大人社会の逆襲

犬を飼いたいの

★帝歴2501年10月25日 ヒューパ ティア



 ヒューパのお城まであと少し。

 隊列の周りには、騎士トードさんと、ゲネス達悪人顔の獣人達。


 わたくし、彼らに守られて、馬車にガタゴトと揺られながら考え事をしています。


 今ホラの地は、ムンドーじいじにお願いして、私はヒューパへと急いでいる。

 ムンドーじいじには悪いが、モニエ渓谷を塞ぐ巨石に穴を開けて水蒸気発生剤を使った発破作業を指示していた。

 岩さえどければ、後は水の勢いが土砂ダムを決壊させる。


 いつまでもホラを水漬けにしておく訳にも行かないからね。



 私が馬車に揺られる数日前、ホラの土豪達を丘の上で排除した後、ゲネスが余計な欲をかきだす前に、貧民兵を分割して、ヒューパ軍に再編成させた。

 穏健派のムンドーじいじや、ジョフ親方に再編成した軍を預けて、ホラ領内でヒューパに逆らった豪族のお家に税金の取り立てと、資産没収をさせたんだ。


 穏健派のじいじ達でも現地で荒っぽい事になったと聞いている、悪人顔のゲネスとたちの悪そうな獣人の子分約20人は、資産没収現場から外して私と共に行動させたが、こいつらに行かせたらとんでもない事やらかしてそうだしね。


 そんな理由で私の手元にゲネス達を連れて、ヒューパまで帰ってきた。

 下手に軍をそのままゲネスに預けたら、不必要な欲望を喚起させて裏切られるかもしれない。ハードモードの世界で油断は禁物。


 あの時、貧民兵を武装するのは、賭けのような物だった。

 ヒューパから付いてきた大人達が、私の思い通りには動かないの分かって、あの場で私の思い通りに動く手駒は、あいつらしか居なかったのもある。


 最初は、交渉相手の有力者達へのプレッシャー用に、私達の後ろにカカシとして並べるだけのつもりだったんだけどなあ……説明途中、ゲネスの表情の変化したのを見て、アドリブで交渉から殲滅作戦へと変えて軍を一つ指揮させてもいいって思ったのよね。この男は、ホラの有力者達を憎んでるんだなって。


 そんな訳で有力者達を殲滅する為なら、ゲネスも素直に従うだろうって目算は立ったけれど、あの時はあの時、今は今。これからコイツラをじっくり教育するつもりだ。


 そしてこの悪人顔達の後ろから荷馬車に乗ってやって来たのは、顔中に包帯巻いたカチク改め、わたしの可愛い家来・・・・・達。

 チュニカ他女の子達、総勢15名。

 女の子達の他にもまだ、有力者の邸宅に飼われいていた男の子が数人、じいじ達の手で保護されている連絡がきている。

 男の子達も私が全部引き取る。


 何が言いたいかと言うと要するに『食わせる家来が増えた』って事だ。


 犬の子猫の子を拾ってきた訳じゃないが、口の数が増えたら、その口の中に入れるための食料を私が準備しなきゃなんないって事ですよ。

 まだ確定はしてないが、4~50人分の食い扶持を稼がないといけない。

 そして恐ろしい事に、ほぼ全員が無産者。私が前に居た世界で言う所のニートですよ、ニート。


 こいつらの食べる食費を考えたら……ギャー、どうしよう、あの時、皆の前で勢いで啖呵切っちゃったから、他の誰も助けてなんかくれないよー、やっちゃったー。


 そんな訳で、お尻が真っ赤っ赤に火がついた状態の私ですが、金づるになら少々アテがあります。

 そう、ワイン。

 春に貴族の間で大好評だったワインがあります。

 一方、私の初化学プラント:木炭の還流装置は、現在、戦争準備の無理やりな稼働で、メタノールや他の揮発油の製造中、可燃性ガスに引火して釜の一部に大きな穴が空いて使用ができなくなってます……そっちの修理費も稼がないといけない。お金が全然足らない。


 そんな訳で、ワインを担保にしてアルマ商会辺りから金策をする所存。

 ワインさえ売れれば、食べてくだけならどうにかなる。化学工場や研究は後回しだ、今は目先のオマンマの確保が大事。


 少なくともこれから来る厳しい冬を快適に過す生活の充実のためには、もっとお金が必要。お父さんを説得せねば。



 どうやって説得をするのか考え事をしている内に、お父さんやお母さんの待つヒューパ城へ到着した。


「お父さん、お母さんただいまー、勝ったよー、全部ぶん盗ってきたー」


「ティア、お帰り、怪我もなく無事に帰ってきたわね、とても頑張ったのねおめでとう」


「ティア、お帰り、他に報告することがあるだろう。現地からの話は伝え聞いたぞ」


 ……まずい、どうやらホラの土豪他有力者達を根絶やしにしたのがもうバレてる。

 ちょっとやり過ぎたかなあ……お父さんの信書……お父さんの信用で呼び寄せたのに全部処分しちゃったし。


「あわわ、そう、ホラの有力者達が突然襲ってきたから、しょうがなく……自衛権、そう集団的自衛権の行使をしたのです」


「……しゅうだんてきじえいけんの意味は良く分からんが、交戦して皆殺しにしろとは言ってなかったはずだぞ?」


「うう、だって敵が先に襲ってきたんだもん、私悪くないよ(本当はそうなるよう仕向けたのは私だが)」


 ……

 うう、滅茶苦茶睨んでる、お父さんの視線が痛い。


「……報告で聞いたが、それでも全員その場でとはな……これから他人の物だった領地を管理するのだ、ちょっとは味方を作るようにしなさい」


「はい、ごめんなさい……あ、味方、味方で思い出した、お父さん、私ねワンコ飼いたいの、だからエサ代を作る許可をして欲しいんです」


 お父さんの眉がピクッと動く。


「何? 犬を飼いたい? どんな犬だ、お父さんに見せてみなさい」


「ティア、お母さんも見たいわ、どこにいるの?」


 あわわわわ、お父さんばかりか、お母さんまで関心を寄せてる。たった一言『良いよ』って言質が欲しいだけなのに、言質さえ取れれば、後はなし崩し的に予算確保まで持って行こうと、私の考えぬいた策略が早くも失敗しそうだ。


 まずい、どうしよう。


「い、いや、みんな外にいるから、お父さん足を怪我しててまだ動きまわっちゃダメでしょ、また今度見せるよ……そ、そうだ、ワインのお話しましょう、今ワイン製造しているはずだけど、私の製造ノウハウ、ちゃんと上手く行ってるかしら、ねお父さん」


「ティア、ごまかすな、その犬をここに連れて来なさい」


 怖い顔で睨まれてる。

 ダメか、しょうがないね。


「はい、連れてきます」


 私は外に出て、家来の皆をお父さんの待つ執務室へと連れてきた。

 ドアを開けて、一人ずつ呼びこむと部屋がパンパンになるぐらい人数が多くて、お父さんとお母さんの頬がヒクヒクしてて怖い。


「お父さん、連れてまいりました……えーっと皆揃ってる、そろってるね、うっ、そこ、あそこで座ってるのは私のお父さん、ねっだから怖くない怖くない、泣かない落ち着いて……はい、そこ喧嘩しない……皆静かに、静かに、もういいかな……よし、お父さん、これだけ私の家来ができたので食費の予算、お願いします」


「却下します、とりあえず部屋から全員出しなさい」


「はーい」



 全員外に出して、私の作戦司令室物置小屋へとベック少年に案内させ、休ませることにした。

 小さい子供は、旅で疲れていてグッタリしている。敷きワラの準備をトラビスとワルガキの小僧共にやらせて、当面の寝床を確保しないといけない。

 とりあえずこうして外に出てみたものの、この子達の面倒は私にかかっている、気を引き締め直してお父さんに向かわなきゃ。


「それじゃ、ベックとトラビス、後お願いね」


「姫様かしこまりました」


 猫族獣人の少年トラビスが答える。ベック少年や悪ガキの面々は、すでに荷物を持って走っていた。


「あ、ゲネス、そしてそこの悪者顔したお前たち、私がいないからって、この娘達に変なちょっかい出したら許さないからね、分かってるでしょ」


 私が、ゲネス達、悪人顔のやつらを睨みながら釘を刺す。


「はい、姫様勿論です。あの、それで俺たちは今から何をすれば」


 ゲネスが不安そうに訪ねてきた。


「あなた達大人組はいくらでも仕事があるから心配せず、今しか休む暇ないと思って休んでいなさい、すぐに忙しくしてあげるから」


 お、ゲネスの顔が引きつってる、ざまあみろ。さて執務室に戻ろうかな、うふふふん。



 その場にいた全員を作戦司令室へと移動させ、私は1人自分の顔をパンパンと両手で叩いてから執務室へと戻った。


「ティア、さっきのを説明しなさい」


 私が部屋に入っていきなりですね。ここで怯むわけにはいかない。


「はい、あれはホラの貧民兵の中で有能なのがいたのでスカウトしました、お父さんが以前いた国で貴族の次男坊だったそうです。今はホラの貧民街で顔役をやっていたそうですが、教育を受けていて見どころがありましたので、殺さず手に入れました」


 お父さんがコメカミに指を当てて何かを考えている。


「なるほど、な……その者はヒューパとして面倒をみる許可をしよう、で、その横にいた包帯を巻いた子ども達だが……あれは不可触賤民だ、その意味、分かっているのか?」


 不可触賤民……インドカーストの最底辺民の呼び方だな……この世界でも同じような意味で使われて居ると言うことか。

 だとすると私は、この社会その物と対峙しなければいけない。私はこの娘達を手放すつもりは毛頭ない、ならば戦いだ。戦うからには覚悟と慎重さがいる。


「はい、その様な者だとホラで言われましたが、私の家来にしたと宣言して帰ってまいりました」


「ふう……この街を支える層にもぶつかる考え方だな、その覚悟はあるのか? 貴族と言えど絶対的な存在ではないのだぞ、お前を支える者が居なければ、例え貴族でも足場を失って倒れる」


「はい、それでも私の庇護下に置かれたからには、私の民です。そしてヒューパにとってトコトン使える人間に仕立て直します、どうかこのヒューパに彼女達の居場所を与えることをお許しください」


「いいだろう、だが、居場所を与える事は許可するが、ヒューパとして援助することは許可できない、言っている意味……分かるな」


 ホラの有力者達と対峙した時、ヒューパから連れてきていた大人達の中には、私に対して反発する大人もいた。

 お父さんの立場上、下の人達の意見も尊重しないといけないのだろう。


 うん、それでも良いや、私にはワイン資金がある。お金が有れば幸せになれるとまでは言わないが、お金が有れば大体の不幸は避けることができるんだよね。お金ってとても大事。


「……はい、私の力で彼女たちの食費を稼ぎます」


「分かった、ではこの件はこれで終いだ。ワインの件だが、あれはお父さんの物だ。ティアへの資金は入ってこない」


……え? え?

 不味いよ、さっきまで私がまだ余裕あったのは、ワイン資金があるから何とかなるって皮算用だったのに……なにそれ?


「ワイン用のぶどう畑やワイン工房は、お父さんの荘園の所有物であり、お前のものではない。少なくともお前があの者共を召し抱えると決めたからには、私の荘園からの援助はもらえないと思いなさい。例え私が許しても荘園を支える人々がそれを許そうとしないだろう。統治とはそう言う物だ」


「え、あれ、ちょっと待ってお父さん、ワインの技術は私の物でしょ、何で全部お父さんが持っていくの? 私の権利分を確保してもらわないと」


「却下。荘園経営は貴族が命がけで守る物だ、例え親子でもその権利は一歩も譲られない物だからだ、お前の知識と一緒にしてもらっては困る。第一、今年の戦役の影響で赤ワイン用のぶどう収穫はできたが、白ワイン用のぶどう収穫ができず放置したままになっていて損害が出ている、ティアの言うような事に使える余裕はない」


 うえー、知識その物に対しての価値が認めてもらえないの? ちょっと待ってよー。

 まずい、何か考えないと、兎に角最低限の食費は確保しないといけない、どうにか粘って何にか手に入れないと。


「なら、お父さん、知識への権利が認められないと言うなら、何か代わりの権利を頂けないでしょうか、少なくとも今度のホラとの戦役では、私の功績にたいする褒章を貰っていません」


 お父さんの顔がグヌってつまった、チャンスかも。


「ぐっ、なら、今年は白ぶどうが全部ダメになったし一部の村では、壊滅的な被害を受けている、白ぶどうの権利をティアに与えよう。」


 うわーん、何だそれ~、もう話し合いじゃないじゃない。

 だって今目の前の収入がなくて困っているのに、今年壊滅した白葡萄酒の権利貰っても間に合わないじゃないの。


「お父さん、そんなのない、それじゃあの娘達が冬を越せないじゃない」


「駄目ったら駄目だ。これは領主としての決定だ。異論は許さない」


 うううう。

「うわーーーーん、お父さんのワカランチンドモノッチメチンのオタンコチンチン」


 ダダダダダダ、ドンッ!


 ドアが勢い良く開いて、部屋からティアが飛び出していった。


「こらー、ティア、待ちなさいっ、ティアっ、泣いてもダメなものはダメだからな、まったく……オタンコチンチンって何だ?」


 隣で見ていた妻マリアの目線が痛いが、ヒューパ男爵アルベルトは立場上、これ以上の事ができなかった。



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