守りたいこの笑顔

★帝歴2501年10月25日 ヒューパ ヒューパ男爵(アルベルト・マリア夫妻)



「あなた、あれは無いんじゃないの、いくらなんでもティアが可愛そうね」


「そう言うな、今あの娘を表舞台に華々しく出すわけにはいかない、あれは我々の想像の斜め上を行ってしまった。ブレーキが必要だ。今回の件であの娘が宣言した内容が伝われば、エウレカ公国王家も警戒感を持つようになるだろう、下手をすれば教皇庁や宗主国の神聖ピタゴラ帝国にまで睨まれかねない」


「それなら、あの娘に役割を与えて領内に縛り付けて置けばよろしいじゃないですか、外の目に触れさせないだけで良いのです。連れて帰ってきた子供達の教育や訓練の仕事を与えてしまえばいいじゃないですか、あの娘を追い詰めるような真似をすれば、もっと無茶をしますよ」


「うう、だがな、ティアが連れて帰ってきた子供達……ティアは分かってはいないのだ。あれには身分の問題よりももっと深い理由がある。あの少女達の親が新教派として異端審問によって裁かれた存在だ、その処分を真っ向から否定して覆せば、ティアが異端認定される」


 ヒューパ男爵アルベルトは、過去に経験した凄惨な光景を思い出す。


「あの子供達とは引き離さねばならないのだ。……私は見たのだ、約10年前、獣・亜人連合国フェズが異端認定された後に起こった戦で、フェズの地がどんな地獄を味わったのか……私は見たのだ。異端認定だけは避けなければならない……あれは……あれは、人間がやって良い事ではないのだ」


 戦場で受けた傷で痛む足を引きずって、ヒューパ男爵アルベルトは窓まで歩き外を見る、その目が見ていたのは深い闇だった。



★帝歴2501年10月25日 ヒューパ ティア


 うわーん、やられたー、お父さんのバカー。


 私は、中世社会の洗礼を受けた。

 赤ワインの製造ノウハウを何の約束も無しに、無条件で渡した私が悪かったのかもしれないが、まさかお父さんが全部持っていくとは思わなかった。

 ちゃんと交渉してからノウハウを渡すんだったよ、家族だから油断した。


 まあ確かに、お父さんの立場は分かるよ、分かるけど、子供達の養育資金まで完全に断られるとはね。ゲネス達の食い扶持は出してもらえるけど、それでも……

 ちょっとは怒られるぐらいは覚悟していたが、親子なんだし大丈夫だろうって甘い考えだったよ、お父さんの顔、完全に冷徹な統治者の物だったし容赦なしだったよ。


「ううう、気持ちを切り替えなくっちゃ、私が頑張らなくっちゃあの娘達が……くそー」


 私は、ポロポロ出てくる涙を、ギューっとして止めると、濡れてるホッペタを服の袖でゴシゴシ拭く。濡れてる服の裾から覗く小さな左手が見える。

 小さい。

 この前、実験失敗で火傷をした痣が残った左手がそこにある。

 手を見てたら、何にも出来ない癖に、カッコつけた自分が情け無くって、また涙がポロポロ溢れる。


「ふうううう」

 こんな時こそ座右の銘の『苦しい時は笑顔を、悲しい時には歌を』だっ。

 子供達は、ヒューパ預かりじゃなくって、私個人の子飼いの家来だから、私の責任で育てなければいけない。甘えていた私が悪い。

 今は気持ちを切り替え、私に出来ることを整理してリアルに対処するだけだ。


 こうなっても、白ワイン用ぶどうの権利を確保できただけマシなのかな?

 ……マシだと思おう。


 もう10月も終わろうとしてる今の時期、ぶどうの実を収穫せず木に残ったままなら、マトモにぶどう酒に使えるような実は、一つの房にいくつもないだろう。

 それでも、ぶどうの房から使える粒を一粒一粒より分けて収穫すれば、0じゃないだろうし。

 人力でやらなきゃなんないとか、気が遠くなるわね。



 私は、子分たちが待つ作戦司令室物置小屋へと足取り重くとも、歌を歌いながら向かって行った。


「たんたん♪た~ぬきの♪ふんふ~ふふん~♪カ~ゼもないの~に♪ぶ~らぶら♪」


 お、物置小屋の扉開いてるな、皆今夜の寝床の準備できたかなー。


「おーい、皆いるー?」


「はーい、姫様おかえりなさいませ」


 お、皆頑張って敷きワラを敷いてくれてるな、後はこのワラの上にシーツを乗せて、上から毛布を乗せれば寝床の完成……って、あ、シーツを買うの忘れてた。一度にこんな人数分のシーツを買うのだけでも大変なお金だ。

 毛布はこないだのホラ侵攻の時に使った兵士用の物を各自に支給しているから大丈夫だけど、シーツがないや、出費かさむな。


 私の顔を見てトラビスが走ってくる。


「姫様、お帰りなさいませ、寝床のワラの確保はできたのですがシーツの方が……それと小屋は隙間だらけで、これから冬になると寒さで大変です」


「分かってます、寒さ対策にお金を用意しないといけませんね」


 うわ、更に出費が増えた。まずい。


「それもなのですが、あの、この小屋の隅にある箱と樽から変な臭いがしてて堪らないのですが…」


「ああ、あれねえ」


 トラビスが指差す方向を見ると確かに臭ってくる……これはメチルアルコールを作る時に一緒に作ったクレオソート油とタールの臭いだ。


 確かに臭いなあどっかに置かなきゃ……はっ、これだ!

 船の水漏れを防ぐのにも使われていた、このクレオソート油とタールを使って、建物の隙間を塞ごう。


 ウヒョー、材料最初からあるじゃん、私ついてるよー。

 タールだけだと硬いから、クレオソート油で割って使えば塗りやすそうだね。作業をやりやすい硬さを探りながらの作業すればいいんだ。


「おい、ゲネスと、悪人顔のお前達ちょっと来い。それからベック、ベックはいるか」


「「はい、姫様」」


 ゲネス達と獣人の子分達が集まってきた、ベック少年は端っこで目立たない場所取りを確保している。


 フフフそれで隠れたつもりか、私の目は誤魔化されんぞ。


「これからこの小屋の外壁を寒さから守るために、そこのくさい臭いがしているタールを外壁に塗る作業をする。ベック、そこの悪人ヅラを3人ぐらい連れて、ジョフ親方の工房に行ってノコギリ一本とヘラ、そしてハケをありったけくすねて来い、あ、それと塗料を入れるための小さな壺があればいいな」


 ベック少年に指示を出して、道具を取りに行かせる。


「それからゲネス、この小屋の上を見ろ、あそこだ」


 私は物置小屋の上にあるハシゴや長い真っ直ぐな木の棒を指差す。

 ここヒューパ城は木の柵で組まれた城だが、一応城攻めや防御のためにも利用されるハシゴは戦略物資として、普段から複数用意されている。

 小屋の外壁塗装作業するのに利用させてもらおう。


「あそこの、ハシゴと長い棒を下に全部降ろせ、足場を組むぞ」


 フフフ、私は日本時代、化学工場勤務だったが、海外出張に行って新規の工場立ち上げプロジェクトに参加してた事がある。その時何度も現場に行って、何回も足場の上に上がった時に構造を見た。

 その時見たのは、竹で作った足場だった。単純な縦棒と横棒の組み合わせに、強度を出すためのクロスした棒の組み合わせだけで、物凄い高さまで作業用足場を組み上げていっていた。上手く作ってるなーって関心したのだ。好奇心こそが私を救う。


「姫様、ハシゴだけ使えば良いんじゃないですかい?」


 ゲネスが訪ねてくるが、一々ハシゴを動かして狭い範囲を塗ると作業効率悪い、最初に足場を組んだ方が効率的なのだ。


「いや、これから足場の作り方を指示する。足場組んだ方がずっと早いからな。一日で作業は済まないだろうが、ちょっとでも速く、本格的な冬が来る前にこの作業を済ませておきたい」


 私がゲネス達に作業を指示している間に、チュニカ達お姉さん組に指示して、持ってきていた軍用糧秣で食事の準備をやらせる。

 当面の食事は、ホラに行った時の軍用糧秣を食べ繋げば何とかなる。

 普段の人の食事に使えるような物ではないが、我慢だ。

 申し訳ない気持ちで子供達を見ると、皆自分達でできる事を頑張っていた。

 小さな子供達は、疲れきっていたので、先にワラの中に入れさせてお昼寝をさせてる。


「チュニカ姉さん、このワラお日様の臭いがしてとっても気持ちいいよ。こんな気持ち良い寝床で寝るの私始めて、嬉しい」


 とか言ってる、くそー私、頑張らなきゃ。



 ゲネス以下悪人ヅラの男衆と一緒に足場を組み終わった頃には、ベック少年達も戻ってきたので、皆と一緒に御飯を食べる。

 子供達が美味そうに、でも遠慮がちにハニカミながらご飯を食べてる。


 ぬおー、私のハートをガチ掴みする笑顔じゃないのよ。超頑張るわよー、絶対に負けないんだから。


 横をふと見ると、いつもはぶすっと仏頂面してるゲネスの奴が、子供達を見てえらくニコーっとしてる。

 こいつ悪人かと思ったら意外じゃない。結構子供達好きなんだな、フフフ。


 私が笑っているのに気がついて、また仏頂面に戻った。面白いやつだな。


「ウフフフ、ゲーネースー、あなた可愛いとこあるわね」


「は? おお、俺がどうかしたってんですか、姫様冗談じゃない、俺はホラの裏社会を牛耳ってたほどの男ですぜ、ガキなんて、フンッ」


「そう? 私にボコボコにされちゃったけどね。まっいいっか。それよりさ、ゲネスちょっといい」


「何ですか姫様、悪い顔になってますよ」


「悪い顔は余計よ、あのね、手っ取り早くお金儲かる話ないかな?」


「姫様、それはダメです、大失敗する奴が決まって言うセリフです。わたしゃ何人も失敗してクルツァ川に浮かんだ奴らを見てきました」


「じゃあ、あなた達はどうやってお金稼いできたのよ」


「えへへへ、それは聞かないでくださいよ、姫様にはやらせられませんよ」


「うーんもう、この子たち食べさせなきゃなんないのよ、普通に稼いだだけじゃ追いつかないじゃない。何かないの?」


「うーん、合法なのなら……でっと……やっぱり冒険者達がやっている魔獣討伐ですかね。危険ですが上手くいきゃ一冬超すだけじゃなくって、もう少し美味い物食えるようになりますよ」


 そっちかあ……リスク取らなきゃなんないようね。一応この前の戦で傭兵達から剥ぎとった武器や防具があるから、ゲネス達はお父さんの許可が有るし、装備面は大丈夫そうだな……


「よしゲネス、この小屋の外壁塗装作業班と魔獣討伐班の二つに分けるわよ、とりあえず使えそうなのを今日中に10人程選抜しといてちょうだい。ホラからの戦利品で手に入れた馬があるから明日の朝までに準備させるわ」


「え、即断ですね。大丈夫ですかい?」


「すぐにでも動かないと、あっという間に冬がやってくるのよ。それだけじゃない、いつまでも軍用の不味い糧秣食べたいの? それにね、お父さんから貰った白ワインの畑を確認に行かないとダメなのよ。やらなきゃなんない事が多すぎるわ、今すぐ走って行きたいぐらいだし」


 私は、彼らに明日の準備をさせた後、日が暮れるまで隙間塞ぎと壁塗りをやらせていた。

 城の中に戻って、お父さんとお母さんと一緒に晩ごはんを食べ、明日以降の予定で馬が必要なことを説得して確保する。

 勿論、私も一緒に行くとは言っていない、言っていないが、行かないとも言っていないのですよ、フフフ。



 明日からは、異世界に来て初の冒険者スタイルだ。

 経験値……この世界でダルマだっけ、ダルマ経験値を稼いで最強勇者への覇道を歩まねばなるまい。

 待ってろよ魔獣、魔物。

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