社会勉強

★帝歴2501年10月26日 ヒューパ ティア



 チュンチュン、チュンチュン


 朝です、ティアです。小鳥のさえずりです。


 小鳥のさえずりに目を覚ますと、部屋の中はひんやりしている。

 晩秋の早朝は、すっかり肌寒くなってまいりました。


 物置小屋で寝てる皆大丈夫かな? 風邪引いてないかな?


 昨日の時点で、応急処置の壁の隙間を埋める作業は済ませていたので、小屋の中の寒さは違っているはず……だと良いんだけれども。


 ううう、今日は頑張って稼ぐぞ。


 私はベッドから飛び起き、外行き用の服装に着替える。今日は初魔物討伐の予定だ、勿論お父さんにもお母さんにも言っていない。

 部屋から出て顔を洗いに水桶まで歩いて行ったら、お母さんが朝ごはんの用意をしていた。


「おはよう、ティア、朝ごはん食べたら、お城のお手伝いをしてちょうだい」


「はーい」


 ふふふ、今の私には家来がいる、おうちお城の手伝いは家来にやらせるのだ。


 顔を洗って家来たちが眠っている物置小屋改め、宿舎を見に行った。


 小屋では、女の子達と一緒にゲネスが外に出て、朝ごはんの準備をしている。

 よく見ると、ゲネスが指導して石でカマドを組んで、糧秣を使った煮炊きのやり方を教えていた。


 煮炊きをするための炭は、私が以前工場で作った物があるから大丈夫みたいだね。

 冷たいご飯より暖かいご飯の方が何倍も美味しいから、燃料の確保も考えなければいけない。炭を作っていたのがストックされてたので助かる、ちょっと前の私は先見の明があったな、エッヘン。

 それにもうすぐ冬が来る、その前にできるだけ早い段階で建物の中に暖炉を作って、暖炉の熱で調理出来るようにしなきゃ。

 エネルギー効率まで考えておかないといけないね。

 私は、稼がねばならない。


「皆、おはよう」


「姫様お早うございます」「ひめしゃまー」「お早うございます姫様」……


 みな元気そうだ、風引いてるのは居ないね。まだ外に出てきてないのはゲネスの子分達だけか、あいつらは頑丈そうだからほっといていいね。


「皆大丈夫そうね、風邪引いてる子いたら教えてね。ところでゲネス、今日の魔獣討伐だけど連れて行く奴の選抜は済んだ?」


「はい姫様、昨日の内に選抜してあります、まだ寝てるみたいですけどね」


 ゲネスが親指を立てて後ろの建物を指差す。


 あいつらまだ寝てるのか、近い内に、じいじ流軍事教練で性根を叩きなおしてやる。


「姫様、馬の準備は大丈夫でしょうか? 今日から仕事を始めるのなら用意しておかないといけません」


「うん、昨日の内にお父さんから許可は貰ったから大丈夫。お城の門番詰め所の横に馬をつないでいるので、それを使ってもいいって」


「助かります。それから姫様、一つ質問があるのですが、ここヒューパには冒険者ギルドの窓口はあるのでしょうか? 今まで行った大きな都市ではだいたいあったのですが、ヒューパの規模だともしかしたらギルドの窓口は置いておらず、領主様や住人が冒険者に直接依頼注文を出しているかもしれません。討伐依頼があればその分、成功報酬をもらえるので余分に金が手に入ります。」


「大丈夫よ、冒険者ギルドもあるわ、各業種の組合ギルドは色々な街の貴重な税源なので小さな街にもあるんだって」


 二人で話していたらお母さんの声が聞こえてきた。


「ティア、朝ごはんの準備できたわよ、来なさい」


 お城の裏口からお母さんが身体を乗り出して呼んでいる。


「はーい」


 私は、朝食を食べにお母さんの元へと帰っていった。



 私は急いで中に駆け込み、朝ごはんを食べ、外に出ようとした時、お母さんから声がかかる。


「ティアー、水汲みとお掃除のお仕事お願いね」


「うん、分かったー準備してくるねー」


と返事をして外に飛び出した。

 私は、急いで門番詰め所で寝ているベック少年の部屋へと飛び込み、朝ごはんを食べていた彼を捕まえ、指示を出す。


「ベック、今からお前に指示を出すからちゃんと聞いてなさい。まず水汲み、お城の下の泉まで水汲みに行ってちょうだい。お城の台所の水瓶がいっぱいになるまで汲んできてね。それからお掃除。お城の中の執務室や玄関ホールは、お掃除おばさんのメイプルさんが来てやってくれるから、あなたはお城の裏手側をやってもらいます。この布に掃除する図面書いたからちゃんとやってね」


「は、はい、姫様。それで姫様は今日何をするのですか? まさか魔獣討伐に付いて行く気じゃないですよね」


「……ショッピング」


 私は、ベック少年の顔から右斜下40°ほど違う方向を見ながら返事をする。


「え?」


「お買い物いに行ってくる」


 ベック少年の癖に痛い視線を送ってくれるじゃないか。

 実際にお金を手に入れたら、急いで布を買ってきてシーツにしないといけないから、ちゃんとショッピングだ。


「いいから今すぐやっといて」


 私は、指示書にした木板を置いて、部屋から飛び出す。

 外に飛び出した私は、物置小屋宿泊所まで戻ると、ゲネス達が馬を引いて出発の準備をしていた。


「ゲネス、準備は後どれぐらいかかる? もう少しかかるようなら誰か1人貸して、先にギルドに行って良さそうな依頼を受けてくるから」


「あー、分かりました、それなら俺が行きます、ちゃんと物事が分かる奴がいないとダメでしょ」


 う、何よ、私が何も知らないとでも思ってるの……そうです分かりません、ちょっと怖かったです。

 始めての冒険者ギルドの定番と言えば、強面の古参に絡まれて怖い目に合うアレが待っているはず。ちょっとドキドキしてたよ。


「じゃあ一緒にお願いね。それからチュニカはいる? そっちか、あのね銀貨を10枚渡しておくから、これで皆のお野菜を買ってきて欲しいの。お店とか分からないと思うから、もう少ししたらトラビスが来るので一緒に行ってきてね。他の娘は物置小屋宿泊所の中の掃除ね、後よろしくー」


 私は、彼女達にも役割を与えて、ゲネスと一緒に街へと降りていく。

 さっきチュニカに渡したお金は、もう残り少なくなったワイン販売代金の残金だ。

 実験器具や工場建設でほとんど残ってなかったが、子供達に栄養が足らない、お野菜を食べさせなきゃ。


 今の私の手元に残った残金は、銀貨20枚だけ。

 以前、ジョフ親方に聞いたのでは、冒険者が生活するのに、宿代と食費込みで銀貨一枚が大体一日の生活費だと言っていた。

 宿代は必要ないとしても、35人を食わせるにはちと辛いね。



 お城を出たゲネスと私達は、地図を見ながら冒険者ギルドの建物までたどり着く。

 私は、ドキドキしながら扉を開けると普通に小ざっぱりとした作りで、カウンターが一つ、椅子に座ってるのは30過ぎぐらいの人族の男性。


 さて仕事を探そうかしらって行こうとしたら、ゲネスに止められた。


「姫様、私が手続きをやりますので後ろにいてください、できればジッとしていてくれると助かります」


 何よ、私そんなにトラブル起こすとでも思ってるの、理不尽な事が嫌いなだけよまったく。


「いらっしゃいませ、こちらで初めて見るお顔のようですね、組合ギルド証はお持ちですか?」


「ああ、こちらに……マイオス王国の冒険者ギルドで作った物がある」


「お貸しください……うーんっと、ああ、ちゃんと実績は積まれてますね。中級者、いや上級者と言っても良い実力のご様子。ようこそヒューパへ、我々組合員一同ゲネス様の来訪を歓迎いたします。それでは、組合の登録費用銀貨1枚をお納めください、そちらの小さなお嬢さんはどうなさいますか? 冒険に参加されるのですか?」


 私も登録しないと魔物討伐には参加できないのかしら。なら登録しておきましょうか。


「はい、はい、払う、支払います」


「あっ……」


 一瞬、ゲネスの奴『あっ』って言ったよね。まあいいか。


「失礼ですが、お嬢さんはギルド証はお持ちですか?」


「ごめんなさい、無いです」


「ではこちらに、お名前を記入してもらっても良いですか? 本名は問いません、通り名でも結構です」


 あ、本名じゃなくても良いんだ、なら何か強い名前がいいな……うーん、強い名前強い名前、女の子らしくてそれでいて強い名前と言えば……そうだっ! いいの思いついた。


「決まりました、サオリ、サオリ・ヨシューダにします」


 登録用紙にサラサラと自分で名前を書き記す。


「サオリ様ですね、通名のヨシューダの意味が分からないのですが、何だか強そうな名前ですね。それでは銀貨を1枚お願い致します」


 こちらでもこの名前の強さが分かるのか、流石だな。

 通り名なので霊長類最強女子のサオリと名乗っていても良かったか……いや、本人に敬意を示して最強女子の名はまだ名乗るまい。フフフ、でもいつかその日を夢見て……



 2人分の銀貨を支払って、この日の仕事を探す。

 幸い西北にある白ワイン用ぶどうの産地近くで、この前の戦で避難した住人が集まるキャンプ付近に雪オオカミが出没している。これを討伐して欲しいとの依頼があったので、受けることにした。

 手続きをゲネスがやって、依頼を正式に受けた形になる。


 冒険者ギルドの建物を出るとゲネスが私に話しかけてきた。


「姫様、ギルド登録はパーティーで1人でもいいのですよ、窓口で手続きをする1人だけ登録しておけば、後ろで立っている奴が居ても文句は言われません」


「えー、しまったー銀貨1枚損した……って……ん、待てよ。もしその手続きをした1人が死んだらどうなるの? 依頼を成功してもその1人が死んだらダメになるって事じゃないの? それにお金を取り扱うのが1人なら分配するのもその1人が自由にやっちゃうじゃない」


「ええ、そうです。さすが姫様ですね、気が付きましたか。受け取り役……まあリーダーですね、リーダーが死んでしまえば、残りのパーティーメンバーに成功報酬が入りません、だからこそ、そのパーティーはリーダーを必死で生きて帰そうと頑張ります。それに金勘定がまともに出来る奴は少ないので、リーダーが金を多く手に入れられるのですよ」


「へー、あんたがそのリーダー役に収まる気だったのね、油断もあったものじゃない」


「へへへ、姫様、これも大人の社会勉強ですぜ、次冒険をやるときはキッチリリーダーになってくださいよ」


 くそー、こいつ悪びれてないな。社会勉強は痛みを伴って覚えていくしかないのか。



 私達は、城に帰り、準備のできたメンバーと一緒に目的地まで馬で駆けて行き、昼前には依頼のあった避難キャンプへと到着した。

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