第9話 🏹 出会
迷うまでもねえ。俺は待った。
ちょび髭が今度はどんな物を出してくるか、興味津々だったんだ。下手したらもっと酷い物かもしれねえ。それでもそれをこの目で確認したかったんだ。(言っただろう?俺はめっぽう天邪鬼なんだって。)
俺はちょび髭が戻って来るまでの間、暇つぶしにもう一回射ってみることにした。胸糞悪くなるような最低の代物だが、ボーっと突っ立ってるよりはまだ気が紛れるってもんだ。
その時だった。的の側の薄暗がりをよく見てみると、誰かゴソゴソ動いているのが目に入った。客の飛び散らかした矢を拾い集める女だ。
俺は思わず、その女の尻を狙って射った。酷い弓矢だからまともに飛びやしねえが、それでも俺は一発で女の尻を仕留めた!
女は、痛いというよりはむしろ驚いた顔をして振り向いた。身なりから勝手にババアかと思ったが、かわいい顔をした若い女だった。女は目を細めて、誰がやったんだと言いたげにこっちを見やがった。しかも何人かいる中でピンポイントで俺を見やがったんだ。
俺は楽しくてしょうがなかった。俺は、また矢を拾い始めた女に向かって矢を射った。また見事に尻に的中!無性に楽しかった。でもその享楽を有無を言わせず断ち切ったのはちょび髭の奴だった。
「お待たせしやした、旦那!」
ちょび髭の差し出した代物は、丁寧に布に包まれていた。だから俺は少し
「こ…これは!」
俺は思わず声を上げた。さっきのオモチャとは段違いに上等な代物なのは言うまでもねえ。でもそれだけじゃねえんだ。なんとそいつは
「おい、お前、コイツをどこで手に入れた?」
「旦那、いいでしょう?それ。あっしには専門的なことは分かりませんが、それでもこの弓矢が他とはまったく違うもんだってことは分かりますよ。いい代物でしょ?いや、昔ね、もうかれこれ…だいぶ前ですがね、この店にきたお客さんからもらったんでさあ。」
言うまでもねえ。幸衆が弓矢を城外に持ち出すなんてご
「そいつはどんな奴だった?」
俺は念のため問いただしてみた。
「これをくれたお客さんですか?いや〜、もう10年近く前のことですから…相当うる覚えですが…う〜んと、確か〜鼻の横に大きな
「鼻の横に黒子⁈」
「ええ、そうでさあ。結構目立つ黒子だったんで、はっきり覚えてまさあ」
「も…もしかして…そいつは左利きではなかったか?」
「え?…あー!!確かに!左利きでしたねー!弓を右手で持ってやした!あれ?旦那、そのお方、ご存知なんですかい?」
それは親父だ!鼻の横に大きな黒子があって左利きの幸衆なんて親父しかいねえ!俺は絶句した。しばらくその弓矢を握りしめたまま、ただ立ち尽くすしかなかった。──親父が幸衆の弓矢を持ち出した上に、しかもこんな的屋の貧相な野郎にそれを与えた?──いったい何のために?何をしてるんだ、親父!
「旦那?旦那?大丈夫ですかい?やっぱりお知り合いなんですかい?」
ちょび髭は呆然と立ち尽くす俺に、心配気に声をかけた。ちょび髭も少し
だが、どんなに考えたところで、俺には親父の行動はまったく理解できるもんじゃねえ。だから俺はもうそれ以上詮索することはやめた。そしてその後は、とにかく親父が残したこの弓矢を試してみたいという思いしかなかった。
俺は弓を構えた。──このしなり。この張り。この質感!俺は無心に燃えていた!
プシューッ!! ──パン!!
矢は的のど真ん中に当たった!
「お見事!!」
ちょび髭はすかさず
「いや〜思った通り!やっぱり旦那は筋がいい!いや〜あっしもね?長くこの店やってますからね?分かるんでさあ。すぐにね。できる人、できない人ってのがね」
俺はしばらく親父の弓矢の余韻に浸っていた。それからふと我に返ってちょび髭には尋ねた。
「そいつは──この弓矢をくれた奴は、その後どうした?」
「あ、はい。え〜っと…そうですね…あっ思い出しました!『今度、俺みたいに腕の立つ奴が来たら、この弓矢を使わせろ』って言ってやした。そう!そうだ!だからあっしもこうして覚えていて、旦那にはお渡しできたんでさあ!」
「それだけか?」
「それから確か…『俺はこれから北の山に行く』みたいなことを言い残して、すぐに立ち去ってしまいやした」
「北の山?お前、北の山とはどこか分かるか?」
「え?あ、まぁ…北の山って言やぁ、この辺じゃ普通はあそこの
ちょび髭はその方角を指差して言った。
「神猪山…」
俺はちょび髭が指した方向に目を凝らした。
「わかった。恩に着る。ところでお前、名は何と申す?」
「あっしですかい?
「日勺丸?変わった名だな。わかった。覚えておこう」
「ありがとうごぜえやす!」
俺は弓矢を置き、店を去ることにした。(本心を言うと、もう少しあの女の尻に矢を当てたかったがなぁ)
去り際にちょび髭が声をかけてきた。
「旦那…僭越ながら…旦那は?旦那のお名前は教えていただけやすか?」
「ん?俺か?俺の名は…」
こういうときは俺は案外素直だった。
「俺の名は、幸彦」
ただ、それだけではなんとなく物足りなさを感じた俺は、一度的屋の店内を見渡してから、こう付け加えた。
「…的場…的場幸彦だ」
「そうですか!旦那。ユキヒコのユキは『幸』という字ですね?承知しやした!何か縁みたいなもんを感じますなぁ!的場幸彦…あっしも覚えておきやすから!」
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