外伝 *ルミナスのティロフィナーレ*

「……ひッ」

「目を閉じるな! ルミ、相手を見ろ!」

「ニート殿! なっちゃんを助けてやってくれですぞ!」

「……ち、仕方ねえな」



*ルミナスのティロフィナーレ*


「お前さ、やる気あんの?」

「はい」

「返事はいいんだよ返事は。何で言うこと聞かねえんだよ、バッヂが足りねえのか、愛が足りねえのか」

「……ごめんなさい」

 視聴覚室の床に正座したままうな垂れるルミナスと、その前にごろりと横になったレイン。クッションを枕に、テレビに無理やり繋げたプレイヤーでアニメのDVDを見る様子はただのニートだが、こんなんでもルミナスの“おや”だ。下手に口を出すこともできず、シヴァーはおろおろとやり取りを見守る。

「銃を手放さないところは評価できるけどな。闇雲に撃ってみるのもいいか」

「そんな危ないことさせるなよ」

 タイミングよく、がらりと戸を開けてずかずかと入り込んできたウィルがレインの隣に腰を落とし、持ってきた包みを差し出した。

 やったーと適当に喜びつつ、中から取り出したから揚げをもふもふと食うレインの様は先ほどまででかい銃をぶっぱなして魔物を狩っていたようには見えない。

 ルミナスの特訓を始めて五日目。いまだに実戦では戦えない彼女をどうにかしようとレインなりに考えているようだが、シヴァーの目にはスパルタにしかうつらない。どうしたって怖がってしまうのだ、もはや理屈ではないだろう。

「あれウィルくん、ピザまんは? つうかこの袋、コンビニじゃないぜ」

「そうだよ。毎日そんな適当なもん食ってちゃダメだ」

「……ルミ、ピザまん」

「女子中学生にたかるなよ! おにぎり握ってきたからそれ食べろ。水筒に味噌汁も入ってるし」

「はあ? お前が作ってきたのか」

「何引いてんだよ、オレの実家の梅干うまいんだから一口食べてみろって」

「吸血鬼は米握った奴とか食わないぜ」

「いつもピザまんだのプリンだの何で食ってるじゃないか! この前の団子とそう変わらないだろ!」


「もー。ニート殿。副会長殿といちゃいちゃしてないでなっちゃんのことをもっと考えてくだされ」」


 たまらず口を出したシヴァーに対し、レインはぼんやりと目を細めだけだったがウィルは真っ赤になった。何故なのかはわからないがレインをよくよく気にしているあまりまんざらでもないのだろうか。彼はノーマルだと思っていたが身の回りに変態は多いものだなあ……。

 ウィルはからかうなと喚いた挙句、誤魔化す為に電気の無駄だとプレイヤーの電源を切ろうとする。レインが絡み付いてやめろーとぼやいてる……余談だが、この部屋の電気は旧校舎なので当然通電していない。ゲームやらテレビやら、それらは不思議な生き物によってまかなわれている。レインがどこからか捕まえてきた電気鼠という魔物たちが頑張って発電してくれているのだ。ちなみに彼らは、まめに休憩とチーズを与えているウィルになついている。

「そういや、ウィルくん。あれは買ってきた?」

「……え?」

「あれだよあれ」

「まあ、一応……」

「あぁこの包みか」

 わちゃわちゃと絡んでいた手を離し、レインはまた包みをあさる。

「ニート殿、オイラ様の話を……」

「聞いてるよ、ちゃんと考えてた。このままだったらルミは一生掛かってもまともにハンターになれねえからな」

「……ショックなんだけど」

「事実だろ」

「むぅ……。」

「そんなお前に、ほらこれ」

 ぽい、と手渡されたビニールは吸い込まれるようにルミナスの腕の中に入ってきた。シヴァーは何ですかなと覗き込み、絶句する。調度テレビに写っているアニメヒロインが着ている衣装だった。

「ココココ、コスプレ!?」

「わあ、ちょっとえっちだぜ」

「ニート殿! 何を考えているんですかなぁ!」

 詰め寄るシヴァーに対し、レインはどこ吹く風だ。

「しかも貴様、うちの学校の副会長殿に買いにいかせたんですかな! ハレンチ副会長殿! こんなもの買わないでくだされ!」

「ち、違う、オレだって恥ずかしかったし……男物のSサイズって言ってたから、てっきりレインが着るのかなって」

「どっちにしろよくねえ! ……ってダメですぞなっちゃん! こんなところで着替えたらダメ!」

「似合うぞルミルミ。今後は魔法少女あるみ☆なすらちゃんと名乗るといいぜ」


 結果はと言うと、上々だった。

 制服よりも短いスカートを翻し、黒いタイツを覗かせ、腕にした盾のような武器の中に収納した拳銃をばかばか撃ちまくるルミナスの姿を柱の影から見守りながら、シヴァーはぐっと拳を握る。

(なっちゃんが頑張ってる……! 応援しないわけにはいきませんからな!)

 コスプレをして、アニメヒロインになりきる。適当かとおもわれたレインの作戦のおかげで戦いの恐怖や責任を衣装のせいにして日常との線引きをするのは、まじめなルミナスを救ってくれたようだ。

「結構いい動きだな」

 シヴァーの横で携帯ゲームをぽちぽちやりながらレインが呟く。

「ちょっとお……ちゃんと見てますかな?」

「見てるって。色違いはまだでねえ」

「ゲームじゃないですぞ! なっちゃんのこと!」

「見てるって、バストはD以上だ」

「こらー! どこみてんだー!」


 魔物の攻撃をひょいとかわし、ルミナスは目を細めた。

(外野がうるさいんだけど……わたし、戦えてるぜ)

 ──お礼にレインさんの食べたがっていた新作のコンビニスイーツ、買ってあげようかな。これで大丈夫。少しだけ強くなれた。手がかりさえあれば、わたしはもっともっと戦える。


『なっちゃん。……ずっとシヴァーの傍に痛いなら、君は強くならなきゃいけない』


 ……覚えている。覚えているぜ。


『ハンターになって、戦い続ければ。シヴァーを守ることができる。傍にいることができる。』


 そう、大丈夫。これで、わたしは傍にいる権利がある。

 ルミナスは拳銃を握り締める。軽くて反動もない、少女の手に馴染む銃。人狼を狩るための道具。人の命を守る銃。


(でもさすがに技名を叫ぶのは勘弁して欲しいぜ)


 レインの期待に満ちた視線をやり過ごすように、ルミナスは引き金を引いた。

 あまりにもあっさりと、何の抵抗もなく。



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