狩りの成果

★帝歴2501年 10月26日昼前 避難キャンプ-ハカミ村 ティア…またの名をサオリ・ヨシューダ


 今日の昼前、ヒューパ領の西北にあるハカミ村へと到着した。


http://17585.mitemin.net/i208452/ 地図


 村では、先日の戦で焼かれた家を急ピッチで復興作業中だ。

 村長さんを呼んでもらうと、今は避難キャンプの方に行っていると言われた。

 避難キャンプへ着くと、村の北西斜面の上に作られていて、周りにはブドウ畑が広がっている。

 私達は、避難キャンプを統括する村長に面談を申し入れた。



 避難キャンプの入り口で待っていると、村長さんが出てきた。私たちは馬に乗ったまま挨拶をする。


「こんにちわ、村長さん、ヒューパの冒険者ギルドから派遣されてきたゲネスです」


「サオリ、さすらいの幼女魔道士サオリです」


 ……(小声)『姫様黙っててくださいって言ったじゃないですか、何挨拶してるんですか、魔法も使えない癖に魔道士とか』『うるさい私は無視されるのが大嫌いだ』


 村長さんの視線が私に注がれている。だがマントのフードを魔道士風に深々とかぶり、顔を分かりにくくしているのだ領主の娘とバレるワケがない。


 ……ウフフフ、私はさすらいの幼女魔道士(魔法は使えません)、決まったな。


 村長さんが訝しげな顔で口を開く。


「……ヒューパ男爵様のとこのティア様ですよね、何やってるんですか? こんなところで」


 はうっ! いきなりバレた、なぜだ!?


 隣でゲネスの奴が『ほら言ったじゃないですか黙っててくださいって、領主の救援として派遣されたと言われたらタダ働きですよ』とボソボソ言っている。


「ちっちがいます、さすらいの魔道士です、サオリ・ヨシューダです」


「何をされているのかは分かりませんが、この前救援物資を持ってきて頂いたじゃないですか、あの時は大変助かりました、ハカミ村一同を代表してお礼を申し上げます」


 ああそうだわ、この前ホラの街を占領に行く途中、カタ村で救援物資を近隣の村へ分けてた時に、この人と会ったばかりだったよ。すっかり忘れてた。

 かと言ってここで認めたら領主の名代として来たとしてタダ働きじゃない、まずいまずい。


「イエチガイマース、ワターシハサオリ、サオリ・ヨシューダ、ボウケンシャネボウケンイッパイネ、オカネイッパイホシイ、マネーマネー」


 ワタシの窮状を見かねたゲネスが助け舟を差し出す。


「あー村長さん、ちょっと失礼、こいつ南方諸島の出身なんです、言葉が不自由なのですいません、後は私が話します。おい、サオリちょっとアッチ行ってろ」


 私は、他の馬に乗せられて話し合いの場から追い出された。

 しょうがないので、馬に乗った家来に命じて一緒にぶどう畑の方を視察に行く。



 畑まで行くと、ハカミ村のお婆さんが畑を見ながら座り込んでいた。


「お婆さん、どうかなさったのですか?」


「ああ、お嬢さん達は冒険者ですかな、ふう、見てくだされこのブドウを。私達が丹精込めて作ったと言うのに収穫時期にイクサが起きて収穫どころじゃなかったのですじゃよ。おかげでほら、この辺りは霧が多いせいか、ちょっとでも収穫が送れると灰色のカビが生えて腐ってしまうのですじゃ。これ、この通りどれもこれも、干しぶどうのように萎んでワインになど使い物になりませんのじゃ」


 お婆さんの言うとおり、ブドウは瑞々しさを失い、クシャクシャの干しぶどうになっていた。

 以前考えていたような瑞々しさを保って張りのあるブドウ粒は残ってなく、本来青白い色のブドウの実が茶色に変色して、シワシワになっている。

 ワインは香りが命だ、腐敗果が混ざると一発でワインの味がまずくなる。


 これでは、白ワインを作るどころじゃなかったよお……

 ……白ワインは来年まで作るのは無理だな、下手をしたらあの寒い小屋で寝泊まりする娘達が冬を越せなくなるかもしれない。


 最初に思ってた以上にお金が必要で、冒険者稼業だけじゃいきなり暖房施設費用や、冬用の服まで用意できそうにない


 ……食べ物だけで精一杯かな、ヒューパの冬は厳しいやねえ。



 私がお婆さんの横に座って一緒に呆けていると、誰かを呼んでいる声がしてる。


「おーい、サオリー、サオリーって」


 うるさいなあ、誰よサオリって……って私じゃん。


 後ろを振り返ると、ゲネス達がやってきていた。


「ああ、ごめんごめん、考え事をしてたよ、どうだった?」


「ええ、この難民キャンプ付近で目撃されている雪オオカミですが、どうやら5~6頭の群れでやってきているようです。家畜の羊が何頭かやられていて、人間も危ない目に有っているようですね。犠牲になる羊がいなくなったら人間が獲物になる所でした」


「危なかったのね、で、どんな作戦でいくの?」


「そうですね、大体同じ場所を巡回しながら家畜を襲っているので、奴らの狩場に囮の羊を繋いで置くことにします。一度羊を襲ってしまえば、人間が取り戻そうとすると激しく抵抗して逆に襲われるので、いきなり取り逃がすとは考えにくいですが、隊を半分に分けこちらの馬で逃げ道を塞ぎつつ、私達がこのパイク長槍で倒すつもりです」


「分かったわ、じゃあダルマ経験値よりも魔石を採取するようにして。今回の目的はあくまでも収入を得るための物です。現金化や物々交換に利用できる魔石の確保が最優先でお願いしますね」


「了解です、早速羊を囮用に1頭譲り受けてきたので罠を仕掛けます」


 ゲネス達は罠の仕掛け方も手馴れているのか、羊をつなぐ時、わざと傷をつけて血の匂いを周囲に振りまいていた。


 一時間もしない内に、羊のいる場所まで5頭の雪オオカミが現れる。

 以前ワイバーンから落っこちて雪崩で倒した奴よりは小さいサイズだが、私よりもずっとずっと大きく強そうだ。


 ゲネス達5人、彼らが羊を取られまいと武装した姿を見せても、雪オオカミは逃げる素振りを見せない。逆にゲネス達を囲もうとフォーメーションを組み出した。

 好戦的にも程がある。


 私は馬の1頭に乗り、戦闘には加わらない事になっていた。


 ゲネス達を包囲しようとする雪オオカミに対して、ゲネス達は、部隊としての戦いをやろうとしている。隊列を組んで槍を突き出し、雪オオカミの突進にそなえて構えていた。


 その時1頭のボス雪オオカミが吠えるのを合図に、雪オオカミの身体が水の精霊を纏い、水色の光を帯びてゲネス達に飛びかかる。

 最初の一撃を、ゲネスの合図でパイク長槍を突き出した動きから、雪オオカミの動きに合わせて上に軽く振り上げパイクで叩き落とした、さらに倒れた雪オオカミに突きを入れてダメージを与えた。

 魔獣と呼ばれるだけ有って、この攻撃で怯む様子はなく、もう一度ボスの突撃の咆哮に合わせて、雪オオカミの群れがゲネス達に飛びかかってきた。


 今度も同じく、ゲネス達によって雪オオカミが叩き落とされたかに見えたが、1頭の雪オオカミがフェイントをかけ、パイク長槍の下をかい潜ってゲネスを目掛けて飛び込んできた。どうやらボス雪オオカミのようだ。

 魔獣は通常の獣よりも頭が良いらしい、最初に倒すべきはこちらのリーダー格のゲネスだと踏んで、フェイントを混ぜての攻撃だ。


 ゲネスはこの攻撃に小回りの効かないパイク長槍をすぐに捨て、腰の剣を引き抜きこれを迎撃する。


 ガスッ!

 鈍い音がする。ゲネスは正眼の構えから剣を横に振り、雪オオカミの突進を避けつつ胴体を切り抜ける。

 この攻撃でもボス雪オオカミは、まだプラーナHPを失ってはおらず、すぐにゲネスの間合いから離れたが、ダメージは大きかったようでフラツイている。


 この間、周りの雪オオカミ達は、パイク長槍のリーチに入り込めず、攻めあぐねているようだが、細かく攻撃を受けることで、徐々にその動きを鈍らせていた。

 ここでゲネスが叫ぶ。


「今だっ、騎馬隊前進」


 ゲネスの号令に、離れていた場所で居た騎馬隊が突撃を開始する。

 動きを鈍らせていた雪オオカミ達は、突然の騎馬の登場で逃げ出そうとしたが、すでにその逃げ足は鈍く、あっという間に追いつかれて倒れていった。


 ボス雪オオカミだけは、騎馬から逃げようとはせず、ゲネスに最後の決戦を挑んできた。

 一方的にダメージをもらい、もう勝利はないのをその知能の高さから分かっていただろうが、水の精霊を身体に纏った雪オオカミはゲネスへと飛び込む。

 愚直なほどに真っ直ぐに飛び込んできたボス雪オオカミは、ゲネスの突きで口の中から後頭部へと剣に貫かれながら、その体をゲネスへと叩きつけ下敷きにした。


「ゲネス大丈夫か」


 私は急いで、現場へと駆けつけると、雪オオカミの下からゲネスが起き上がってきた。


「はは、最後は肝を冷やしましたわ、敵ながらあっぱれですなあ」


 ゲネスは余裕を見せようとしているのだが、私は見逃さない、ゲネスの股間が濡れていたことを。


 ……後でこれをネタに色々言ってやろう、フフフ。



 雪オオカミ達をしばらく放置すると、ゆっくりと胸の辺りが陥没していく。身体の中心部に集まった魔力が冷えて固まる時に、周りの細胞を取り込んで魔石へと物質化していく現象だ。


 最後にキラっと光った魔石を、胸に陥没した穴から取り出し採取する。

 この後、毛皮を剥ぎ取り、肝臓とか肉の一部も持って帰る事にした。


 この狩りを後何回ぐらい繰り返さないと、暖房のお金を手に入れる事ができないんだろう?

 今回は、たまたま怪我人が出なかったが、次回からはポーションを購入して用意しておかなければいけないし、ランニングコストがかかるのが分かってくる。



 はあ、どうしよう、効率重視で考えるなら冒険者稼業は、思ったより実入りが良くないっぽい。こいつをもっと効率よく回さないと全員の食費すら捻出できないぞ……

 暖房には、乾留装置で作った炭がまだ大量に残ってるのでどうにかなるかなあ……いや、建物の中で使うなら暖炉のような熱を室内に上手く使える物にしないといけないし……食料も必要だしなあ、うーん……


 色々と考えながらハカミ村の避難キャンプへ戻っていく。

 雪オオカミの残りは、ハカミ村の村長さんに言って、村の人達で分けてもらおうと避難キャンプへと移動していた時、さっきのブドウ畑が目に入った。


 干しぶどうか……


……


 ……あ‼︎

 あっあっあああ、コレだ!


「あーーーーーーーこれだーーーー」


 これもしかしてアレじゃん、アレ。


 突然の大声に周りの皆が驚いているが、私は馬から急いで飛び降りると、ブドウ畑へ駆け寄る。

 そしてカビが着いて水分が抜けたシワシワのブドウの粒を一つ、ちぎって匂いをかぐ。


 あま~い、日本時代の記憶の中から呼び起こされた独特の香り。


 周りの静止を無視して、そのシワシワのブドウを口に運ぶ。


 クチュ

 ……やっぱりそうだ。


「ウフフフ、アハハハ、アーッハハハハハハハ」


 周りの皆が困った顔をしてるけど、こんなに楽しい気持ちを理解してもらうのは骨が折れそうだ。だって腐ったブドウを食べた私が大笑いしてるんだもん。



 私はブドウ畑の真ん中で、今回の狩の成果を噛みしめた。


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