ベック視点

★2503年 3月11日昼 旧ホラ領付近、人界外魔境 ベック視点



「は、はああああああああああああ、ひひ姫様ダメ、絶対にダメー」


 僕はまた、姫様のとんでも暴走に巻き込まれようとしている。

 さっきゲネスさんに呼ばれて、姫様の影武者を怖くて半分泣きながら引き受けたのに、出発の直前になって姫様が『作戦変更ね』って言い出した。


 僕は、ずっと以前からヒューパのお城で、領主様達から言われていた事が有る。

 ヒューパ男爵アルベルト様から直々に『ティアの暴走をしっかり見張って何かあればすぐに報告しろ』

 お妃様のマリア様から『ティアを守ってね』

 ジョフ親方からは、『姫様は命の恩人だ、いざとなったらお前の命をお返ししなさい』

 って、皆から揃って言われている。

 以前、露店組合の組合長の倉庫に殴り込みに行った時も、男爵様への連絡が間に合って危機一髪だったのに、この姫様は全く懲りてない。

 いったいどうなってるんだろう、この姫様は?


 僕だけでなく、作戦参加の他のゲネス隊で選抜された腕利きの大人達もアタフタしてるのに、姫様はケロッとした顔で、皆に言い放った。


「うるさい、黙れ、ベックが影武者役なのは変わらんが、皆私の言うとおりにしろ。私が良いと言うまで馬を進める。合図とともにベック、お前が馬の上で立ち上がってナイフを高く上にあげろ。私が後ろで大声で敵に話しかけるのが終わったら、ナイフを捨てろ。それとお前たちも、ナイフを捨てるタイミングで荷物を下に捨てろよ。私はその荷物に紛れて、下で敵が来るのを待ち伏せる」


……・ ・ ・   ・

「「「だだだだ、ダメですーーーーー」」」


 全員が反対した。姫様、無茶苦茶過ぎる。

 僕達みな命がけで姫様を逃がすために必死でやってるのに、この人突然何を言い出すの?????


「このままの作戦では、外に飛び出してすぐ全員が幻術の餌食になるわよ、同じ場所をグルグルやられて全滅がオチでしょ。そんなの皆だって薄々は分かってるはず」


 姫様の言葉に周りの人達が目を伏せた。

 皆命を賭けてここから飛び出す勇気を持っているけど、不安に思っていた部分を姫様に上手く突かれている。

 僕達の反応に満足げな顔をした姫様が、人差し指を立ててまた話し出す。

 

「……でもね、全員が生き残る可能性が一番高い方法があるの……敵の狙いはね、私とこの魔剣。だからその両方を使って敵をおびき寄せて、倒す事に賭けるわ。言っちゃなんだけど、失敗しても、皆が生き残る可能性はそっちの方が高いわよ」


 姫様がしれっとした顔でその場全員の気を飲み込んでくる。


「さっ、貴方達どっちに賭ける?」


……


 恐ろしい事に、姫様の大暴走作戦をやる事になってしまいました。

 僕は、こんなの嫌だけど誰も姫様を止められない。

 姫様から『ベック、本物投げると勿体無いから、さっきゲネスからかっぱらってきたこのナイフを投げろ』と言われて、鞘に入った小ぶりなナイフを渡される。

 さっきから足が震えるのが止まらないのは何故だろう。


……


「さて、行きますかね……って、そうだ、ホリー先生は、馬から降りてゲネスのヤツの看病してて、この後は危ないからこっちの砦に居たほうが安全だわ」


 姫様がホリー先生を馬から降ろしてた。

 姫様が周りの大人たちを見渡し、ニヤリと笑う。

 まるでどっかの伝説の勇者様みたいな度胸の良さだ。

 まだ小さな7歳の女の子のはずなのに絶対に変だ、どうかしてる。


「では、馬出しを開けろ、作戦を開始する。全員生きて帰るんだぞ、忘れるなよ。勝手に死んだら殺すからな」


 全く笑えない言葉を、鼻の穴膨らませた顔で言ってくる姫様の指示で、急ごしらえの砦から馬で出て行く。

 僕は、武者震いが止まらない。


 暫く進むと、後ろで「止まれっ」って号令で皆が止まる。

(小声)「ニコス前に10歩進んで止まれ、ベックはそこで立ってナイフを構えろ」

 と、声が聞こえた。

 ニコスさんが集団から馬を前に進める。

 僕は震える足で馬の背に立ち上がったら、後ろで馬を操縦してくれてるニコスさんが僕の背中を持ってくれたので、ちょっと安心。


「我々の負けだ、貴様達にこの魔剣と後ろの財宝を渡そう、代わりの条件に我らだけでも逃がせ。無駄に戦う必要はない」

(小声)「全員投げろ」

 姫様の声が後ろからしてきた。その声に合わせてナイフを投げたら『ドスッ、ドスンっ』後ろにいた他の馬の人達が何かを投げる音がした。

(小声)「アイタタタ、よしお前ら行け、急げ」

 ほら言わんこっちゃない、落ちた時どっかぶつけて痛がってる。


 僕達一行は急いでその場から駆け出した。

 暫く進むと全員がバラバラの方向へと散開して、幻術の術者を混乱させようとしたのに、すぐにまた他の人達の姿が見えて同じ場所に戻ってきた。

 どうやら姫様の言った通り、幻術で同じ場所をグルグル回らされてるみたい。


 半分ヤケになってもう一度、バラバラの方向へ駆け出そうとした時、視界に変化が起きた。

 すぐ近くに馬車砦がある。


「……みろ、霧がない。霧が晴れたぞ」

 誰かが呟く。

 周りはすでに薄暗くなってるけど、突然霧が無くなったのが分かった。

 気がつくと、僕達は馬車砦のすぐ近くにいて、砦の兵士達と眼が合っていた。

「おい、あれを見ろ」

 誰かが叫んだ。


 後ろを振り返った時、少し小高くなった丘の上に姫様らしき影が最後の夕日の中に照らされて起立し、甲高い叫び声をあげている。


「とったどー」


 良く分からないけど、姫様の片手にはちょっと大きめの丸い物が握られて、夕日の中で上に高く差しあげて叫んでいる。

 僕は、猛烈に嫌な予感がするので、それ以上見るのをやめた。


……


 この後、僕達は夜の帳が下りた中、魔石ランプを片手に魔獣の死骸から魔石や素材を回収していた。

 後ろでは、馬車に馬が繋がれ、あの巨大な火炎熊が襲ってきたらすぐに逃げられるよう準備をしている。

 姫様は、敵から手に入れた魔術具を持ってご満悦の様子だったけど、ゲネスさんの所に行ったら、ホリー先生に支えられて座ったゲネスさんにビンタされていた。


 滅茶苦茶叱られているね。うん、後でアルベルト様からも叱られた方がいいよね。

 僕はと言うと、早く眠りたいです。


 あー怖かった。

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