スパイの正体

★2503年 3月12日 ヒューパ城帰途中 ティア


 もうすぐ夕日が沈む街道を複数の馬が走り抜けていく。

 もうすぐ城だ。


 私達は今、馬に乗って急いで城に戻っている。

 途中でムンドーじいじ達の馬が来たので合流をしていた。

 怪我人を乗せた馬車は、まだ途中の村で宿営をしてから後で戻ってくる予定だ。

 私は今、一刻も早く戻って、私達の安否を知らせるのと、敵の正体を暴かなければならない。


 揺れる馬の上で、残りの問題を考えていた。

 誰がスパイなのか?

 私の中で数人に絞れている。

 少なくとも今回の襲撃の情報漏えいに関しては、第一容疑者だったホリー先生は無関係だ。

 出発前、隊の誰にも本当の行き先は告げていないし、ホリー先生も予告なしに突然連れ出した。これで彼女からの情報漏えいは無くなった。

 移動中、ホリー先生が何らかの情報を道に残していく可能性も考えたが、彼女にその機会はなかった。

 彼女の事を好き好き大好きな兵士達によってずっと注目されている状態。

 誰に指示される訳でも無く、逐一行動を監視された状態だったので、何かやろうにもできる余裕は一切なかった。

 この事から、今回の襲撃には彼女は関係していないのが分かる。

 他の情報漏えい元が有るのは間違いない。

 それが誰なのか?

 考えうる可能性は、城の中を自由に行動できる人間の誰か……

 もう一度考え直す必要がある。


 どっちにしても、帰ったらすぐに事態は動くはず、その動きに備えなきゃ……



 ★2503年 3月12日夜 ヒューパ城 ティア


 私は城に着くと、皆が待っていた。


「「姫様ご無事で」」

 メイプルさんと、メイドの姉妹が最初に出迎えてくれる。

 襲撃の件は、彼女達にも伝わっていたようだ。


「ありがとうメイプルさん、お風呂の用意お願いしますね、少し長く浸かりたいから温めのお湯にして。そして後でお菓子を作ってね」


「はい、かしこまりました、姫様がお風呂に入っている間に腕によりをかけて作ってますね」


「ウフフ、ありがとう」


 メイプルさんがお風呂の準備に行く。

 城の中に入るとお父さんとお母さんが待っていてくれた。

 挨拶もそこそこに、私達はお父さんの指示ですぐ、執務室へと通される。


「ティア、無事であったか、罠を張っていた場所には誰も現れなかった。街に帰って、敵の商店へ乗り込んだところ、すでに店はもぬけの殻で誰も居なかったのだ、急ぎムンドーを走らせたが間に合ったようだな」


「いいえ、お父さん、向こうで私たちは襲撃を受けましたが、これを撃退いたしました」


「なに、被害はどれほど出た?」


「怪我人は出ましたが幸い死人は1人も出ていません。そして今回のスパイの件ですがホリー先生は犯人ではありません、彼女が目印を残す手段も封じていましたのに敵に先回りされていました、犯人は他にいます」


「そうなのか……ムンドーいいな」


 お父さんがムンドーじいじに目配せをして、じいじはすぐに外へ出ていった。


「ティア、疲れたであろう、少し休みなさい。誰か居るか」


 お父さんが部屋から出ていき、代わりにメイドの2人が入ってくる。


「姫様ご無事で」「姫様お怪我はございませんか」


「2人共、心配かけてごめんね」


「いえ、とんでもございません、ご無事に帰ってきてくれてとても安心いたしました」


「ウフフ、ありがとう。あ、そうだ、ちょっとお願いがあるのよ、そこのお菓子作りの実験用の調味料入れを取ってくれる。えーっと、そこの壺と、その空の壺がいいわ」


 壺には一つ一つ、中身のラベルを黒のナイフで彫り込んでいる。

 2人から受け取った壺の中身を、空っぽの方の壺に入れ替えニッコリ微笑む。

 中身を入れ替えたので、空の壺に中身の文字を上から黒のナイフで彫り込んだ。


「ヘラ、これ、元の位置に戻しといて」

「はい、姫様」


 2人が壺を戻した後、少し考えた私は、もう一度、壺の位置を元あった位置からずらして置いた。

 この後も、包帯を巻いた2人に、細々とした指示を出す。


「ちょっと寒いから、暖炉の火力を上げておいてくれる」

「はい、姫様」

「あ、その火箸は、そのまま火の中に入れておいて」

「でも火箸が熱くなりすぎますよ?」

「あ、いいからいいから」

「それからベルマ、お茶を入れてきて」

「はい、姫様」

……

 お風呂の準備が整ったメイプルさんが呼びに来てくれるまでの間、妹のベルマが入れてくれたお茶を飲みながら、最近のお仕事の様子を聞き出していた。


「どうヘラ? お仕事は慣れましたか?」


「はい、姫様、この仕事を与えてくださって大変感謝をいたしております。私と妹のベルマのために部屋まで用意してくださってありがとうございます」


 うん、どうやら言葉遣いも良くなってきているし、メイド仕事にも慣れてきたようだね。

 初めはオドオドと怯えた素振りで仕事をしていたのに、成長してるなあ。

 姉妹の包帯越しの笑顔を見てホッとしていたら、お風呂の準備ができたとメイプルさんが呼びに来てくれた。


「姫様、準備が整いましたよ、姫様がお風呂に行ってる間にお菓子の方も準備をしますね。それから服をすぐに脱いで湯浴み服に着替えてください。旅の汚れを落とします」


 メイプルさんが、私に服を脱ぐよう言いながら、暖炉の上部に備え付けた扉を開いた。

 暖炉は改造してあり、オーブンの役目を果たす。

 オーブンの火を火かき棒で温度を調節しながら、お菓子作りの準備をしていた。

 私は、暖炉の前に立つと服を脱ぎ捨て、首から吊るしていた黒の魔剣もその上にポイッと投げる。

 ベルマとヘラ姉妹が裸んぼうの私に湯浴み服を着せてくれた。

 最近は、この2人が私の身の回り係になっている。

 いつの間にかメイプルさんも、私の脱いだ服を洗濯物籠に入れてくれていた。


 お風呂の準備が済んだ頃、外が騒がしいのに気づいた。


 突然部屋のドアが開いて、お父さん達が入ってきた。

 後ろには騎士のカインさんとトートさん、そしてじいじもいる。


「ティア、その2人から離れなさい」


 目を戻すと、ムンドーじいじが私と2人の間に立っていた。

 ……全く見えなかったよ、じいじ凄い技を使うね。

 私があっけにとられていたら、同じくあっけにとられたヘラとベルマの2人が壁際に連れられていく。


「何ですか、突然?」


「うむ、ホリー先生が今回の襲撃犯への情報漏えいの第一容疑者から外れた今、残るのはこの城の中を自由に行動しているメイド達だ。その内文字も読めるこの2人の部屋を調べていたら、この書状が出てきた」


 お父さんがロール状に巻いた小さな紙を見せた。

 内容は、私がお父さんと計画した罠の作戦案の概要が書かれている。

 だいたいの行き先もバレていたみたいだ。


 罠を仕掛けるのはバレてたみたいね。だから先回りして女装双子が幻術を使って尾行してこれたんだ。


「で、どうなさるおつもりですか?」


 私がお父さんに尋ねる。


「尋問を行う、これは領主の命令だ」


 ……お父さんは本気だ。


「解りました、ですが、この2人の主人は私です。私が尋問を行います」


「「姫様」」


 周りにいたじいじや、カインさんが止めようとする。尋問と言えば聞こえは良いが、実質拷問だ、私に拷問をやらせたくは無いみたいだね。


「待て」


 お父さんが、じいじ達を止める。


「ティアにやらせよう、この者達のあるじである事を見せよ」


 私がお父さんに頷く。


「ありがとうございます」


 そして壁際で震えながら、怯えた目を包帯の下から覗かせる姉妹を見た。

 唾を飲み込む、私の一挙手一投足をお父さんが見ている……


「お願い、痛い事はしたくないの、本当の事を教えて」


 壁際の姉妹に尋ねると、2人は消え入るような声で返事をしてきた。


「ち、違います」「私達は知りません、姫様お願いです」


 痛々しい。怯える姉妹の顔を見ていられないが、今の私は目を逸らす事を許されていない。


「そう、言いたくないのね、しょうがないわ」


 ゆっくりと、暖炉に近づき、真っ赤に焼けた火箸を引き抜いた。


「苦しませたくないの、お願い、本当の事を言って」


 私の問いかけに、2人は小さくなりながら抱き合って首を振るだけだ。

 もう声すら出せてない。


「今から、2人の身体にこれを押し付けます、そして傷口に塩を刷り込みます、それでも言いたくないのですね」


 焼けた火箸を2人の顔の前に突き出す。

 2人の眼は、絶望の中で全てを諦めた色に変わった。

 ……ごめん。


「分かりました、メイプルさん、そこの塩の入った壺を取ってください。急いでっ」


 少し興奮しているのかな、私の声が上ずってキイキイ言っている。

 見るとメイプルさんは、急いで塩と書かれた壺を取って私に渡してきた。


「塩ね」


 私は、壺の中に指を入れて中身の味を確かめる。


「ウフフフフフフフ、塩ね、確かに塩だわ」


 周りの皆が少し怪訝な顔に変わった。


「あら、皆、おかしいかしら? だってこの壺の中身は塩だわ……どーしてかしらね、ウフフフフ」


 メイプルさんの顔を見ながら私は笑っている。

 メイプルさんが、明らかに困った顔になった。


「ティア、何をしている、尋問はどうした、なぜ笑っている」


 お父さんが、ニヤニヤしている私にたずねてきた。


「はい、お父さん、だって私本当の犯人を見つけたから笑っているんですよ」

「「はあ?」」


 皆がハア顔になっててよけい笑っちゃいそう。


「そうですよね、メイプルさん、この壺を塩だとすぐに分かったのは、メイプルさんがスパイだからです。お父さんが持っている密書をヘラとベルマ姉妹の部屋に置いたのは、貴女ですね。文字が読めますよね」


 困惑していたメイプルさんの顔が元の顔に戻って、いつもの通りに返事が帰ってきた。


「いえ、違います、姫様何をおっしゃっているのですか、わたくし、文法を習った事はありません」


「何言ってるの? 読めるじゃない、さっき貴女が居ない間に私が中身を入れ替えた塩の壺へ『シオ』ってこの黒のナイフで書いたのよ。別の壺に入れ替えていたのに、メイプルさんは中身も確認せず、すぐにこの壺を取ったでしょ、貴女が文字を読める証拠です」


 メイプルさんの眼が少し動いたが、まだ焦りの表情には変わっていない。


「それぐらいなら読めます、塩ぐらいなら読めますよ、姫様のお菓子作りのレシピのために幾つかの文字は覚えましたもの」


 確かに、少しぐらいの単語なら覚えたのかもしれない……が、彼女が犯人だと確信したのはそこじゃない。


「あらそう、ならメイプルさん、あなたが隠した私の黒の魔剣、返してくれるかな? さっき着替えの時に取り替えたでしょ」


「えっ……」


 メイプルさんの顔が、ようやく焦りの顔に変わった。

 さっき着替えた時、最近私の身の回り係をヘラとベルマ姉妹がやっていたのに、なぜか近寄ってきて、脱いだ服を触っていた。

 スパイ騒ぎで混乱しているヒューパから、黒の魔剣を盗み出して逃げるのなら、あのタイミング以外にない。

 彼女は、あっさりと餌に食いついてくれていた。


 成り行きを見守っていたお父さんがすぐに動く。


「ひっ捕らえよ」

……

 じいじが、メイプルさんのスカートの下から、私の黒の魔剣を取り返してくれ、これでやっと彼女の犯行である状況証拠が揃った。


「お父さん、よろしいですね、この2人の容疑は晴れましたね」


 私は念を押して、泣き崩れているヘラとベルマの頭を抱きよせ、お父さんから隠す。


「分かった、もういい」

 お父さん達が部屋から出ていく。


「ごめんね、怖い思いさせてごめんなさい」

 2人と一緒に私もワンワン泣いてしまった。


 本当に大変だった、まだ他に解決してない部分も多くある。

 相手は、ヒューパより巨大な帝国だ、対応を誤ると命取りになる。

 砂糖技術流出には、メイプルさんが関わらなかった部分の情報も残ってる。

 これらにどう対応するのか?

 まだまだ解決してない問題だらけだ。


 問題だらけだけど、今は、この娘達と一緒に泣いて色々吐き出したいのです。

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