第5話 DAY.2 失敗は成功のもと
今度こそ治療を終えてユリを再び部屋に迎え入れたとき、室内にはなんとも言えない空気が漂っていた。体を起こす形でベッドに座る俺と、ベッドの縁に腰掛けるナズナは、なんとなく気恥ずかしくて互いを正視できないでいる。
「結局『そういうこと』したあとみたいな雰囲気になってるわね」
「し、しょうがないじゃん! その……初めて、だし」
「その言い方も誤解の余地があるな!」
「は、初めて男の人のを見たってことだからね!?」
「わかってるよ!」
ああ、もう。何やってるんだろうな。何一つやましいことなんてないのに、ユリが初めに変なことを言い出したせいでつい意識してしまう。
「しかし、昨日の尊大さが嘘のような取り乱しぶりだな」
「うぐっ」
「それはナズなりの虚勢なのよ。昔から泣き虫だったから」
「えー……それ言っちゃう?」
「あ、彼相手には見栄張ってたかったかしら?」
「そういうのじゃなくてー」
変に意識しあうのもあれだが、そういうのじゃないとか言われるのもそれはそれで寂しいものがあるというか。まあ当たり前なんだけど。
「ナズは昔からみんなに期待されてたのよ。実際、私たちみたいな普通の子供には到底できないことを当然のようにやってのけてたしね」
「ふふん、それほどでもあるよ」
頬をだらしなく緩めて胸を張るナズナ。
「でも何をやっても絶対何かしらミスが出るのよね。今回みたいに、大筋では成功してるけど、ちょっとした問題が残るって感じで」
背中を丸めてしゅんとなるナズナ。
「周りからしてみればささいなことばっかなんだけど、本人はこの通りそれがコンプレックスみたいで。ミスに気づく度泣きそうになったり泣いたり。そのうち、自分で外堀を埋めるみたいに、私はすごいんだって喧伝してまわるようになってたのよ」
「わ、私がすごいのは事実だし」
「でも当人はまだまだ自分を認められないでいる、というわけね」
「…………」
図星を突かれたのか、ナズナは口をとがらせて黙りこむ。
「でもあそこまで取り乱したのは随分久しぶりじゃない? やっぱり彼との間に何かあったんじゃないの?」
「何かあったってわけじゃないけど……」
そう言ってちらりとこちらを見たナズナの頬にはわずかに朱が差していた。
「その、あんなに本気で『ありがとう』って言ってくれたのに、それを裏切るようなことになっちゃったから。悔しくて、悲しくて……」
なんというか、理想が高いというかプライドが高いというか、それに重度のお人好しも患っているようでだいぶこじれた性格をしたやつらしい。
「それなら昨日のありがとうは、俺の体のほとんどを治してくれたことに対する礼だ。だから改めて、体の全部を治してくれたことについて礼を言う。本当にありがとう」
「……う、うん」
至って真剣に言うと、頬の赤みが増したナズナが視線をそらす。多分俺の顔も赤い。
「それでさ、今回のは全力を尽くした結果なんだろ?」
「……もちろん、手抜きなんてしてないよ」
「それなら、まずは自分のしたことを誇っていいと思うんだ。能力のあるやつの負うべき義務は、何よりも全力を尽くすことだと思う。お前はそれを尽くしたわけだ」
「誇るって言われても……」
消沈したままつぶやくナズナ。俺はそれを見て一つため息をついた。
「それと、うぬぼれるのもやめろ」
「へっ!?」
俺が急に攻撃的な物言いをすると、ナズナは弾かれたように顔を上げた。
「ナズナは、自分の才能をもってすれば、なんでもかんでも完璧にできると信じてるわけだろ?」
「そうだよ。私天才だもん。今までの誰よりも才能あるんだから」
「でも実際は違う。お前は全力を尽くしてもお前の理想とする完璧には届かない。つまりお前が思ってるほどお前はすごくないんだよ」
「なっ……!」
ナズナは面食らったように目を見開く。その目をまっすぐに見つめて頷く。
「だからさ、頑張れよ」
「……え?」
「まだ足りてないんだよ、才能だけじゃ。だからもっと頑張ろう。俺もこれから頑張っていく。必死でやる。かけらも才能がない俺が言うのも変だけど、一緒に頑張ろうぜ」
そこまで言って、最後に気付けするようにナズナの肩をポンと叩いた。
ナズナは呆然として目を瞬かせながら俺を見つめている。腕一本分の距離でお見合い状態が続くこと数十秒。
……なんか急に恥ずかしくなってきた。なんで俺こんなきざなことを堂々と言っちゃったんだろう。いや、本気でそう思ったし言うべきだとも思ったけどいくらなんでも……。
俺が突発的に切ってしまった啖呵の是非を思い悩んでいるうちに、先に我に返ったナズナが、ビシっと俺を指差した。
「な、なな、なんか上から目線すぎじゃないかな!? それに、その、ほら、すごくないとか、ちょっと失礼だと思うよ!?」
言いながら叩きつけるように何度も指をさす。
「まあ、その……なんだ」
「わかった。わかったよ。いいもん。頑張る。私完璧になる。ユウトにも、私は全部完璧にやる子だって思われるようになるもん。絶対その考えを改めさせてあげるんだから」
そう言ってぷいっと顔を背けてしまった。
ああ、何やってんだろうな、俺は。命の恩人に喧嘩売ってどうする。「うぬぼれんな」ってなんだよ。さすがに怒らせたよな。あとで落ち着いたらちゃんと謝ろう。
「――ぷっ、ふふ」
そこで突然聞こえてきたのは笑い声。声の主はナズナがそむけた顔の先にいたユリだった。ユリはちらちらとナズナの顔を見ては笑いをこらえきれずに漏らしている。
「どうした?」
「ううん、別に。ナズナ、面白い顔してるなーって」
「う、うるさいなー、もう!」
ナズナはすねるように言って両手で自分の顔を覆い隠した。面白い顔ってなんだ。ナズナは怒ると変顔になるのか? それはそれで見てみたいけど、これ以上怒らせたくもないな。
「とっ、とにかく! もう朝ごはんの時間だし、私先に行って支度してるから!」
ナズナはそのまま顔を見せないようにしてバタバタと部屋を出て行ってしまった。
「大丈夫なのか? あれ」
「うん、大丈夫。えー、ユウトだっけ。ナズナとよろしくしてあげてね」
「お、おう。それはもちろん」
俺が頷くと、ユリも部屋を出ようとする。しかしドアノブに手をかけたところで止まってこちらを振り向いた。
「あ、あと、朝ごはん食べに行くのはもう少ししてからにしてあげてね」
「え? 別にいいけど……」
ユリは満足気に微笑んでから、今度こそ部屋を出て行った。なんだろう。台所に男を立たせたくないとかそういう主義があるんだろうか。
この世界に来てからというもの、何もかもわからないことだらけだ。
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