外伝の外伝 ラッキースケベハロウィン



「トリック・オア・トリートッ」

「驚かせないでほしいんだけど……」

 帰宅するなりシヴァーはテンションマックスでルミナスに飛びついたものの、ソファで寛いでいた彼女は冷静に目を細めて見せただけだった。

「それにその恰好。いくらなんでも趣味が悪いぜ」

 指摘されてかっと熱くなる。……オオカミ男のカッコは、まずかったかしら。でもほら、人狼の厄払いもかねてって意味合いが──まったく伝わっていないからこそ、不審な目を向けられているのだろう。

「でででも、せっかくのハロウィンで……一生懸命作ったんですぞ」

 しゅーんと落ち込んでいるとルミナスがおろおろしだした。彼女はなんだかんだで優しいのだ。

「み、耳が可愛いぜ」

「……あとは?」

「尻尾も可愛い。頑張ったの、わかる。」

「ほんとですかな?」

「ホワイトに見つかったら狩られるかも」

「げええ! それは笑えないですぞ……」

 シヴァーのつけた獣耳をモフモフやりながら笑うルミナスはいつもの部屋着だ。キャミソールの上にカーディガンを羽織っただけのリラックススタイル。ちょこっと期待した心が、残念だと騒ぐ。

「なっちゃんは仮装しなかったんですなあ」

「むぅ……実はレインさんが魔女の服を用意してくれて、これ着てマスタースパークって叫べって言ってたけど──恥ずかしかったから逃げてきたぜ」

「あらら……それはそれは……」

 ──見たかったですぞ。レイン殿め。もっとうまくやれよあほニート。

「ところでなっちゃん」

「なんだぜ?」

「がおー! トリック・オア・トリート!」

 仕切り直しだ。身を起して両手を上げて威嚇すると、彼女は眉を下げてくすくすと笑いだした。

「そうだった。お菓子、持ってるぜ。えーっと……」

 はい、と彼女が出したのは筒状になったパッケージに丸いチョコレートが入ってるあれだ。

「……むぅ? どうしてそんなに落ち込んでるんだぜ? これ、嫌いだった?」

「ち、ちが……。チョコレートは大好きですぞ。ただ、イタズラもしたかったというか……ごにょごにょ」

「限定の抹茶味を一本渡すことはできないから、少しだけだぜ」

 そういうなりルミナスはパッケージを開ける。ところが、半分寝転がったような姿勢だったため変に力が入ったのだろう。ぽんといい音を立てて開いたお菓子は、彼女の体の上にばらばらと降り注いだ。三秒ルールだ、とシヴァーの手が追いかけた一粒がころころと転がって、ルミナスのキャミソールの間から豊かな胸元の谷間に消える。そのまま無意識につっこんだ指が柔らかな抵抗に阻まれて、シヴァーは自分の指の現状を悟った。

「ご、ごごごごごめんなさいですぞ!」

 慌てて引き抜いた指がやけどしそうなほどに熱い。顔も、体も。

「べ、別に……わざとじゃないってわかってるから」

 そう言うルミナスも顔が真っ赤だ。いつものシヴァーだったらわーっと逃げてしまうところだが……げほんげほん。いい加減にそろそろ進展があってもいいんじゃないかと思い直す。大体なっちゃんはなんなのさ! きゃーえっちー☆とでも言われればそれなりにオープンスケベなことができるが、わざとじゃないならって。悪気のありなしはどこで判断してるんだ。足が滑っちゃってこのまま抱き付いたっていいのか?……いやそれはいかん。

 でも今日はハロウィン。 お菓子がないならイタズラだ。……シオンに借りた『性の教典』にそんな特集があったな。こんな薄着で、寝転がったままの無防備なままの彼女も悪くないか?──男子中学生の劣情をなんだと思っているんだ。

「シヴァー?」

 動かないシヴァーに恐る恐るといった体でルミナスが声をかけてくる。

「……ねえ、なっちゃん」

「む、むぅ?」

「オイラ様は……なっちゃんを大事にしたいって気持ちがあるんですが……」

 ──あぁああああああ古今東西のエロスの神よ! 今こそ力を! 契約をしてくだされ!!

 ええいままよ。男は勢いだ。心の中は大荒れだが、ここはクールになれ。冷静になるんだシヴァー!

「──お菓子、いただきますからな」

「え、ええ──ひゃ!?」

 彼女が戸惑っているのをいいことに、首筋にそっとキスをする。途端にこわばる体を宥めるように肩を左手で撫でつつ、右手をそっと胸元に。キャミソールをずらし、おずおずと柔らかな胸を服越しにそっと、徐々に大胆に揉みしだいた。手に余るが指に伝わる感覚は蕩けるような柔らかさせで、舌で味わう彼女の肌は吸い付くようにしっとりとしていて心地いい。

 獣の荒い息遣いが聞こえる。なんだろう、と思ってすぐに、それが自分の息だと気が付いた。頭の中はどこか冷静なのに、体は正反対だ。彼女は両手を中途半端に持ち上げたまま首を振った。

「し、シヴァー、や、やめて……」

「……なんでノーブラなんですかな」

「う、うう……」

「オイラ様だって男なんだから、我慢の限界というものがありますぞ。何度も何度も注意しましたからな」

 キャミソールの裾から手を突っ込んで。直に指で乳房のラインをなぞってやる。涙目でいやいやする彼女は誘っているのかいないのか。……絶対的に後者だろうが、男は前者と解釈するのだ。。……の、だ。…………。

「い、イタズラにも限度があるぜ……」

「心外ですな」

 探り当てたチョコレートを口に入れる。ほろ苦い抹茶の味がより気分を高揚させた。

 震えた彼女の唇にそっと自分のそれを寄せる。……逃げないくせに。何もわからないほど初心ではないくせに、迫られる意味だって分かってて逃げないのは──都合よく解釈されても仕方ないだろう?

 そう思っていたら。

 ──ゴッ。突然歯に当たる冷たくて固い感触。

 銃だ。いつも魔物相手にぶっ放してるその銃口がシヴァーとキスをしていた。

「お菓子もイタズラも、十分でしょう。もうハロウィンはおしまいだぜ」

「……なっちゃん。こんくらいでお助けええって逃げ出すのは、どこぞのヘタレくらいですぞ。撃つ気なんてないくせに」

「あ、あなた……今日の貴方おかしいぜ! 本当に人狼なんじゃ」

「さあ、どうですかなぁ?」

「……むぅ!」

 歯を見せて笑っていやらしく笑ってみせると、ついに我慢の限界を超えたらしいルミナスから平手打ちを食らった。じんとした頬の痛みが甘い。

「シヴァーのえっち。レインさんに言いつけてやるんだけど」

「……嫌なら嫌って言ってくだされ」

「嫌じゃない」

「ほえ!?」

「自分で推理して、わたしの名探偵さん」

 ルミナスは笑い、それからシヴァーの手を引っぺがして服装を整えた。その手が少し震えているし、頬もまだ赤い。

「貴方やシオンが、男子には男子の事情があるってよく言うけど。女子にも女子の事情があるぜ。トトさんはそういうのよくわかってるからモテるんだと思う」

「がーーーーーん! よりにもよって外面だけのトト殿を引き合いに出すなんて!」

「それに、なんでブラしないのかとかも……貴方もつけてみればわかるんだけど。あれ本当に苦しいんだけど」

「サイズが合ってないのでは? また大きくなったんじゃ」

 ばちん。またひっぱたかれた。今日の彼女はずいぶんと攻撃的だ。

「……女の子との体に興味があるのはわかったから。こういうことがあると、部屋変えさせられるかもしれない。今後、貴方が暴走しないように何か考えるぜ」

「オイラの興味は確かに他の女性の体にも向いてますが。なっちゃんのことは特別なんですが……」

「ど、どうして?」

「どうしてって──わかりませんかな?」

「だ、ダメ! 来ないで!」

 すぱこーん。優位になりかけたシヴァーの頭をルミナスがぶったたく。……自分で推理しろだなんて言っておいて、答えを出させる気はないらしい。

 それにしても、来ないで、とは。……ふう。

「わ、わたし、ちょっと出かけてくる」

「逃げる気ですかな!」

「今夜の貴方は本当におかしい!!」



 夜遅くに響いた音に、時季外れの花火かと首を伸ばす学生たちが寒空を見上げたらしい。





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