華麗なる幼女盗賊

★帝歴2501年12月10日 ヒューパ露天市裏倉庫街 ティア


「姫様、危ないですよ大人の人を呼んで帰りましょうよ」


「うるさい、大きな声をたてるな、ここまで来て帰れるか、ゲネス達は今朝、お父さんやトードさん、ムンドーじいじと一緒にどっか出かけて留守だ、急がないとあいつらが危ない」


 皆さんこんにちわ、華麗なる幼女盗賊ティアです。

 私とトラビス、そしてベックの3人は今、露天商小売組合ギルドの組合長さんちの倉庫に忍び込もうとしています。



★ちょっと前 ヒューパ ティア


 事の発端はアレ、うちの可愛いチュニカが、露天商からお野菜売ってくれなかった事件。

 露天商達の様子がおかしかったというので、トラビス達、街の悪ガキ組に探らせていたのだ。


 我々が最初におこなった諜報活動インテリジェンスは単純だ、1人の露天商とお友達になったのだ。

 お野菜のまとめ買いを繰り返し、お得意さんになった縁で仲良くなって、地道に世間話しヒューミントをした結果です。

 諜報活動は派手な事より、こんな地道な活動の方が多くの情報が入る。


 情報では、露店組合のメノン会長からのキツイお達しで『顔に包帯を巻いた子供が来たら絶対に売るな、今の青果食料不足はアイツラとその主人のせいだ』と言われたそうだ。

 このメノン露天商組合会長は、領外から来る野菜や穀物の流通を一手に握っていて、他の露天商達もメノン組合長に睨まれると仕入れができなくなる、彼らは逆らうことができなかったそう。


 私は、最初にこれを聞いた時、すぐにメノン組合長のお家にゲネス達を伴って家庭訪問を企画したのだが、速攻でお父さんに呼び出されて、またお尻を散々叩かれた。

 おかげで私が熱望していた家庭訪問は実現してない。

 更に残念な事に、どうやら私の家臣団の中にはお父さんのスパイがいるのが、この件で発覚したのだ。

 気をつけねばなるまい(お尻イタタタた)。


 しょうがないので、メネス某の弱みを握って間接的に仕返し、もとい、反省してもらおうとトラビス達を使って組合長の悪口を教えてもらったり、組合倉庫に忍び込ませたり、会長のお家に出入りする人間をチェックさせて後をつけさせたりと、踏み込んだ諜報活動へ変えたんだ。


 この諜報活動は、ある意味大当たりを見せる。

 まず最初に知った情報は、仲良くなった露天商から、どうやら最近メノン組合長がきな臭い事になっている噂を聞きつけた。


 以前領外から入ってきていた青果食料の大半は、ホラからの輸入で、今度の戦でホラは壊滅状態になっていて、ヒューパへの青果食料輸入が滞っている。

 その上、メノン会長は元々ホラの出身で、実家が豪農のお家だった縁で、大量の青果食料を仕入れ、ヒューパ内の青果市場を一手に独占していた。


 ……あー、思い出した。ホラを占領に行った時、私に文句言ってきてた大人の中で特に文句言ってた奴だ。何だっけ『我々を蔑ろにするのもいい加減にしろ』とか言ってたな。

 ホラの豪農と繋がってたのね。彼の実家を完膚なきまで叩き潰しちゃって、ヒューパの物にしちゃったんだよねえ。

 反乱を企てた一族だからかなり厳しく処されたようだし……そっかあ。


 ホラの占領をきっかけに、メノン組合長の元へと集まっていた食料流通が綺麗さっぱり途切れ、地元の食料品を扱う小さな商店主が力を付け始めて、かなり焦っているらしく、地元の裏稼業の人間を雇って、嫌がらせを働いていると言うのだ。


 私は、メノン組合長の弱味を見つけたと小躍りして喜んで、この嫌がらせの証拠集めをやっていた時、とんでもない大当たりを引いてしまった。


 被害者を探していた時、1人の被害者の証言で、メノン組合長の個人倉庫に武器が運び込まれていると言うのだ、それもどうやらこの青果食糧不足に不満を持っている人間や、今度のホラ占領政策への不満を持つ者を集め、ヒューパ男爵家に対して反乱を企てている情報が入った。


 嫌がらせを受けた被害者が、仕返しのために、メノン組合長が重罪の反乱計画を立てている噂を流したのかとも思ったが、組合長の家を出入りしていた人間の後をつけると、何やら集会まで開かれていたし、他所の領から流れてきた冒険者=傭兵まで出入りをしている。

 流石にこうなると、子供ばかりの私達では、手に負えない、お父さんに相談するべきだろうか悩んだよお、だって被害者の仕返しのための虚言なのか、本当なのか判断しかねるもん。


 しかしまあ、こんなザルな反乱計画、本気でやってるとは思えないんだよね、嫌がらせを受けた被害者の耳にまで聞こえるような情報駄々漏れ計画なんか、もし本当にやってたのなら絶対に成功するわけがない。


 お父さんに真剣に報告するか迷っていた今朝、私が相談するより前に、お父さん達は仕事で城を出て行った。


 私は、朝の特訓前の日課、ラジオ体操は飽きたので昔ネット動画で覚えた律動体操をやっていたら、トラビスが慌てて城に駆け込んできて、私に叫ぶ。


「大変です姫様、メノン組合長の個人倉庫を監視させていたハイトとリョームの2人が、捕まりました」



★そして現在 メノン露天組合長個人倉庫 ティア


 私は、すぐに子供達を全員城で待機させ、トラビスとベックと一緒にメノン組合長の個人倉庫へと急いで駆けつけて、今に至る。



「ベック、お前はここで待機だ、お父さん達が城に帰ってきたら、すぐに駆けつけるだろう、その時の案内をしろ」


「えっ? 姫様はどうするんですか?」


「トラビスと一緒に忍び込んで中を確認する、私が命じたんだ、私が責任をとらないとね」


「ダメですよ姫様そんな危ない真似」


「今は一秒でも時間が惜しい、議論は無しだ、行くぞトラビス」


「はっ、はい」


 そのまま、倉庫の裏へと続く子供しか通れないような細い隙間を通って、倉庫の反対側の壁に取り付く。

 壁に耳を押し当て、中の様子を伺った。


 ガスッ、ゴッ、ドンッ

 ………


 中では、何かが派手にぶつかっている音と、怒鳴り声がしている。

 駄目だ、これは一刻を争う、下手をしたらすぐに殺されかねない、それに私のせいで彼らがひどい目に合わされてるなんて耐えられない。


「トラビス情けない顔してないで、覚悟決めなさいよ、行くわよ」


 私は細い建物の隙間から上を見上げて、倉庫の空気取入窓を確認する。

 建物と建物の両壁に、短い手足でうんコラショと突っ張ると、グイグイ上へ上と登っていく。

 2人は窓の高さまで登り、蛇の様にスルスルと二階に侵入する。

 荷物の影になって見えないが、中からの声がさらに聞こえてきた。


「お前らこの辺で毎日いただろ、何を探っていたんだっ、言え」

 バシッ!


「うええええ、すいません、本当に違うんです、僕らいつもお金を恵んでくれる人がいるので、その人を待っていただけです、本当なんです、うええええ」


 くそっ、殴られているじゃないか、それでもハイトが機転を利かせて粘っている、すぐにでも助けないと。


 私達2人は、二階の荷物の隙間から下の様子を覗き込んだ。

 下に居たのはハイトとリョームを除いて……4人いる。

 4人の内、2人は冒険者風でうちのハイトとリョームを押さえつけていた。

 そして残りの2人は商人かな、良い服装をしている、2人の内の太っている方が恐らくメノン組合長だ。もう一人の痩せている方がペコペコしていた、番頭かな?


 私達は荷物の影を伝って、一階へと降りて行く、その間も尋問は続いていたが、うちの子達は粘ってまともな情報は引き出せずにいた。

 一階に辿り着いてどうやって助けるかを考えていたら、尋問が終了した。


「おい、もういい、お前らそのガキどもを始末しておけ、どうやらここは危なくなってきたようだ、武器の運び出しをするぞ、こい」


 メノン組合長が、冒険者の2人にうちの子の始末を命じて、番頭と一緒に倉庫の部屋から出て行く。


 これはマズイ、グズグズしてたらハイトとリョームが殺される。

 私は隣のトラビスと目を合わせる、トラビスは怯えているがヤルしか無い。


 右側の冒険者を指さしてトラビスの担当を決めた、そして同時に左手で、私の背中の腎臓の位置を指さし狙いはここだと教える。

 前に冬の食料の豚を解体した時、動物の弱点を学習した、あの時人間を後ろから刺す時は腎臓を狙えと教えられている。

 早速勉強の成果が出せるな、私が微笑んだら、明らかにトラビスが怯えた。


 コイツ大丈夫かな? ヘマをしたら捕まってる2人だけじゃなく私まで危なくなるんだよね。

 まあいい、とにかくヤルしか無い。こっそり忍び寄り、背中から挿せば、プラーナ防御壁HPが発生する間もなく、ナイフの刃は身体に入る。

 私の方も、もう一人に私が襲いかかって黒のナイフ魔剣でとどめを刺せば終了だ。

 後は、2人を連れて二階の窓から逃げ出すだけだ。


 私はその場からそっと、移動を開始した、トラビスも仲間の危機に覚悟を決めたみたいでゆっくり動き出す。

 冒険者の2人は、無駄話周りが見えていない。チャンス。


「なんだ、この計画は本当に大丈夫だろうな、変な奴らに嗅ぎ回られてじゃないか、危なくなったようだし、さっさと逃げ出そうぜ」

「ああ、あのケチオヤジ、成功しても報酬を値切ってくるぞ割にあわない仕事だな」

「全くだ、さっさとガキを始末して、あのケチから金を巻き上げて逃げようぜ」

「お前たちには何の恨みもないが、運が悪かったと思って諦めろよ」


 ハイトとリョームの2人の首に手がかかった。

 私はトラビスに目配せをして、同時に襲いかかる。


「フッ」


 私は、短い呼吸と一緒にそのまま腎臓と肝臓を連続で刺して、一瞬で倒したが、隣を見るとトラビスが緊張から失敗をしていた。


「何だテメー」

ボクッ


 冒険者は、トラビスの顔面を殴りつけて、ナイフを避けていた。


 マズイ!

 私は1人を倒した動きのまま、トラビスの方に気を取られている冒険者へと一気に距離を詰めて、ガラ空きになってた右脇腹から肝臓を突き刺す。

 一瞬で血の気を失い、顔色を青ざめさせた冒険者が、バタンッと倒れる。


 私は息を殺して、さっきメノン組合長が出て行った扉の向こう側の音を拾った。

 どうやら扉の向こうでは、動きはないようだ。

 急いでショックで呆けているトラビスを引き起こし、ハイトとリョームが縛られた縄を切る。


「遅くなってスマン、ここから逃げ出すぞ、怪我はないか?」


「ひ、姫様~うええええ」


「泣くな、逃げるのが先だ、行くぞ」


 私が皆を引き連れて、入ってきた二階の空気取入窓まで上がろうと、階段に足をかけた時、後ろで扉が開く音がする。

 振り返ると、メノン組合長を先頭に闇社会の皆さん風の悪人顔の人達が後ろに控えていた。


 メノン組合長は周りを素早く見渡して、何が起こったのかを把握する。


「誰だ貴様、逃げられるとでも思ってるのか」


「……サオリ、我が名はサオリ、華麗なる幼女盗賊サオリ、この子供達を頂いていくわ、オーホホホホ」


「んー、その顔は、男爵家のティアだな」


 トラビス達3人も『姫様、こんな状況で良くそんなバカな事言えますね』『バレバレじゃないですか』『華麗から程遠い仕事です』って顔で私を見てる。

 うう、言ってみたかったんだもん。


「おい、お前ら上に登れ、窓から逃げれば、大人ではあの隙間に入れない、いけ」


 私は、小声でトラビス達に逃げるよう促す。

 選択は単純だ、私の正体が分かっているなら人質として殺されないだろうが、コイツらはすぐ始末されてしまう。

 私が体張って逃す。そして助けを呼べばお父さんが助けてくれると信じる。

 後一回チートもあるしね。

 ……多分、人を殺した報いを受けるんだろうけど、生きてりゃ何とかなるわよ。


  冷や汗が頰を伝う。


「何言ってるんすか」「絶対に嫌です、姫様を置いて逃げるわけ無いでしょ」「姫様こそ先に逃げてください」


 トラビスは、さっきショックで呆けていた顔とは別人の顔になっている。

 他の2人も同様だ。

 私を押しのけて、盾になるように前に立つ。


 何よ、男の子ってこんな時カッコいいんだから、ズルいよ。


「おい、何を小声で話してるのか知らんが、お前たちに逃げ場などないぞ」


 あーんもお、こうなったら口でどうにかするしかない。


「ウフフフ、そうかしら、そちらにいる闇組織の皆さん、この組合長さんはもう終わっているわ。だって子供の私達にさえ情報を知られてるのよ、うちのお父さんが知らない訳ないじゃない、今すぐ逃げないと反逆罪の罪に巻き込まれるわよ」


 メノン組合長の後ろにいた闇組織の皆さんに明らかに動揺が広がった。

 それを見たメノン組合長が叫ぶ。


「う、うるさい、お前たち動揺するな、この小娘を捕まえれば男爵への人質に使える、他のガキは殺してしまえ」


「あら、そう簡単にいくかしら、真ん中で転がってる冒険者、それ私一人でヤったのよ。人数は多そうだけど普段自分より弱いものしか相手にしていない貴方達に私が捕まえられるかしら」


 ……ハッタリです。

 ええ、無理ですとも、組合長の後ろにいっぱいいるのに、そんなの無理に決まってるでしょ。

 正直に言いますよ、私の得意技は、不意討ちと騙し討ちの二本柱です。

 真正面から大勢の大人を倒せるとか、チート勇者じゃないんですからね。

 うわー、早くも、ハッタリが続きそうにない。


「お前たちグズグズするな、大勢で飛びかかれば良いんだ、いくぞ」


 アワワワワ、組合長の後ろの闇組織の皆さんが、腹をくくった顔で部屋に入ってきちゃったよー、こりゃマズイ。

 私は、まだ顔に出てないはずだが、トラビス達は完全に顔色が変わっている。

 どうしよう、退路は二階の窓だ、あそこにさえ行けば脱出はできる。


 階段の上の荷物を崩せば時間稼ぎぐらいできるか? いや、この体重じゃ力あっても無理か? あーもおどうしよう。


 グズグズ余計な事考えてたら、一気に流れが変わった。


「舐めるなよ、この糞ガキがー」「うおー領主の娘だ、身代金がたんまり入るぜ」「ひゃーはーやっちまえ」


 闇組織の皆さんが遅いかっかってきた。



 もうダメだっ!



 ドッゴーン!


 私達が諦めかけていた時、突然私達の横の壁が吹き飛び、何かが飛び込んできた。


「ゴオオオガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 獣のような咆哮が倉庫の中に轟いた。


 私はと言うと、あまりの展開にビックリして頭を抑えてしゃがみ込む。

 飛び込んできた獣は、闇組織の奴らを巨大な剣でなぎ倒して、バラバラの肉片に変えながら、逃げようとする奴らを追いかけて行く。


 唖然としながら一方的な暴力を眺めていたら、吹き飛んだ壁の大穴から誰かが入ってきた。


「ティア、危ないことをするなとお父さん言ったよな」

「うん、姫様が悪い」


 あ、お父さんだ。隣でベックが余計な事を言っている。

 お父さん、もう少し娘の事をいたわるセリフで入ってきても良いんじゃないでしょうか?

 私今、かぼちゃパンツを汚してしまいましたよ。


 部屋の中で獣のように暴れまわっていたのは、騎士のトードさんだった。

 外に出ると、ムンドーじいじの指揮で、ゲネス達が倉庫の表側から逃げ出してきたメノン組合長達を取り押さえていた。



 お城に帰って話しを聞くと色々と分かってきた。

 さっき私が言っていたハッタリは、本当だったんだね。

 お父さん達は、とっくの昔にメノン組合長達の反乱計画を掴んで内偵をしていたんだ。

 ムンドーじいじが時々居なくなっていたのは、これだった訳か。

 何にせよ、助かったし、結果、ヒューパ内の将来の禍根も断てたしで、良かった良かった。


「これで、チュニカ達でもお野菜を買いにいけるし、反乱計画は潰せたし一件落着、めでたしめでた……」


ヒョイッ


「ティア、めでたしめでたしじゃないぞ、お父さんとの約束は、危ないことはしないって約束だったよな」


 お、お父さん、吊り上げられた私の顔の近くで、そんな怖い顔しないで……


「アウアウ……ヒ、ヒイイイイ」


ズルッ!「 ヒャッ!」 プリンッ!



 その夜、ヒューパのお城に、ティアのお尻のドラム音と悲鳴が響き渡りましたとさ。

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