第6話🏹門番

 すっかり身支度を済ませた俺は、白昼堂々と大手門から抜ける。日頃から親父の使いで買い出しに出ていたから、それは至って普通の行動だ。逆に変に意識して、夜な夜な門番の目を盗んで塀を飛び越えようなんて企てたもんなら、間違えなく失敗するに決まってるんだ。如何わしい小細工っていうのはいつも平常心をかき乱して、簡単なこともできなくするからさ。


「おう、ゆき!今日も使いかい?」


 いつも俺に声をかけるのは門番の八兵衛だ。八兵衛は俺がここに来たときからずっと門番だ。どうやら体だけは丈夫らしい。雨の日も風の日も、来る日も来る日も、もう何年も門番をやってやがる。だからもう結構いい歳に違いない。温和で底抜けに能天気な野郎だ。本当にいい奴さ。だから俺も八兵衛のことは嫌いじゃねえ。だだ、俺はいつもこう思っているんだ。───こんな奴に本当に門番が務まるのか?不審な輩が襲ってきても勇ましく追い払えるのか?ってな。俺にはそういう意地の悪い性分があるんだ。表向きは好意的に振る舞っているが、実は内心、相手をこの上なく卑下してるってことだ。


「今日はやけに荷物が多いようだな?幸。大丈夫か?」


 こんな感じでたまに、やけに細かいことに気がつきやがる。しかし「大丈夫か?」とはどういう意味だ。大して何の意味もなくいぶかしみやがって。


「ああ、大丈夫だ」


 とりあえず俺も上っ面な返事をした。


「最近、城下も物騒な輩が増えてっから、追い剥ぎなんかには十分気をつけろや!」


 ふん、相変わらず優しい野郎じゃねえか、八兵衛。やっぱりお前はいい奴だ。もうお前ともこれっきりかと思うと、ちょっと寂しくなるぜ。


「ああ、ありがとよ、八兵衛!──あばよ!お前も達者でなぁ!」


 俺は思わず最後の別れみたいなことを言っちまった。八兵衛の優しさについつい油断しちまったんだ。


 しかし奴は、俺の最後の言葉なんか少しも聞いちゃいなかった。鼻くそをほじりながら槍で道端のミミズかなんかを突っつくのに夢中になってやがった。まったく泣かせやがるぜ。


 あばよ、八兵衛!

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