外伝の外伝
外伝の外伝 選んではいけない人狼
選んではいけない人狼
~人狼の世界観で平和だったら~
※トアンもいます。
~1ゲーム目 スタイル~
「あれ」
体育前。鞄をあさりながらルミナスが焦っている。彼女が慌てて頭を振ると、赤いリボンがゆらゆら揺れた。
「おやおや、どうしましたか。早く教室を出ないと施錠されますぞ」
「体操着……、ジャージはあるんだけど忘れたみたいだぜ」
「なんと! それは大変ですな」
「チェリカちゃんに借りてきてあげよっか~?」
袖をふりふり、シオンが問う。
「で、でも」
「昨日も魔物退治で忙しかったですからなあ。ジャージ羽織ってれば名前もカラーもばれないでしょうし、名案ですな」
「でしょ。んじゃちょっと待ってな」
「でも、その……」
「なっちゃん、何が問題なんです?」
「……むぅ」
グラウンドを走るルミナスを見て、シヴァーはぎゅっと両手を握りしめていた。正確には、男子諸君は女子たちのあとをえっちらおっちらと走っていながらなのだけれど。
長らく禁止されていた運動ができるのは嬉しい。嬉しいが……。
「こらこら。女子の姿ばっか見てないの~」
シオンに囃し立てられても言い返せない。
「ねえシオン殿……。男子の体操着なんて身長やスタイルで大した差はでないでしょうが……」
「ん? あぁ~、チェリカちゃん小柄だもんね。そのうえお子様体型だもんねえ。ルミナスにはあのブルマ、ちょっと小さかったね?」
「ちょ、見ないで見ちゃだめ! 周りにも聞こえちゃうから!」
「いやあ、ぷりっぷりだよね。こう、線がさぁ」
「こらぁあ! らめ! らめですからぁ!!」
「……全く、マラソンの練習だなんてどうしてこんな不毛なことをするのかしら。ねえお姉さま?」
「ん、んぅ……」
「あら? 顔が真っ赤ね。どうしたの?」
「ジャージの下が必要だったぜ……」
~2ゲーム目 ぴったりの暴言~
「悔しいよ、悔しいよぉ!」
「ど、どうしたの、チェリカ」
キー、一人でカメラ片手に怒り狂うチェリカに対し、トアンは焦る。先ほどまで上機嫌だったのに、女の子ってよくわからないや。
「さっきさ! シオンがね!」
「あぁ、体操着借りに来てたね?」
「そう! ルミナスに貸してたの。それはいいんだ、いいんだけど……さっきルミナスが返しに来てね。その時シヴァーがさぁ」
『体育着にもサイズはあるんですな』
「って言ってたの。なんのこっちゃ? って思ってたけど、写真整理してたら気づいたんだよね」
「えっと、何に?」
「真実にだよ!」
涙目で突き出された二枚の写真には、自分の体操着で体育をするルミナスと、チェリカの体操着で走るルミナスが写っていた。自分のものならまだしも、小柄なチェリカのものを、発育のいいルミナスが着ているのは──おおう。
「こ、これは……」
「後輩に! 追い抜かされた! 私の気持ちが! わかる!?」
「う、お、うう、うん。」
「シヴァーがむかつく! ひどい! 言い足りない!」
うわーんと大声をあげてから、チェリカはばっとトアンに向き直った。
「ねえトアン、君、人狼でしょ? 酷い悪口考えてよ!」
「え、えーっと。えっと──チビとかどう? シヴァー、身長気にしてるみたいだし」
トアンの提案に、チェリカの顔がぱっと明るくなった。よかった。
「いいね! 言ってやろ言ってやろー!」
「ほ、ほどほどにね」
「私が考えた童貞イ●ポ野郎よりいい悪口だね」
「ちょっと待ってチェリカちょっと待って」
~3ゲーム目 相談窓口~
「……は、恥を忍んでお前に聞きたかったんだ。で、どう思う?」
「どう思うって言われてもなぁ」
ソファに座って、ぴんと背筋を伸ばしたままこちらを見つめてくるウィルにコーヒーをすすめながらプルートは足を組む。
現在この部屋には二人きりだ。トトは今日、約束があるとかで遅くなると聞いていた。……主人不在の家に間男を連れ込んでるみてぇだな、とプルートは少しだけ笑う。
ブラックコーヒーよりも苦い顔で、生真面目な副会長が持ってきた相談事。それはなかなかに面白そうなもの。
あぁだの、こうだの。そんなんじゃなかった、こんなはずはなかった。いろいろと言い訳に包まれていた中身は、恋愛相談だった。
「……レインは、嫌かな」
ぽつりとウィルの口から名前が零れる。ただの人の名前を、こんなにも大事そうに呼ぶ男をプルートは初めて目の当たりにした。
「一つ聞きたいんだけどよ。レインのどこがいいんだ」
「どこって……そんなのオレが聞きたいよ。ぐーたらだし、トンチンカンだし」
「顔はいいけどな?」
「が、外見は……その、まあ、そうだよな。でも性格だって」
「ぼろくそに言ってただろ今」
「~、でも好きなんだ!」
「だから、その理由は?」
「放っておけない」
「……。あいつは僕のしもべだし、吸血鬼だ。それなりの力はあるだろ。むしろお前は守られるんじゃねーの」
「それは……」
「大体なんで僕に相談したんだよ」
「だって、プルートはホモだろ!」
ずばりと言われて、うまく言い返せない。
──僕は本当はホモじゃない。男になんか興味ない。
人狼の目を欺くためにトトに服従しているだけ──言ってしまえば利用しているだけなのだ。
「……わかんねぇな。あいつは元人間の魔物だ。人間風情を愛せると思うか? 同性のお前を?」
「……そっか、そうだよな」
「大体プルート『は』ホモってなんだよそれ。お前もだろ」
「違う! オレはホモじゃないはずだ!」
「いやホモだよ、レインは男だもんよ」
「オレは……オレは……」
「ホモだろ」
「あぁあああ、くそおおおお!」
頭をわしわしやりながら身もだえするウィルを見て、プルートは思わず唾を飲み込んだ。
僕はホモじゃない。ホモじゃないけど……。こいつの生真面目で、でも男っぽくて、そんでもって今のうろたえる様を見ていると牙がうずく。
美味そうだ──ちょっとだけ、相談の報酬に血が欲しいな、思う。
何か考える前に手が出ていた。ウィルの手から転がり落ちたカップが、床にコーヒーをぶちまける。ソファに押し倒されたウィルの顔がさっと青ざめた。メガネがいいな。
「ちょ、ちょっと待て」
「なんだよ」
「なんだよはこっちのセリフだよ。何するつもりだ」
「……。レインが好きなんだろ。痛い思いはさせたくないだろ……?」
「はぁ?」
「だから僕が教えてやるって言ってんだよ、コツとその他諸々な」
「ちょ……ちょっと、おい、冗談だろ?」
「冗談で言うか──いてっ」
喉元に食らいつく前に、ぐいと髪の毛を引っ張られた。そのまま顔が持ち上げられる。──微笑んでいるトトと目が合った。
「なにしてるの」
──あれれ、トトの目が笑ってない。
「か、帰ったのか」
「……俺は寝取るのは好きだけど、寝取られるのは好きじゃないんだよね。第一おもちゃ同士で遊ばれたらご主人様はどうしたらいいの? アンディはがっかりだよ」
「おい、なんだおもちゃ同士って」
これ幸いとばかりに逃げ出したウィルがトトに口答えする。が、トトは笑みを返した。
「これの躾が終わったら副会長とも遊んであげますよ」
「いやいい、遠慮する。お邪魔しました」
「今度はレインさんもつれてきてくださいね?」
「お前には会わせない!」
~4ゲーム目 親心~
12月。一年の締めくくりとともに、学生たちは期末テストという魔物と戦うことになる。
「もうダメだぜ……」
数学のワークブックの上に突っ伏したままルミナスが動かなくなった。
「全然わからないんだけど」
「オイラ様ももーだめですぞ」
「シヴァー、文章問題は解けてたぜ」
「それでも赤点が回避できない……」
うーんと唸りながら時計を見ると、もうすぐ日付が変わるところだった。
数学のテストは明日。一夜漬けに挑む二人だが、集中力もう限界だ。でも二人そろって赤点なんかとってみろ、ホワイトにどれだけバカにされることか……。
「なっちゃん、気分転換にお風呂でも」
「お風呂はもう二回入ったぜ」
「今度は一緒に入りますかな?」
「……えっち」
「オイラ様もう眠くて眠くて! びんたしてくだされ」
「嫌だぜ、貴方疲れすぎておかしくなってるんだけど!」
わーわーと言い合っていた時だった。こんこんと窓がノックされる。カーテンを開けてみれば、寒空の下レインが訪ねてきたのであった。からりと開けて招き入れる。外気の冷たさが身に染みる……。
「レイン殿、こんな夜更けに何の御用で?」
「……甘やかされたい人はいますか?」
「は?」
突然何をいうのかと目を見張る二人の前で、レインは右手に持っていたお盆をテーブルに置いた。お盆の上には土鍋が二つ。
「甘やかされたい人ー」
「えーっと、オイラ様」
「よし、じゃヴァッ君にこれ。ルミは?」
「……」
「ルミ?」
「……レインさん、何しに来たんだぜ?」
「見てわかれよ。夜食の差し入れだ」
「夜食なんて、今食べたら……そんなの食べたら眠くなるんだぜ!」
テスト前故に余裕がないのか、彼女にしてはらしくないわがままだった。レインはそうかとつぶやいて、お盆もそのままに窓から飛んで行ってしまう。
「あ……」
すぐにルミナスが手を伸ばしたが、もう遅い。レインの姿は闇夜に溶けて見えなくなってしまった。
「……なっちゃん」
「──わたし、酷いこと言ったぜ」
「で、でもレイン殿怒ってなかったですし」
なんとか気を紛らわせようと、レインが置いていった夜食のふたを開けた。……ぷわっぷわに煮込まれたえび天と、じゅわっと汁の染みた甘い油揚げのうどんだった。ネギの青い香りが目を覚ましてくれる。
「なっちゃんのもほら、同じの。おいしそうですぞ」
「……わたし」
「ウィル殿のところに連絡してみましょう。きっと、そこにいますからなぁ」
『もしもし? どうしたんだよ二人とも』
全く眠くなさそうな電話口のウィルから察するに、彼も勉強していたらしい。非礼を詫びてからシヴァーはレインのことを聞いてみる。
『あー、いるよ。さっき行っただろそっち。夜食もって。うちのキッチンで作ってたんだよ』
「それで、その……どんな様子ですかな」
『上機嫌だよ』
「え?」
『ルミナスにいらないって言われたって聞いたよ。そのことか? レインは全く気にしてないから、そっちも流せって』
「それでいいんですかな?」
『あぁ。なんかさ、ふふ』
電話口で、ウィルが優しく笑った。シヴァーとルミナスは受話器に耳を押し付けたまま顔を見合わせる。
『本当の親子みたいだって思って、嬉しかったんだってさ』
~5ゲーム目 雨の日の夕焼け~
「雨……」
靴をはきかえ、ルミナスは空を見上げてつぶやいた。日中はなんとか持ったものの、灰色の雲からはついに限界を超え、ざあざあと冷たい雨を降らせている。下校時刻もだいぶ過ぎてしまったため人気のない昇降口はどこかさみしい……。
まるで、世界に一人ぼっちになってしまったような。
「……早く帰ろう」
家ではシヴァーが待っているはず。先生から雑用で捕まらなければ、一緒に雨が降る前に帰れたのになあ。
鞄から赤い折り畳み傘を取り出す。ぽんと広げていると、灰色の世界に青い傘がにじみ出てきた。──シヴァーだ。
「なっちゃーん! お迎えに参上しましたぞ」
「どうして?」
「傘持ってないかと。ああ、ちゃんとあったんですな」
長靴をがぽがぽならし、シヴァーはルミナスの隣に立つと自分の傘をたたんだ。
「どうしたの。忘れ物?」
「ええ、傘を忘れてしまいましてなあ。よろしければ一緒にいれてくだされ」
言うなりルミナスの傘を持ち、精一杯背伸びしてシヴァーは笑う。
「……う、うん」
貴方って、少し甘えん坊だぜ。
ルミナスは俯いた。今日は夕焼けではないから、赤い頬を誤魔化すこともできそうにない。
右手には鞄。置き場に困っていた左手にはシヴァーの右手に絡めとられた。シヴァーの手のひらは小さいと思っていたのに、いつのまにか変わっていた。少し硬くて、ガサガサした手。きっと彼はぐんぐん大きくなるのだろう。……そして、そのときわたしは。
「そうだ! 抹茶プリンを作っておきましたぞ。帰ったら食べましょう」
「……うん!」
二人姿は灰色に溶けていく。……やがて雨は止んで、綺麗な虹がかかるのだろう。
~追加ゲーム~ 悪魔の懇願
「俺の好きな人のタイプ?」
冬雲の合間、ふと顔を出した太陽は季節外れの温暖な気候をもたらしたある日の昼休み。ぽかぽか陽気の屋上でメロンパンをかじっていたトトが首を傾げた。
「聞いてどうするの、それ」
他意はないのだろうが、愉快そうに細められた目を見るとシヴァーは緊張してしまう。それでも何度か深呼吸をして逃げずに踏ん張った。
「何度かクリスマスの予定を聞かれていたのを見ましたぞ。色んな女子に。でも全て断っていたから……」
「あ、見てたの。それで勿体無いって?」
「そもそも貴様が人を愛せるのか疑問に思いましてな」
「酷いこというね、ケダモノは君の方じゃない。」
トトはおかしそうに笑う。その体が少し傾いた。
「……ちょっと、ちゃんとして」
座っていた『椅子』に冷たく言い放つ。椅子──哀れなプルートは四つん這いになったまま固まった。彼の前でこんな話をするのも酷だったか……とシヴァーは少し眉を下げるも、いいやと持ち直す。
「プルート殿と過ごすのですか?」
「内緒。なに、ルミナスが気にしてたの」
「違いますぞ。本当にオイラ様の好奇心です」
「好奇心。竜をも殺すって言わない?」
「それは猫では?」
「そうだね、そうとも言うね。あははは!」
一頻り笑い、残り一口となったメロンパンをぱくりとやってから、で、俺の好み知りたいんだっけねとトトは自分から話を戻した。
「あのね、俺のこと好きになってくれる子は、みんな好みだよ」
「そんな漠然とした答えでは納得できませんなぁ。年齢や髪の長さ、背の高さや性格は?」
「んー、外見は本当なんでもいい。性格は俺のこと好きかどうか。あとは年上でも年下でも、小学生から熟女でも。サラサラでもゴワゴワでも、お淑やかでも姉さんでも。胸もぺったんこからバインバインまで何でもオッケー」
思った以上に酷い答えだった。そんなことを、いつもの人の良さそうな困り顔の笑みで言うのだから救えない。
「じゃ……じゃあトト殿から好きになるってことはないんですかな」
「うーん、そうだね……いや。俺からも、の場合もあるよ」
「それこそどんな感じの子ですかな?」
「子っていうより──インモラルなにおいが好きかな。」
また酷い答えだ。しかしトトは真面目に考えてくれてしまった。
「姉妹、女教師、あとえーっと……あぁ、レインさんとか」
「え?! ニート殿!?」
「あの人、男だけど綺麗で優しいよね。でもそれだけじゃダメなんだよ。レインさんには副会長がいるじゃない?」
「は、はぁ」
「そこがいいんだよそこ、人妻。そういうのメチャクチャにしたくなるし、スリルと背徳感にゾクゾクする。寝とったら副会長どんな顔するかなーって考えただけで……」
「ギャーッ! やばいやばいって!!」
「あとさぁ、レインさんにはルミナスって娘もいることだし。親子丼ってよくない?」
「ちょっとアンタァ! なっちゃんにまで手を出したら許しませんからな!」
「いいじゃない。彼氏と幸せなデートをした後てバイバイした後に……色々あってさ。次の日からギクシャクしちゃうの、どう」
「どうじゃないです!」
「シヴァーは残念なことに、なっちゃんの様子が変で~って俺に相談しにくるワケ。俺はうんうんって聞きながら、心の中では昨日のことを思い出してニヤニヤするの。ねぇ、どう?」
「だから、どうじゃねぇって言ってんだろクソ眉毛!!」
「ちょっと、苦しいよ」
思わず襟首を掴んでいた手を話す。トトは何度か咳き込みながら、それでも楽しそうに笑っていた。
「寝取られって癖になるらしいよ。信じて送り出した彼女が~ってやつ。でも俺は寝とる方が好きだけど」
「知らねえよそんな性癖! もう十分です、オイラ様帰ります!」
鼻息荒く屋上から校内に戻ろうとしたシヴァーの背中に、トトの声がぽんぽんとぶつかってきた。それは、独り言のような小ささだったが。
「俺はみんなのことが好きだよ。レインさんも、ウィルさんも、シヴァーもルミナスも──だから仲間はずれは、置いていかれるのは嫌なんだ。みんなをメチャクチャにして、その輪の中にいたいんだ」
──そうしたら、少し安心できると思うんだ。
最後はあまりにも小さな声だったので、シヴァーはもちろん、彼の椅子となったプルートにも届かずにきえた。
忘れられる。置いていかれる。捨てられる。人を失うよりも、人から自分の存在を失われる方が怖い。……愛されたい。
思いを留めるべき器がすでにひび割れていることにも気付かず、少年はひたすら祈りつづける。
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