第6話 DAY.2 朝食とこれからのこと

「いただきます」

 食卓に並んでいたのはものすごく普通の朝食だった。ベーコンに、目玉焼き、レタス、食パン、そしてスープ。どうやら食文化はそれほど変わらないらしい。味の方もまったく問題ない。というかめちゃくちゃおいしい。

 よく考えてみれば自分の口でものを食べること自体かなり久しぶりのことだ。それもあって余計においしく感じるのかもしれない。

「どう? 口に合わなかったら何か別のもの用意するけど」

 斜向かいに座るナズナが、異邦人である俺を気遣って聞いてくる。

「いや、おいしいよ。特にスープ。他は全部俺も知ってる食べ物だけど、これは食べたことない味だな。すごくうまい」

「あ、本当? んふふ、スープは私の自信作なんだよ。さすが私。文化の違う人の舌をもうならせるなんて、料理のセンスも抜群だね!」

「うん、本当にうまい」

 とりあえず、ナズナが調子を取り戻してくれたようで何よりだ。

 ちらりと、俺の隣に座って同じように朝食をとっているユリに目を向ける。

「いつも二人で朝ごはん食べてるのか?」

「そうよ。いつもといっても、この前ナズがメディケスタになってここに越してきてからのことだけどね。一人で食べるのは寂しいからって」

「寂しいなんて言ってないよ! 二人で食べた方が楽しいってだけ!」

 しかしまあ、改めて見るとユリはユリで素晴らしい容姿の持ち主だ。可愛さが際立つナズナとは真逆の、美人タイプという感じ。

 切れ長の目は気の強さと大人っぽさを感じさせるし、長い赤髪はつややかで妙に色っぽい。今は座ってるからわかりにくいけどさっき見た限りだと足も長かったし、胸も豊満でスタイルは抜群といえる。

「ユリはなんの魔術が得意なんだ?」

「一番適性が高いのは爆撃魔術なんだけどね。今じゃは無用の長物だし。次に適性が高い建築魔術で食べていくために目下修行中というところよ」

「無用の長物?」

「ええ。説明してあげてもいいけど、このままだとこっちにまで火の粉がかかりそうだからやめておくわ」

 言ってる意味がわからず、ユリの視線の先を追いかけるとそこにはナズナがいた。なぜか唇を尖らせて俺をにらみつけるナズナが。

「なあ、俺なんか悪いことしたか?」

 小声で隣のユリに顔を寄せて尋ねる。

「胸に手を当ててよく考えてみるといいわ」

「胸」

「私のじゃなくてね」

「すみません」

 胸と聞いて反射的に目の前の強大な存在感に目を奪われてしまった。これが男の性か。

「……ふんっ」

 またナズナの機嫌が目に見えて悪くなった。

「なんでそんなに怒ってるんだ?」

「別に怒ってないもん。朝食の場で下心まる出しの顔でユリを口説き始めたユウトを軽蔑してるだけだし」

「いや、口説いてはいないから」

「どうだか。舐め回すようにユリを眺めたかと思ったらプライベートな質問始めちゃってさ。どこからどう見てもユリの体目当てで口説いてるケダモノじゃん」

「うん、まあ……つい体を眺めちゃったのは謝るが」

「ふーんだ」

 弁明を試みようと思ったがそっぽ向かれてしまった。本当、女の子って難しい。

 なんと言うべきか、もしくは何も言わざるべきか、悩みつつ黙々と食事を進める。やけにユリがにやにやしてるのはなんでなんだろうか……。

「……それで、ユウトはこれからどうする気なの?」

 先に口を開いたのはナズナの方だった。不機嫌そうな声色は相変わらず。

「どう、っていうのは?」

「どこで生活していくつもりなのかってこと」

「そうだな。どんな選択肢があるのかわからないことにはなんとも。借りられる家とか部屋があるならそこに住みたいけど、金もないしまずはまあ野宿だろうな。さしあたっては、街の中で比較的治安がよくて路上生活ができそうな場所を教えてもらえると――」

「――どうしても、っていうなら!」

 俺が訪ねようとしたとき、遮るようにしてナズナが声を上げた。

「うん?」

「ユウトがどうしてもっていうなら……ここに住まわせてあげてもいいよ。どうしてもっていうならね! ちょっとやそっとの誠意じゃ認めてあげないけど……」

「ああ、気持ちは嬉しいけどそこまで迷惑はかけられないし自分で何とかするよ」

「うぬぬ……。じ、じゃあそんな大層な誠意じゃなくても、それなりの誠意で勘弁してあげる。患者が健康な生活を送れるようになるまでが治療、みたいなこと言ってる人もいた気がするし?」

「初めて聞いた」

「ユリは黙ってて!」

「でもなあ。俺自身早く自立して前に進みたいって気持ちもあるし」

「……ユウトはここに住むの嫌なの?」

「そんなことあるわけないだろ。ベッドはふかふかだし、ナズナはいいやつだし。ああ、あとこのスープもまた飲みたいしな。毎日飲んでも飽きなそうなくらいだ」

「――っ!?」

「だから嫌とかじゃな……」

 ふと、ナズナの方に向き直ってみると、ナズナの顔はびっくりするほど真っ赤だった。

「ど、どうした?」

「あ、う、ううん。なんでも……」

 顔の前でパタパタと手を振り、顔を隠すように下を向いた。

「本当、すさまじいまでの天然ジゴロね」

「天然ジゴロって……」

 なんだ? 俺が無自覚に軟派な言葉をかけたってことか? そうはいっても今の今まで口論めいた言い合いをしていたわけだし、そんなことを言うような状況じゃなかった……ん?

 俺、ナズナのスープを毎日でも飲みたいって言ったか? それってあれか? 俺のために毎日味噌汁作ってくれみたいな意味合いになるのか? つまり、なんか古くさいプロポーズ的なことを突発的に言い放ってしまったわけか?

「ああ、いや、ええと、そういうつもりでは……」

「わかってるよ! わかってるけどちょっと不意打ちでびっくりしたの! 別に気にしなくていいから! ほ、ほら、私可愛いからそんなセリフ言われ慣れてるし! ただいきなりだったからちょっと動揺しただけ!」

「なんか、すまん」

 また変な空気になってしまった。もう少しうまくコミュニケーショがとれたらいいんだけどな。寝たきりになる前からあまり人付き合いはよくなかったしな。

「ユウトが嫌じゃないなら、ここに住んであげたらいいと思うわ」

「え、なんで?」

「昨日一緒に過ごしただけでもなんとなくわかると思うけど、ナズは無駄に責任感が強い子なのよ。だから、もしユウトに野垂れ死にでもされたら、一生気に病んで寝覚めが悪くなっちゃうから。ね?」

 そう言ってナズナにアイコンタクトするユリ。

「そ、そうそう。そういうわけだからしばらく、というか、いたいだけここにいればいいと思うよ、うん。あくまで今後の私の安眠のためにね!」

「そういうことなら、そうさせてもらおうか。自立するにしても生活拠点はできるだけしっかりしてるに越したことはないし」

 なんかナズナにおんぶにだっこって感じだけど、今は仕方ないか。

「じゃ、決まりね。でも自立って言うけど、どうする気なの? ユウト、魔力ないよね」

「そりゃな。俺の知ってる世界に魔術なんてものはないし」

「この街では基本的にどの職業も魔術使うのが大前提だよ?」

「……それもそうだよな」

 そこまで考えてなかった。前に進みたい、何かを成し遂げたいとは言うものの、この街に魔術なんてものがある分、相対的に前よりもっと無力になっているといえる。

「ちなみに、この街には魔力がないやつっていうのは存在しないのか?」

「ううん、一割くらいは無魔力、もしくはほとんど無に等しいくらいの魔力しかない人たちだよ。そういう人たちでもちゃんと生活していけるように、私たちみたいに十分な力のある人間がしっかり支えていかなきゃいけないわけ。でもユウトの口ぶりからして、そうやって支えられるような生き方は望むところじゃないんでしょ?」

「そうだな。後天的に魔力を得る方法はないのか? 訓練で、とか、それこそ魔術を使って魔術を使えるようにする、とか」

「うーん、確か先代のメディケスタもそんな感じの魔術を研究してたけど、結局完成させられずじまいだったって聞いてるよ」

「そうか……」

 八方ふさがりだな。だからといってあきらめる気はないけど。なんとか魔力を使わず、それでも十分に人に認めてもらえるくらいのことをやってのけたい。

「大丈夫、大丈夫! 時間の問題だって。なんてったって、この私もその研究をライフワークにするつもりなんだからね。すぐにでも完成させて、ユウトだけじゃなくて、すべての魔力がない人をまるごと救っちゃうんだから」

「はは、やっぱりナズナは偉いやつだな」

「ふふーん、もっと褒めるといいよ。褒めても何も出ないなんて私は言わないよ。褒めれば褒めるほど私のやる気が出てくるもん!」

「頑張れ、天才メディケスタ殿」

「まっかせなさい」

 志が高いのは素晴らしいが、ここまでの印象に基づくとどうにも頼もしさより危なっかしさの方が先行してしまうな。

 ま、期待しながら自分でも道を模索していこう。

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