部下を手に入れました

★帝歴2501年10月17日 ホラ郊外 ティア


ほんの少し前


ガラガラガラゴッガッラガラゴゴゴガラガラガラ


 食料や毛布等を満載にした馬車が、いくつもヒューパ領からホラ領へと伸びる街道を走っている。


 私は、場車隊を率いて、ホラの街へと急いでいた。街道の左側を見れば、街道のすぐ側までクルツァ川から氾濫した水が迫っている。


「姫様っ」


 斥候の馬だ。


 街道を移動中の私達の馬車の隊列へと、馬が数時間おきにホラの情報を持って駆け込んでくる。

 中には、ホラの住民たちの詳しい情報も混ざっているが、斥候が見張っている情報だけじゃない。

 前に捕虜にした貧民兵の中で少し毛色の違った狼族獣人の男がいて、そいつを優しく説得・・して味方に寝返らせたので、街へと潜入させていた成果だ。


「どうやらあちらの危険はなさそうね、このまま隊を進めるわ、後続にも馬を出して情報を流してね」


 今ホラの街から戻ってきた斥候を休ませて、別の斥候に新しい馬を与えて、移動させる。

 ちなみに、指令書の符号は、獣脂と紅粉で作った口紅を使い、私のキスマークを押してある。昔本で読んだ騎士物語では、お姫様はキスマークを押して騎士を励ましたそうだ。

 私は、部下思いなのだ。



 ホラの街が見えていた場所から少し北、森の下に広がる丘に着くと、避難民達が大勢丘の上にいた。

 私たちが近づくと、慌てて逃げ出そうとしている避難民もいる。

 大勢で近づくとパニックになってはいけない、私はムンドーじいじと一緒に行く事にして、荷馬車の方は一緒に来ていた騎士のトードさんに任せよう。


「トードさん、後お願いね、私が合図したら丘の上まで皆と登ってきて」


「は、はい、お、俺頑張る」


 馬車隊は、トードさんに任せ、私はムンドーじいじにお願いして、二人だけで近づいた。


 近くまで行って従えば助けると声をかけると、それに呼応するように『ホラ男爵家はもう終わった、これからはヒューパの時代だ』と叫ぶ男がいる。その声を合図に、避難民達の間へとさざなみが広がるように、私達ヒューパへの帰属意思を見せる者達が増えていった。


 最初に声を出した狼族獣人の男が立ち上がり、私の元へと歩いてくる。


 ……以前戦った貧民兵の中で少し毛色の違った男……貧民街で顔役をやっていたゲネスと言う男だ。

 数日前ホラが敗れて無軌道に逃げ回っていた貧民兵の中で、他の貧民兵を逃がそうと20人足らずで方陣を組み、追撃をしていたヒューパの兵士たちを苦しめていた。

 その時は、最後に私が出て行って捕まえた。以来味方に引き入れ、ホラの街での工作に使っていた。


 私はこのゲネスを使って、今ここにいる避難民達をまとめて占領政策に使うつもりだ。


 ゲネスと出会った時の事を少し話そう。



★帝歴2501年10月4日 カタの村郊外 ティア


 狼族獣人の男のゲネスと最初に出会ったのは、約二週間前の10月4日、ホラの軍勢をヤマタ作戦で破ったその日だ。


 ホラの軍を破り、追撃軍を差し向けた先で、無秩序に逃げていたホラの貧民兵達の中に、秩序を保ったまま抵抗する小集団があった。

 私は、その小集団を囲っていた自軍からの連絡で現地に急行すると、貧民兵をひきいて小規模だがまだ粘り強く方陣を組んで抵抗を続けているのが見える。

 近づくと、方陣の中心で他の貧民兵を逃がそうと仲間を鼓舞し続ける20代後半ぐらいの狼族獣人の男が居た。


「面白いわね、戦闘を止めて」


 兵士たちに戦闘を止めさせす。

 幸いにも私の目付役のムンドーじいじもいないので、ちょっとこの気になる男を試してみたくなった。我慢に我慢を重ねたこの日、私は慎重さなどと言う自重心をぺぺぺのペイと置いていた状態だったのだ。


「ちょっとお話しませんか、ヒューパの総指揮官代理のティアです、戦闘を停止してヒューパに下れば、悪くは扱いませんよ、なんでまだ戦うのですか?」


 私は、乗せてもらっている馬の上へ立ち、まだ方陣を緩めようとしない男を観察する。


「うるせえ信用できるか、お前たちだろう、あのワインに毒を入れたのは」


 狼族獣人の男は、私を睨みつけ、戦意を示してくる。


「知りませんよ、人んちの物盗んで勝手に飲んだのはそっちでしょ。文句言われる筋合いはないですよね」


「はっ、悪いがあんなのを見せられて信用しろって言うのか、冗談だろ」


「うーん、降伏勧告に関しては割りと本気で言っているんですが、無理なんですか? 私の手下になりませんか?」


「なっ? お前、何歳いくつだ? まだ幼いガキだろうが、これだから貴族はいけ好かねえ」


 ちょっとカチンと来る。確かに見た目は幼児だけど、私が助けるって言ってあげているのにこいつ……


「分かりました、じゃあワンって言いなさい、ワンって。そしたら助けてあげる」


「……」


「返事はする気がないみたいね、なら、その幼女があなたと一対一で殺り合ってあげますよ、私総大将です、超良い獲物でしょ、ほい、カモーン」

 シャッ、ットン


 馬から飛び降りる時、斥候兵の腰から剣を抜き取り地面に飛ぶ。

 その場にいた全員が『は?』って顔してすぐに『姫さま辞めてください』とか言っている。


 ……が、知らん、じいじもいないし私は自由。特訓の成果を試してみようかね。

 ん? この男、間抜けな顔で私をみてるじゃない、挑発された本人がそんな顔していてどうする。


「あら、幼女相手でも戦えない腰抜けなの? こんなに大勢で取り囲まれたらビビって何にもできなくなっちゃうのねー、ざーんねん」


「なんだと、この糞ガキ、教育してやろうか」


 私は、男の持っている槍がすでに折れかかっているのを見逃さない。


「その槍折れてるじゃない、そんなんで私とやりあうつもりなの? 隣のやつのと取り替えなさいよ」


 男は自分の槍を確認すると、一度舌打ちをして隣の男に槍を交換してもらおうとした。


「アホウ」

ブンッ


 私は、戦いの最中に相手から目を離すアホウに向けて、斥候兵からくすねた剣を投げつける。

 風切り音と共に男の頭に向かって回転しながら飛んだ剣は、私の動きに気がついてこっちを振り向いた男の顔面に、柄の部分から直撃をした。


 私は、目の前に星が飛んでいる男に向かって飛び込んだ。

 顔を押さえ、膝をついた男の髪の毛を左手で掴みながら、魔剣を首筋に押し当てる。


「あら、幼女の私の勝ちね。……ワンって言え」


 ……全員があっけに取られているが、屈辱を受けた男は無言のまま、目に爛々とした光を灯して私を睨んでいる。


「うーん、まだ負けを認めない気ね。それじゃあ、武器を捨てなさい、私もしまうから素手でやりましょ」


 男の持っていた槍を蹴落とし、離れた場所へ蹴り捨てた。私は自分の魔剣を胸元の鞘にしまう。

 その動きを見逃さなかった男は、今度は自分の番だとばかり右の鉤爪をいっぱいに出した平手で不意打ちを仕掛けてきたが、そんなのミエミエで私でも分かる。簡単に下に潜りこみながら避け、男の右腕の肘の服を下から掴む、掴んだ手を支点にして男の前足のヒザ関節外側から私のかかとで踏み抜き、膝関節の靭帯を破壊しようとしたが、私の体重が軽すぎたのか上手くは破壊できず、軽くダメージを残すに留まる。

 私は、男の膝関節に乗りかかる動きを利用して、男の肘を掴んだ腕で上へと飛び、その背中にまわりこんだ。


 男には何が起こったのか分からなかっただろう、そのまま私は男の肘関節を後ろに折りたたみながら、魔剣を引き抜いて男の後頭部めがけて、魔剣の柄を叩き込んだ。


 素手でって言ったけど、硬そうなんだもん、私の可愛い手が痛くなっちゃう。


 1発、2発、3発……男は、頭を守ろうと手で抱え込みながら倒れる。男のプラーナ防御壁はすでに失われ、弛緩した状態で肉体へと直接のダメージが通る。


 私は、倒れ込んだ男の上に馬乗りになり、男の手の隙間から顔面を魔剣の柄で殴り続けた。


 「ワンって言え」ガスッ「ワンって言え」ガスッ 「ワン……」


 やがて、男の目から抵抗する光りは消え、気持ちが萎えたのか、最後になって吠えた。


「キャンキャイーン」


 少々違うが、許すことにしよう。


 後ろを振り返ると、青い顔をした自軍の兵士達がいた。明らかにドン引きをされている。


 だがちょっと待ってほしい、私だって相手を見て喧嘩を売る。

 私との一対一勝負の前に、狼族獣人の男が纏っていたプラーナ防御壁は、すでに尽きかけてフラフラしてた。ちょっと観察すれば、誰でも分かる事なのに、幼女相手だからって舐めてたこいつが悪い。


「ふう、これで今から貴方は私の子分ね、私の命令は絶対よ」


 周りを見ると、男の仲間の狼族や犬族の獣人たちが、尻尾を足の間に挟み込んでこっちを見ている。


「貴方達もね」


「ワオンッ」


 声がそろってる、やればできるじゃない。



 その後事情聴取をすると、狼族獣人の男はゲネスと名乗り、お父さんとお母さんが昔いた神聖ピタゴラ帝国で、地方の貧乏貴族の次男坊だったらしく、宗教戦争の余波で家が没落してホラに流れ着いたらしい。

 元貴族の次男坊なので、それなりに学問を収めているとか言っていた。これからが楽しみな人材が手に入ったと喜び、色々と指示を出してホラへと潜入工作員として戻らせていた。


 例えコイツが裏切ったとしても良い、別口でムンドーじいじの工作ルートがあるし、オマケみたいなもんだし。

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