第4話🏹離別
そんな親父だったから、ある時から組織を離れることを考えるようになっていた。たしかに自分の理想を追求するにはその方がよかったはずだ。しかし親父は踏み切らなかった。それはなぜか。
俺がいたからだ。
親父は孤児の俺を拾ってから、責任を負った。俺を食わせて、育てていかなきゃならなねえ。組織にいれば安定した生活が保証されている。だから、みすみすそれを投げ捨てて、その日暮らしのリスクを取ることはしなかったんだ。(まったく親父はお人好しの小心者だぜ。自分の夢を捨てて、俺を守ることを選んだんだからなぁ。)俺のことなんか構わず、とっとと組織を離脱して、自分の好きな道を行っていれば、親父なら絶対に成し遂げていたはずなんだ──真の名器の完成をな!
あるとき
俺は子供をもったことがないが、子供みたいな存在が側にいると、自分でも知らなかった何か別の本能みたいなものが目覚めちまうんだな。きっと。そうに違いねえ。
だが俺は知っていた。親父が変わったのにはもう一つ原因があった。──病だ。
親父は自分の体が何かの病に蝕まれていることを薄々感じとっていた。弓矢作りみたいに、普段から繊細な神経を使っている人間というのは、自分の身体の些細な異変も敏感に感じとるものだ。だが実際には親父の思う以上に、親父は悪病に侵されていた。親父は必死にそれを隠そうとしていたが、ある時俺は気がついた。いや、気がつかざるを得なかった。なにせ、厠が異様に血生臭かったんだからな。親父が夜な夜な吐血していたんだ。親父、そんなもの隠し通せるわけがねえだろ!
それでも俺は、それに気がつかないふりをしていた。なぜかはわからねえ。ある意味、無意識のうちに、親父の尊厳みたいなものを傷つけたくない、と考えたからなのかもしれねえ。しかし今思えば、無用な気遣いだった。親父も俺が知っていることを分かっていたはずだ。それでも二人は暗黙の了解みたいなものを頑なに貫いていたんだ。そうやってお互いを認め合っていたんだ。今から思えばまったくもって馬鹿な話だぜ。
そして俺が成人して間もなくの頃だった。親父はついに病床に伏した。それからはもうその先は長くはなかった。
最後に親父は言った。
「お前には直接的には何も教えてこなかったが、必要なことはすべて、この身体で見せてきたつもりだ。こうしてお前は立派に成人した。もうこれ以上わしがお前に伝えるべきものは何もない。ただ、最後に一つだけ、これをお前に渡しておく。これをどうするかはお前の判断次第だ。あとは自分の眼で見極めよ」
親父が俺に手渡したのは、なんでもねえ、ただの一枚の紙切れだった。手書きで地図のようなものが書かれていたが、あまりにラフな書き様だったので、長い間その判読に苦しんだ。しかしそれは北の山の麓にある小屋を指し示したものだったことが、ついに分かった。
「ここに最後の極意がある」
これが親父の最後の言葉だった。
そして俺は、組織を離脱するのになんの躊躇もなかった。もうこれまでに十分、親父の技術と意思を余すところなく受け継いだんだからなぁ。
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