない。まあ、そういう実直で素直そうなところはむしろ美徳だと思う。
やがてたどり着いたのは、高さこそないが横にだだっ広い邸宅だった。荘厳な門の前に立つ俺達と建物との間にはよく手入れされた芝生の庭が広がっていた。そのところどころで子どもたちが遊んでいる。
「お庭を一般の人に開放してるんだよ」
「へえ」
門の傍に備え付けられた狭い小屋の中にいた警備員が俺たちの様子を確認して小屋の中で何ごとか操作すると、目の前の門が鈍い音を立ててゆっくりと開いた。芝生の庭を脇目に、建物へと繋がる石畳の上を歩いて玄関へ向かった。
中に入ると召使い的な人に案内され、数分歩いたり階段を上ったりすると一つの部屋の前までやってきた。ナズナがノックしようと手を持ち上げたところで、ドアの方が中から開いた。出てきたのは鋭い目つきながら怖いほど無感情な顔の男。
「シグルズさん」
「む? ああ、メディケスタの小娘か。とすると、そちらが例の」
「はい。ユウト・アサギリです」
ナズナが紹介すると、シグルズと呼ばれた男は射すくめるような視線を俺に向ける。なんとなく対抗心が湧いてきて目をそらさず見返す。
「精進したまえ」
シグルズは表情を変えずにそれだけ言って踵を返し、俺たちの前から去っていった。
「なんかすごみがある人でしょ」
「殺されるかと思ったわ」
「防壁魔術適性で二番手の人なんだよね。歳もストラテラさんと一緒でもともとライバル関係だけど、ストラテラさんのガルデスタ就任以来十年以上補佐役に甘んじてるって。聞いた話では、実質シグルズさんが決めたことが、立場上ストラテラさんの功績になってるってものもあるらしいし」
「そりゃイライラもしそうなもんだ」
「いろいろと不満も溜まってそうだよねー。世が世なら自分が街の指導者だったのにって思いも強いだろうし」
「どういうことだ?」
「二〇年くらい前まではさ、まだデマギアルと戦って土地を取り戻そうっていう世の中だったらしいんだ。だから指導者も防壁魔術の適性じゃなくて戦闘能力、特に効果的に攻撃ができる爆撃魔術の適性で決まってた。でもその当時の、ものすっごく強かった指導者の人がサラマンダーっていう特殊個体に殺されちゃって風向きが変わった。次に指導者として選ばれた人が、戦うのを怖がって不戦の方向に舵を切ったの。大半の人はそれに賛同して、指導者の資質は防壁魔術の適性で決まるようになった。当時のシグルズさんは二〇台前半で、その世代では爆撃魔術の資質は誰よりも高かったって。もちろん、ストラテラさんも含めてね」
「なるほど。あ、じゃあユリが爆撃魔術がどうとか言ってたのは……」
「そうそう。昔だったらユリもそれなりの地位が期待できたはずなんだけどね。というかよくそんな細かいこと覚えてるね」
訝しむように目を細めてこちらを見つめてくる。
「聞きそびれたせいで気になってただけだよ」
「ふーん」
納得出来ないというふうに相槌を打つナズナ。
「前に中型のデマギアルになると分の悪い戦いになるって言ってたけど、その戦死した強いやつなら倒せたのか?」
「撃破出来たって聞いてるよ。デマギアルの倒し方っていうのは、結局向こうの抗魔力を上回る魔力量の攻撃魔術をぶつける形になるの。中型相手だと普通なら数十人が束になって五分の戦い。でもその人の場合そもそも戦い方が違うんだよね。その人は爆撃魔術の適性もすごかったけど、強化魔術の適性が異常なくらい高かったんだって。魔術による攻撃は無効化されるけど、魔術であり得ないほど強化された打撃なら通じる。それでボコボコ倒していったって。到底その人にしかできない芸当だけどね」
「なるほど。じゃあ今は中型と戦ったら勝てる保証はないのか」
「そうだね。だからみんなおとなしくしてるってこと」
そこまで言うと、ナズナは改めて手を挙げて木製の扉を叩いた。
「どうぞ」
応じて中に入ると、高級そうな木製の机の奥に、口ひげを蓄えた柔和な顔つきのおじさんが座っていた。その手前には低いテーブルを挟んで向かい合わせになったソファ。
「やあナズナちゃん。調子は?」
「絶好調ですよ」
顔といい口調といい、シグルズとはまるで正反対の人だ。
「そちらが『スタチュー』の?」
「ええ、ユウト・アサギリです」
「ユウトくんね。よろしく。立ち話もなんだし座って座って」
俺たちは頷き、揃ってソファに腰掛けた。
「じゃあざっくりとわかったことを教えて」
ナズナが俺から聞いたことを踏まえ、推測したことなどを簡潔に話していく。
「うん、ありがとう。それでナズナちゃん。君の彼に対する印象は?」
「そうですね。少し話しただけではありますが、誠実で芯のある人間だと思います。まあちょっと色ボケ気味ですけど」
「誰が色ボケじゃ」
「ははは、百の言葉を重ねるよりも今のやり取りの方がよほど雄弁だね。結構。それじゃあもう帰っていいよ。いろいろ大変だろうけど頑張って」
「え? それだけですか?」
あまりにあっさりと接見の終わりを告げられ、思わず聞き返してしまった。
「うん、ユウトくんの方から何かあるかい?」
「いえ、得体の知れない人間の扱いにしては随分軽いな、と。正直なところ、こっそり監視とか密偵されるくらいならここで徹底的に拷問してくれた方がよほどすっきりします」
なんとなく目の前のストラテラの話しやすい雰囲気につられ、正直に所感を述べた。ストラテラは嫌な顔ひとつせず、真面目な顔で頷いた。
「ふむ。私は、私が信頼している人が信頼しているならそれでいいと思っているんだよ。どんなに疑ったところで暴ける真実など限られている。それならばまず信じることから始めたい。善意を信じられればこそ、弱者は強者の差し伸べた手をとれる。私はこの街が、そうやって力や喜びを分かち合える街であってほしいと思うんだよ」
なるほど。ナズナのような人間が育っているということは、あながちこの人は理想を夢物語で終わらせないだけの信念と力を持っているということなんだろうな。
「失礼しました。ありがとうございます」
「わかってくれて何より。それじゃあ、道中気をつけて帰るように」
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