第8話 🏹 的屋
ふん、馬鹿げてるぜ。迷うなんて。俺に沸き起こる好奇心を抑えることなんてできるはずがなかった。気がついたときにはすでに
(俺の意思の弱さを笑いたければ笑うがいい。そういう奴は「愛」というものを知らない奴だ。これは愛なんだ。弓矢職人としての「弓矢愛」としか言いようがない!いくら遊びとはいえ、誰がどんな弓矢で興じているのか。それをこの目で確かめずして、どうして真の弓矢職人になれようか!)
俺は迷いを断ち切って進んだ。中は思ったより広々としていた。全体的には薄暗かったが、的が4列並んでいて、そこだけは上手いこと日差しを取り入れて明るさを保っていた。しかし客の入りはまばらだった。
俺は早速、空いている一列に向かった。台の上に無造作に置かれていた弓矢を一つを手にした。──なんて酷い代物なんだ!誰が作ったか知らねえが、こんな物を作って平気でいられる奴の気が知れねえ。まったく世の中っていうのは無責任な野郎で溢れてやがる。
だが周りを見渡してみれば、大人も子供もやけに楽しそうに遊んでるじゃねえか。──明後日の方向に飛ばす奴。(まったく、危うく隣の的に当たりそうだぜ!)空振りして足下に矢を落とす奴。(おいおい、足に突き刺さっても知らねえぞ!)──みんなその度に大笑いさ!
俺にとって弓矢とは、殺人兵器だ。こんなに楽しそうに扱われてるのは、やっぱりどうもしっくりこねえ。しかし世間とはそんなもんさ。本来の意味なんて考える必要はねえ。ただ楽しいと思えればそれだけでいいんだ。
「旦那、一回どうですか?」
旦那?俺のことか?急に物陰から姿を現したのは、ちょび髭の小柄な男。薄ら笑いをして物乞いみたいに手を差し出してきやがった。俺はすでに弓矢を手にして的の前に立っている。この期に及んで「やっぱりやめた」なんて選択肢はねえだろう。それに、こんな酷い弓矢は触ったこともねえ。一体どんだけ酷いのか無性に試してみたくなっちまったんだ。実は俺は相当な天邪鬼なんだ。自分でも呆れるくらいな。
俺は黙って要求された小銭を男に渡した。
「へへ、まいど!旦那。じゃ、やってくんなはれ。よーく狙って。へへ、いいですか?あの的の真ん中に当てるでさぁ」
そんなことは言われなくても分かってる。まず俺は、あらためて手にした弓矢の感触を確かめた。弓の重さから曲線の形状、しなり具合。矢の重さ矢先とのバランス、直線具合。
「旦那、もしかして弓矢は初めてなんですかい?」
ちょび髭の野郎が余計な横槍を入れてきやがった。黙々と品定めして、なかなか始めねえ俺がよっぽど気になったらしい。だがこんな奴に構ってる場合じゃねえ。俺は奴のことは無視して、おもむろに的に向かい合った。そしてすかさず矢を構えた。
的の真ん中に当てるには、的の真ん中を狙っちゃいけねえ。特にこんなガラクタを使う時は尚更だ。到底真っ直ぐ飛ぶはずはねえからな。この弓矢の特性を勘定しなきゃならねえ。気持ち的にはやや左上に狙いをつける。あとはイメージだ。矢が飛んでいく軌道をどれだけ鮮明に心に描けるか。それが肝さ。そして静かに鼻で呼吸を整えてから───「ひょー…ふっ」と射る!
おいおい、なんてこった!
矢は的にすら当たらずに、左脇をかすめて壁に当たりやがった。なんだこりゃあ、いったい。酷いもんだ。
俺は一気に興ざめした。こんな弓矢じゃロクな飛び方はしねえだろうとは始めから分かっていたとは言え、これほど酷いとは…やっぱり俺が馬鹿だった。こんなくだらねえ遊びについつい手を出した俺がな。まったく時間の無駄だぜ。
「旦那!惜しいじゃないですか!」
またちょび髭だ。本当にいちいちうるせえ野郎だ。他の客もいるのに、なんで俺につきまとう?惜しいだと?何を抜かしやがる。微妙に落ち込んでる俺の気持ちが分からねえのか。
ところがちょび髭は、苛立った俺に思わぬ提案をしてきやがった。
「旦那は実に筋がいい。お見それしやした。ちょっとその弓矢を貸してくんなはれ」
ちょび髭は俺の持っていた弓矢を有無を言わせず取り上げた。
「う〜ん、いや〜、これは酷い!本当に申し訳ありません。まったく手入れが行き届いてませんで。いつも口うるさく店の者には言ってるつもりなんですが。物事の分からない者ばっかりで。まったく」
ちょび髭はその弓矢を後ろにいた従者に乱暴に渡すと、顎で何か合図するような仕草をした。そして俺に向かって妙な作り笑顔で言った。
「今から別の物をご用意しますんで。へへ。ちょいとお待ちくだせえ」
なんだ、ちょび髭の野郎、意外に話が分かるじゃねえか。伊達に的屋を営んでる訳じゃなさそうだ。だが変に期待しちゃいけねえ。別の物たって、大して変わらねえに決まってやがる。的屋の遊び道具には変わりねえ。もう一度よく考えろ。こんなところで油を売ってていいのか?
──すぐにこの場を立ち去るか?
──それともこのまま待つか?
さあどうする?俺!
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