お父さんとお母さんの政治的後始末

★帝歴2501年10月10日 ヒューパ ヒューパ男爵 (アルベルト・フォン・ヒューパ)


 話は少し前に遡る。


 ティアに誕生日のお祝いをしたアルベルトとマリアの二人は、互いの顔を見つめつつ娘の事を考えていた。


「危なっかしいな」


 アルベルトは頭が痛そうにマリアに話しかけた。


「そうね、アルベルト、あの娘には勇者としてのもう一つの記憶があるようだけれども、心はまだ子供のままのようね、目の前の事しか見てないわ」


 マリアは大きくなり始めたお腹をさすりながら答える。


「やはり助けが必要か……あの娘がアルマ商会に残したワイン資金、まだ多少は残っていたはずだったな、あれを使ってホラ占領のための正当性を創りだしておこう。アルマ商会にも協力してもらうことにしようか、今回のヒューパ対ホラの戦では唯一ヒューパに賭けた商人だ、せっかく賭けに勝ったんだし、最後まで付き合ってもらおう」


「そうね、アルマ商会さんには、うちから名簿を送りましょう。有力貴族でいくつか今度のホラの占領について味方になってもらう人達の名簿を渡して、ティアのワイン資金と、彼個人の資金からも出してもらって貴族社会の世論を作り出します。彼には、今出さないと全ての賭けの種銭が消えるとでも言っておけば良いですね」


「ああ、それがいい、後は王家からの例の申し出だな。王家主催の園遊会の時、国王自身から打診されたあの件だが、あれが一番の後ろ盾になる……

はずだが、ティアはまだ6歳だし私は反対だ」


「あら、あなた、私は賛成だわ、ウルリヒ王子との婚約話しでしょ。良いんじゃないの、二人の年も近いですし……でも王家も本気の婚約話しじゃないでしょうね、王家の継承問題もあるし、下手をしたら継承問題に利用される上、魔剣狙いの話かもしれないし。だからこそ、うちも利用させてもらうべきでしょ、貴族同士の婚約は幼い内から行われても情勢次第であっさり変わるしね」


「なんとも頭の痛い話しだが、曖昧な書き方で返事をしておこう」


「ええ、それに、これから起きる事はまだ6歳の子供に負わせる責任の重さじゃないわ。あの娘1人に対して大勢の視線と、大人の貴族としての責任が付いてくるようになるわね」


「しょうがないさ、余りに早すぎる貴族社会デビューだ、最初はワイバーン退治で目立ったと言っても他の貴族には何の影響もない話で、まだ誰の害にも得にもならなかった」


「ええ、そうね、それだけで終わっていれば良かったのに」


「うむ、だが今回のホラを滅ぼしたのは、話が違う。他の貴族の死活問題に関わる話だ、損をする側だけじゃなく、得をする側の貴族ですら嫉妬で足を引っ張る側に回るだろうな」


「ええ、でしょうね」


「……あの娘には高く飛べる翼があるが、まだ外の世界の怖さを知らないまま飛ぼうとしていて危うい」


 アルベルトは窓の外へと目をやって娘がこれから行く方向を見る。


「それじゃあなた、アルマ商会にはいつから工作の指示を出しますか?」


「うーん……そうだな、今すぐに連絡を出させよう、アルマ商会へはホラの情勢を毎日逐次送りつつ、他の貴族たちがホラがどうなるかを知る前から動き出させるのだ、教皇庁派の貴族たちは完全に後手に回るだろう。情報の主導権は我々の側にある、最大限に利用するとしようか……問題はティアが失敗した場合だが……ま、失敗すればアルマ商会も道連れだな」


「うふふ、ですね」



 ヒューパ男爵夫妻の会話はここで終わる。



★帝歴2501年10月12日 首都メデス アルマ商会


 アルマ商会の元へと、ヒューパ男爵よりの書状を携えた早馬が届いてきた。


 中には、幾つかの名簿と他極秘書類……ヒューパ男爵・アルベルト様の署名入りの貴族宛書状が10数枚。

 そして、攻め込んできたホラの軍勢を壊滅させた情報も入っていた。

 驚くべきことに、ホラの騎士5人の首、200の傭兵隊は半数が死亡、残り半数は捕虜、500の貧民兵は200の捕虜を残し壊滅させてしまったと書かれている。

 ヒューパ側は400の兵の内残ったのは110。かなりの損害ではあるが、圧倒的戦力差をひっくり返して大勝利をあげていた。

 早馬はホラ軍壊滅の証拠として、5名の騎士の甲冑のヘルメットを携えていた。ヘルメットには生々しい血の跡が付いている。


 首都メデスでは、10月4日ぐらいにどうやらホラの軍勢が敗れたらしいとまでの情報は、数日遅れで流れてはいたが、正確な情報は全く入ってきてはいない。

 ただ、ホラが武器や軍事物資をかき集めようとしていて、様々な商人達がそれを当て込んで物資を買い込み、値段が高騰していたが、買い込まれた物資も殆ど売れず、商人達が期待していたほど上手く物が流通できていなかった。その理由がこのホラの壊滅的敗戦だったのかと、アルマ商会は驚く。


 さらに、この後に入っていたアルマ商会宛の書状には更に驚く内容が書かれていた。

 『ヒューパは、ホラを滅ぼすつもりだ』と。そしてアルマ商会宛の書状の中には続きが有った。

 『アルマ商会は、どっちに賭けるのか? 一番手になって全てを拾うのか、二番手以降になって指を加えて見ている側になるのか』と。


 ……本気でホラを滅ぼすだ! アルマ商会ですら流石に想像を超えた内容だった。

 今回のホラからのヒューパ侵攻では、アルマ商会はヒューパ側の支援を続けていたが、良くて長期戦に引き込みホラの消耗を誘ってからの講和ぐらいだろうと思っていたのに、まさかの大勝と、追撃でのホラを滅ぼすとまで言い切るとは……

 やはりティア様の仕業か? あの姫様は只者ではない、今回の賭けもあの姫様あっての賭けだったが、ここまでの結果を導き出すとはな。


 この後も毎日、情報を送り込むと書かれいて、これらの情報とワイン資金を使って、名簿に書かれていた貴族達を口説き落とせと書かれている。


 アルマ商会は目の前の資料を前に考えた。ティア様の残したワイン資金はもう大して残ってはいないのに、ワイン資金を使えと書いているのは、ようするに私自身の資金も使ってヒューパの未来に賭けろと言うことか……

 目の前の内容だけでは、不確定要素が多すぎてまともな商人がやるべき商売ではない。

 ……だが、だが心が高鳴るのはなぜだろう、今この瞬間こそ商人の神が全力で私の耳元に囁きかけている『大飛躍のチャンスだ』と。



 アルマ商会はこの日から、ヒューパ男爵から届けられた名簿に乗っている各地の大貴族や、首都内の主要ポストに就任している貴族達の元へと足繁く通う事になる。もちろん、荷物の中には騎士の血のついたヘルメットも一緒だ、本当に騎士を壊滅させた事を見せると、貴族たちは驚いていた。


 死にそうになるほどの忙しさの中、ホラの街が水の下に沈んでしまったとの情報が、ヒューパの早馬から最初に届いた。

 勿論最初に知った情報は他の者が動く前に使ってこその情報、最初はヒューパ勝利に懐疑的だった交渉相手の貴族達も、アルマ商会から寄せられる情報の速さと、正確さに頼るようになりだし、勝ち馬に乗るべく動く貴族が一斉に増えた。


 ホラ男爵と一族死亡の報が15日に入り、ホラ男爵家が絶たれたとの情報は、反教皇庁派の貴族たちに伝えられると、驚きをもって受け入れられた。

 このニュースは貴族たちの間で議論が交わされるようになったのだが、肝心の教皇庁派への情報はかなり遅れて入ってきたたため、反教皇庁派に有利な論調が、エウレカ公国の貴族社会においての主流へと導かれるのに成功した。


 こうして、首都メデスでのアルマ商会の活動により、ヒューパ男爵の思惑通りに、ヒューパ支持で動く貴族たちを増やしてしまう。



 そして10月17日夕刻に驚くべき情報が、ヒューパ男爵からの早馬によってもたらされる。

 『本日朝方、ヒューパ男爵長女ティアの手によって、ホラの街付近は占領され、住人達はヒューパへの帰属を受け入れて、旧ホラ領は、ヒューパの物となった』


 流石に、にわかには信じがたい。それでも今までの驚異的な戦果を鑑みると、あながち嘘ではないだろう。

 この頃になると、アルマ商会が通い慣れた貴族宅へと情報を届けたら、何人かは難色を示したが、最後にはヒューパ支持でホラの占領を支持する貴族意見が大勢を占める。

 このホラを占領した情報によって、最後まで態度を表明していなかったエウレカ公国王家も、ヒューパ支持の表明をした時点で、全ての勝負は決した。



 実効的にも、貴族社会的にも、ヒューパはホラの地を手に入れる事ができた。

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